表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/150

第5話「リリア様、町内会デビュー!」

■市長の家・隣に実家である老舗旅館

 朝。ひまわり市に、まだ涼しさが残る時間帯。

 ――だが市長宅の玄関チャイムは遠慮なく鳴き、静寂を砕いた。


 扉を開けると、真紅のドレスに寝ぐせ気味の髪、そして機嫌の悪さを隠す気ゼロの少女が立っていた。

 魔王領が誇る第二魔王――リリア。


 

「……この世界のベッド、柔らかすぎるわ。沈むの、なんか負けた気がするのよね。」


 その言い方は、まるで枕が国家機密を侵害したかのような重大事件トーンだった。


「よく眠れなかったんですか?」


「魔界では石の寝台が普通よ。硬い方が“威厳”を保てるの。」


「……それ、肩こりしますよ。」


 リリアはふんっと鼻を鳴らす。

 “威厳”と“寝心地”のバランス調整は、魔王家でも課題らしい。



 市長は苦笑しながら、町内会の集合場所へと歩き出す。

 今日のスケジュールは――町内清掃+温泉掃除+昼食会。


「リリア様、今日は地域活動の日なんです。

 ひまわり市では住民が力を合わせて町を保つんですよ。」


「……ふーん。“清掃”って奴隷仕事のこと?」


「いえ、自主的奉仕です!」


 返答の速さと声量に、リリアの足が止まった。



■河川敷 ― 地域のカオスはいつもここから



 風が草を揺らし、川面が光る。

 そこに軍手とカラフルな帽子を身につけた町内会住民が並んでいた。

 リリアはその光景だけで疲れた顔をする。


 

「おーい新人! そっちのごみ袋、ちゃんと分別してくれ!」


 町内会長――鋭い目つきと頑固さで市内ランキング1位の人物が声を張る。


「……誰に命令してるの?」



 リリアの声は低く、冷気を巻き、周囲の雑草が凍りかけた。

 町内会全体に、一瞬「世界が終わる音」が響いた気がした。


「あっ……あっ、リリアさん、それはですね! 町のルールです!

 この町では“燃えるごみ”と“プラ”を分けるのが正義なんです!」


「正義……。ふむ、それなら仕方ないわね。」



 魔界でも“正義”が万能ワードらしい。

 だが次の瞬間――


 リリアは指先に魔力を灯し、


 ごみ袋ごと火球で消し炭にしようとした。


「――って燃やさないでぇぇぇ!!」


 ひまわり市では、魔法より法律が強い。



 午前の清掃が終わる頃には、リリアの額にも汗が浮かんでいた。


「ふぅ……魔界より過酷だわ。太陽、近くない?」


「ひまわり市の名の由来ですからね。太陽が似合う町なんです。」


「……暑いわね。でも、悪くない。」


 その横顔には、ほんのわずか――楽しさが滲み始めていた。



■午後・温泉掃除 ― 魔王家、カルチャーショック再び



 湯気が舞い、桶の音が響く温泉施設裏。

 青年団と職員が入り混じり、掃除用具片手に奮闘している。



 その中でリリアは――バケツを見つめていた。


「この“バケツ”という魔道具、底が抜けてないのね。便利だわ。」


「魔道具じゃなくてただのバケツです!」


「……信じられない。無詠唱で水が運べるなんて。」



 青年団の数名がときめいた顔でうつむいた。


「なんか、かわいいなこの子。」


「聞こえてるわよ?」


 湯気の奥で、笑いと水しぶきが混ざる。

 魔王の妹は、少しずつ、町に溶けていく。



■昼食会 ― 世界征服よりヤバいもの、それは食文化



 町内会館の畳の上。

 テーブルの上には、焼きそば・おにぎり・とうもろこし饅頭・麦茶。

 完全なる“昭和と観光の妥協点”メニュー。



「これが……人間界の“供物”ね。」


「供物じゃなくて昼食です!」


 ひと口。

 ――その瞬間、彼女の表情が止まる。


「なにこれ……おいしい……! 魔界のスープより魔力ある!」


「それはソースの力です。文明です。」


 町長は誇らしげに言うが、なぜか美月が誇りたかった顔をした。



「……あなたたちの“力”、少しだけわかった気がする。

 魔力じゃなくて、“つながり”ね。」


「ええ、ひまわり市のエネルギー源です。」



■帰り道・日常の光



 夕暮れの商店街。

 昭和テイストの看板に、魔界の少女のドレスがよく映える。


「この“うまい棒”って……貴族の名前?」


「違います。ただのお菓子です。」


「安いのに、こんなに幸せになる……。

 ――恐ろしいわ、人間の文化。」


 その声は震えており、妙にリアルだった。



◆夜・市長の実家である旅館



 浴衣姿。テレビの柔らかい光。

 リリアは静かに、ぽつりと呟いた。


「ねえ、市長。あなたたちは、どうしてこんなに頑張るの?」


「……誰もが誰かの顔を知ってるからさ。

 見てる人がいるって、それだけで“町”は動くんだよ。」


「……ふぅん。いい言葉ね。」


 窓の外。

 ひまわり市の光と夜空。

 その境目に座るように、リリアの横顔があった。

 


 こうして、“魔王の妹リリア”は町内会デビューを果たした。

 彼女の心にも、少しずつ“ひまわり”の光が差し始めていた。



次回予告


第6話「温泉まつりと勇者の再訪」

異世界観光ブームに勇者まで登場!?


「魔王の妹と町長のツーショットがSNSでバズってる!?」

次回、ひまわり市が全国区に――!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ