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第44話「公園の安全点検、遊具が空へ伸びた件」

 ひまわり市の朝の公園は、平和だ。

 犬の散歩。ベンチで新聞を読むおじいちゃん。走り回る子ども。——そして、平和な顔をして近づいてくる行政案件。


「主任、来てください。公園が……公園が“増えてます”」


 電話口の公園緑地担当の声は、疲れと諦めが混ざっていた。

 “増えてる”という表現を、役所の人間が使うときはだいたいロクなことが起きていない。


「増えてるって、何が?」


『遊具です。遊具が……伸びてるんです』


「……伸びてる?」


 勇輝は一瞬、言葉を失った。

 市役所に勤めていると、たまに「その単語、行政用語じゃないよな?」という案件が来る。

 だが、異界転移後のひまわり市では、それが日常になりつつある。


 受話器を置くと同時に、美月が廊下から滑り込んできた。なぜか今日は安全ベストを着ている。


「主任! 公園って聞きました! 今SNSで『ブランコが空に届いた』って——」


「お前、耳が早すぎる」


「情報は足で拾う時代は終わりました! 通知で拾う時代です!」


 やかましい。

 そこへ加奈が、喫茶ひまわりの紙袋を抱えて入ってきた。今日も差し入れが早い。


「聞いたよ。公園でしょ? 子ども絡みは放置できないよね」


 そして最後に、市長がのっそりと現れる。

 独特の笑み。今日は珍しく帽子をかぶっている。——現場に行く気満々だ。


「公園か。よし。市民の憩いを守ろう」


「市長、今日は“増えてる遊具”です」


「なおさらだ」


「なおさら?」


「増える憩いは、悪くない」


「悪いパターンもあります!」


 勇輝はため息をついて、四人で現場へ向かった。


ひまわり中央公園:平和の顔したカオス


 現場に着いた瞬間、勇輝は「伸びてる」の意味を理解した。

 いや、理解したくなかった。


 ブランコの支柱が——高い。

 いつもなら大人の背丈より少し高い程度なのに、今日は街灯より高い。

 しかも、さらに伸びている最中だった。


 ——ギィ……ギィ……


 木が軋むような音を立てて、金属の支柱がゆっくり上へ伸びる。

 ブランコの鎖も、自然に長くなる。

 座板が、だらん、と揺れている。


「……なにこれ。SF?」


 美月が思わずつぶやいた。

 公園緑地担当の職員が、顔を青くして駆け寄ってくる。


「主任! 見てください! あれです! あれが今朝から……!」


 指さす先には、滑り台があった。

 滑り台の高さが、二倍……いや三倍くらいになっている。

 子どもが登りたがるのを、保護者が必死に止めている。


「危ないからダメ! 落ちたら死ぬ!」


 叫びが、妙に現実的だ。

 勇輝はすぐに周囲を見た。

 ロープで囲われているが、まだ足りない。


「まず立入禁止区画を広げる。職員を増やして誘導。美月、注意喚起は——」


「もう出してます! 『遊具に近づかないで』って! でもコメントが……」


「コメントは後でいい!」


 加奈は子どもたちの方へ走り、明るい声で誘導する。


「ねえ、今日は“安全点検の日”! 遊具はお休み! 代わりに鬼ごっこしよう!」


 子どもが「やるー!」と叫び、空気が少し和らいだ。

 加奈はこういう時、行政より強い。


 市長はブランコを見上げて、帽子を押さえながら言った。


「……これは、いい眺めだな」


「市長、眺めを楽しんでる場合じゃないです」


「いや、眺めは大事だ。市民の心は景観で整う」


「景観が命を奪う寸前なんですけど!」


“安全基準”という名の現実が追いつかない


 勇輝は、公園緑地担当に確認した。


「原因は分かってる?」


「分かりません……昨日までは普通でした。今朝、来たら……」


「異界の影響、か」


「たぶん……」


 勇輝は、公園全体を見回した。

 遊具だけではない。ベンチの脚が妙に長い。鉄棒が一本増えている。砂場の縁が広がっている。


 つまり——公園が“成長”している。


「……この公園、生きてる?」


 美月が真顔で言った。

 勇輝は言い返せない。


 市長が手を叩いた。


「よし。議題は決まった。『遊具の上限高度』だ」


「議題にする前に止めましょう!?」


「止めるためにも、まず基準が必要だ。人間は基準がないと動けない」


「基準があっても動けない時があるんですよ!」


 加奈が戻ってきて、腕を組む。


「これ、子どもが乗ったら危ない。でも、ただ撤去するのも難しそうだよね……伸びてるし」


「そう。伸びてる」


 勇輝は、冷静に言葉を選んだ。


「撤去するにも、工事が必要。だけど工事中に伸び続けたら危険。まず“成長を止める”必要がある」


 その言葉に、後ろから低い声が重なった。


「止めるなら、手がある」


 振り向くと、そこにいたのは——ドワーフのグルムだった。

 竜族観光組合の安全管理担当。なぜか最近、市役所の半レギュラーになりつつある男だ。


「お前、なんでここに?」


「呼ばれた。『公園が暴れてる』と」


「呼び方が雑!」


 グルムは遊具を見上げ、鼻を鳴らした。


「これ、魔力の“過剰供給”だな。地面に魔力が溜まって、金属や木材が“良くなろう”としている」


「良くなろうとして危険になるって、最悪じゃないですか」


「最悪だ。善意ほど厄介なものはない」


 言葉が妙に深い。

 でも今は哲学をしている場合ではない。


「止められるのか?」


「止められる。だが条件がある」


 市長が前に出る。


「条件とは?」


「——“排魔”だ。余計な魔力を抜く。簡単に言うと、地面のコンセントを抜く」


「分かりやすいけど怖い」


 美月がスマホを構える。


「排魔……映えますか?」


「映えより安全!」


 勇輝は即座に言った。


排魔作戦:公園のコンセントを抜け


 作戦は単純だった。

 遊具が成長している原因が地面の魔力なら、それを抜けばいい。

 ただし、抜き方を間違えると、遊具が急に縮んだり、逆に暴れたりする可能性がある。


「段階的に抜く。急にやると危険だ」


 グルムが言いながら、工具を取り出す。

 地面に杭を打ち、魔力を流すための“導線”を作るらしい。


 勇輝は、公園緑地担当と連携して、周辺の安全確保を徹底した。

 ロープを二重に張り、警備役の職員を配置し、加奈が子どもたちを遠くの広場で遊ばせる。


 美月は美月で、注意喚起を更新し続けていた。


「『排魔作業中。公園は一部立入禁止です』……よし。コメント欄は……」


「見るな」


「でも『公園が巨大化してるのに封鎖はひどい』って——」


「封鎖がひどい? 命守ってるんだよ!」


 そのとき、ブランコがまた伸びた。

 支柱が、ギィ……と空へ向かう。

 まるで、天界に届こうとしているみたいに。


「……上限高度、決める前に越えそう」


 加奈が呟いた。

 市長が真顔でうなずく。


「超えたら新しい基準にすればいい」


「そういう雑な柔軟性、役所に持ち込まないでください!」


 グルムが杭に手を置き、低い声で詠唱する。

 言葉は分からないが、空気が少しだけ軽くなった気がした。


 ——ぽう。


 地面に淡い光が走る。

 遊具の周囲にまとわりついていた“熱”が、すっと引いていく。


 ブランコの伸びが、止まった。


「止まった……!」


 公園緑地担当が声を上げる。

 勇輝も、胸の奥が少しだけ緩んだ。


 だが、安心するのは早かった。


 滑り台が——急に、すべり面を増やした。


「増えるな!」


 勇輝が叫ぶ。

 美月が即座にツッコむ。


「止まったのに増えた!? 公園、反抗期!?」


「反抗期って言うな!」


 グルムが眉をひそめる。


「……遅かったか。魔力が一部、遊具に残った」


「残ったらどうなる?」


「“名残”だ。しばらく変化が続く。だが、危険な増殖は抑えられるはず」


「“はず”が怖い!」


 市長が楽しそうに言う。


「よし。では名残を観察しよう。これは行政の新しい知見だ」


「知見のために市民を危険に晒すな!」


ひまわり市、遊具の“仮基準”を作る


 作業が落ち着いたところで、勇輝は即座に会議を開いた。

 現場のベンチが伸びているので、座ると足がぶらぶらした。腹が立つ。


「今日の結論。遊具が異界魔力で成長する可能性がある。よって、定期点検の頻度を増やす。魔力過剰の兆候があれば、排魔対応を依頼する」


 公園緑地担当が震える声で言った。


「排魔って、毎回呼ぶんですか……?」


「毎回じゃない。兆候があれば。——兆候は何だ?」


 加奈が即答する。


「子どもが『昨日より高い!』って言ったら危険」


「それ、最強のセンサーだな」


 美月が嬉しそうに手を挙げた。


「『遊具が伸びたら市役所へ!』ってポスター作ります!」


「言い方!」


 市長がうなずく。


「いい。市民が分かる言葉にしろ。『遊具が伸びたら通報』。簡潔だ」


「市長、簡潔すぎて事件みたいです」


 グルムが工具を片付けながら、ぼそっと言った。


「まあ、事件だ」


 全員が黙った。


 確かに事件だ。

 ただ、ひまわり市では、事件が日常の顔をして歩いている。


 遠くで子どもたちが笑っている。

 加奈が手を振って、遊びの輪に戻っていく。


 勇輝は、公園を見上げた。

 ブランコは止まったまま、空に向かって背を伸ばしている。


「……市民の憩いって、守るの大変だな」


 市長が、独特の笑みで言った。


「だから価値がある。ひまわり市は、今日も前に伸びたな」


「伸びたのは遊具だけで十分です」


 勇輝のツッコミに、美月が笑い、加奈が肩をすくめ、グルムが小さく鼻で笑った。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、公園は伸びる。


次回予告(第45話)


「住民票の住所欄が『雲の上三丁目』」

転入届を出しに来た異界住人。

住所欄に書かれたのは、地図に載らない場所だった——!?

住民課、次元を越えた住所登録に挑む。

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