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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第44話「公園の安全点検、遊具が空へ伸びた件」

 ひまわり市の朝の公園は、基本的に平和だ。

 犬の散歩。ベンチで新聞を広げるおじいちゃん。保育園へ向かう親子の足音。温泉街のほうから漂ってくる、ほんのり甘い湯気の匂い。

 ――そして、平和の顔をして近づいてくる行政案件。


『主任、来てください……公園が……公園が、増えてます』


 電話口の公園緑地担当の声は、寝不足と諦めと、ほんの少しの「助けて」が混ざっていた。

 「増えてる」なんて言い方を、役所の人間が使うときは、たいていロクなことが起きていない。書類で処理できない現象を、言葉が先にギブアップしている合図だ。


「増えてるって、何が? 花? 木? まさかベンチが勝手に増殖とか……」


『遊具です。遊具が……伸びてるんです』


「……伸びてる?」


 勇輝は、受話器を握ったまま、眉間のあたりを指で軽く押さえた。

 市役所で働いていると、たまに「その単語、行政文書のどこにも載ってないよな?」という案件が飛んでくる。だが異界転移後のひまわり市では、それが少しずつ日常の表情をしてきているのが、余計に厄介だった。


「危険は? ケガ人は出てない?」


『今のところは。ですけど……子どもが寄ってきてて、止めても止めても……。あと、伸び方がゆっくりで、逆に目が離せないんです。気づいたら“高い”になってる感じで』


「分かった。いま行く。現場封鎖できる? ロープとコーン、足りるだけ持って先に囲って」


『はい……! でも、主任、これ……囲ってる横で、まだ伸びてるんですよ……』


 その一言で、勇輝の背中にじわっと汗が浮いた。

 電話を切り、デスクの上の「今日やるはずだった通常業務」を一瞬だけ見て、見なかったことにした。


 同時に――廊下からスライディングでもしてきそうな勢いで、美月が滑り込んできた。

 なぜか今日は、安全ベストを着ている。蛍光の反射材が、朝の庁舎の白い光にやけに目立った。


「主任! 公園ですよね! いまSNSで『ブランコが空に届いた』って投稿が回り始めて――あ、これ動画も付いてます!」


「お前、どこにアンテナ立ててるんだ……」


「情報は足で拾う時代は終わりました! 通知で拾う時代です! あと“公園”って単語、バズりやすいんですよ! 子どもとセットだと、さらに!」


 元気が良すぎて、逆に落ち着かせたくなる。

 勇輝は“怒る”より先に、順番を作ることにした。ここで感情を上げると、美月は余計に回転数を上げる。


「ベスト着てるのは偉い。安全意識は正しい。……で、投稿はどうする?」


「え、どうするって……」


「いま必要なのは“映える”じゃなくて、“近づかない”を広げることだ。動画が出回ってるなら、見に行く人も増える。危ない」


 美月は一瞬だけ口を尖らせたが、すぐに切り替えた。

 こういうところが、現場で鍛えられている。


「了解! じゃあ『現在、市が安全点検中。遊具に近づかないでください』、固定で出します! 言葉はやわらかめにしますね、煽らない感じで!」


「うん。煽らない。怖がらせない。でも危険性は曖昧にしない。その線で」


 そこへ、喫茶ひまわりの紙袋を抱えた加奈が、慣れた足取りで入ってきた。

 差し入れの匂いがする。コーヒーと、たぶん小さな焼き菓子。朝の庁舎に一瞬だけ“普通の生活”が戻る。


「聞いたよ。公園でしょ? 子ども絡みなら放っておけない。……はい、主任、これ。飲みながら行って。顔が固くなる前に」


「ありがとう。助かる」


「それと、現場にいる保護者って、怖いと怒るし、怒ると余計に近づく子もいるからね。私、誘導は手伝うよ」


「頼む。加奈がいると現場が“会話できる場所”になる」


 加奈が少し笑って、紙袋を抱え直す。


 そして最後に、市長がやってきた。

 今日は珍しく帽子をかぶっている。きっちりしたスーツではなく、動きやすい上着。現場へ行く気しかない装備だ。

 表情は、いつものように「大変そうだね」と言いながら目だけが楽しそう、という絶妙な線を踏んでいる。


「公園か。よし。市民の憩いを守りに行こう」


「市長、今日のキーワードは『増えてる遊具』です。普通の点検じゃありません」


「なおさらだ。普通の点検より、守る意味がある」


「意味があるのは分かりますけど、危ないのも増えてます!」


 市長は口元を少しだけ上げた。笑う手前の“やる気の顔”だ。


「危ないからこそ、先に動く。現場を見て、手を打つ。役所の存在価値はそこだろう」


 それを言われると、勇輝は頷くしかない。

 四人はそのまま、公用車と徒歩組に分かれて、ひまわり中央公園へ向かった。



◆ひまわり中央公園:平和の顔したカオス


 現場に着いた瞬間、勇輝は「伸びてる」の意味を理解した。

 理解できたのが悔しいくらい、現実が分かりやすかった。


 ブランコの支柱が――高い。

 いつもなら、大人の背丈より少し高い程度で、遊具の“高さ”というものが生活の範囲に収まっているはずなのに、今日は街灯より高い。

 しかも、まだ伸びている最中だった。


 ――ギィ……ギィ……


 木が軋むような音を立てて、金属の支柱がゆっくり上へ伸びる。

 ブランコの鎖も、説明書なんて読まずに自然に長くなる。座板が、だらんと揺れて、揺れ幅が大きくなるほど、下の地面との距離感が怖くなる。


「……うそでしょ。これ、遊具っていうより、登る用の塔じゃん」


 美月が思わず漏らす。

 公園緑地担当の職員が、顔を青くして駆け寄ってきた。息が上がっている。たぶん、朝から走り回っている。


「主任! これです! これが今朝から……! 止まらないんです、ゆっくり、ずっと……!」


 担当の名札は「高橋」。普段なら穏やかそうな人だが、今日は“責任の重さ”で肩が落ちている。


「高橋さん、よく囲ってくれた。まずケガ人が出てないのは本当に良かった。いまの封鎖範囲、足りない。もう一段広げましょう」


「はい! でも、子どもが『乗りたい』って……」


「乗りたいよな。分かる。分かるけど、今日はダメだ。大人が“今日はダメ”をちゃんと言う日だ」


 勇輝がそう言うと、高橋は泣きそうな顔で頷いた。


 そして――滑り台。

 指さされた先の滑り台は、もう“滑る”というより“降りる”高さになっていた。

 登り口の階段が、昨日の倍以上。手すりも伸びているのに、伸びた分だけ「落ちたら終わり」の説得力が増している。


「危ないからダメ! 落ちたら大けがする!」


 保護者の叫びが、妙に現実的で、だからこそ胸に刺さる。

 子どもは子どもで、「すごい!」「やりたい!」と目を輝かせる。危険と魅力が同じ方向にある時ほど、誘導は難しい。


 勇輝はすぐに周囲を見回した。

 ロープは張ってあるが、遊具の“落下範囲”としては足りない。高さが増えると、必要な安全領域も広がる。昨日の基準で囲っても、今日は届かない。


「まず、立入禁止の区画を広げる。コーンを追加。誘導係を増やす。高橋さん、応援呼べますか?」


「呼べます! すぐ呼びます!」


「美月、注意喚起は?」


「もう出してます! 『安全点検中。遊具に近づかないでください』って! でもコメントが……『見に行きたい』が多いです!」


「“見に行きたい”を止めるのは難しい。だから“見に行かないでほしい理由”を、短く、具体的に。『落下の危険』って書こう。言い切ろう」


「了解! 言い切ります!」


 加奈はもう、子どもたちの輪へ走っていた。

 声が明るい。叱る声じゃなく、別の選択肢を用意する声だ。


「ねえ、今日は“安全点検の日”! 遊具はお休み! 代わりに、あっちの広場で鬼ごっこしよう! 先生役、私がやるから!」


「やるー!」「鬼、やりたい!」


 子どもが移動し始める。

 その動きに合わせて保護者もついていく。場の緊張が少しだけほどけた。


 市長はブランコを見上げ、帽子のつばを軽く押さえながら言った。


「……なるほど。確かに、見上げる景色としては悪くない」


「市長、景色の話をしてる場合じゃないです。いま一番必要なのは“下を見る目”です」


「下を見る目も大事だ。上を見る目も大事だ。両方あって、都市は育つ」


「育ってるのは遊具で十分です!」


 勇輝の返しに、美月が小さく笑い、加奈が「今のツッコミ、悪くない」と目だけで言ってきた。

 笑える余裕があるうちに、手を打つ。ここが勝負だ。



◆“安全基準”という名の現実が追いつかない


 勇輝は高橋を横に呼び、手早く確認した。


「原因の心当たりは? 昨日、工事した? 誰かが触った?」


「何も……本当に、昨日までは普通でした。いつも通り。点検も……」


「異界の影響、か」


「たぶん……地面が、あったかい気がするんです。朝、靴の裏が……」


 勇輝は公園全体を見回した。

 遊具だけじゃない。ベンチの脚が妙に長い。鉄棒が一本増えている。砂場の縁が広がっている。花壇の枠が、いつのまにか綺麗に整っている。

 つまり――公園が“良くなろうとしている”。


「……これ、成長って言い方が一番しっくりくるな」


 美月が真顔で言う。


「公園、生きてます? いや、でも今、ブランコが“成長中”って投稿したら——」


「投稿はしない。今は“成長”って言葉が危ない。人を呼ぶ」


「うっ……確かに、呼ぶ……」


 市長が手を叩いた。音は大きくない。でも目線を集めるには十分だった。


「よし。議題は決まった。『遊具の上限高度』だ」


「議題にする前に、止めましょう! 議題は会議室でやってください!」


 勇輝が言うと、市長は肩をすくめた。


「止めるためにも基準が要る。人間は基準がないと動けない。現場は特にそうだ」


「基準があっても“伸びる”のは想定外です!」


 加奈が戻ってきて、腕を組んだ。


「これ、子どもが乗ったら危ないのは確定。だけど撤去も危ないよね。伸びてる最中に触ったら、手を挟むかもしれないし……」


「そう。撤去は“最終手段”。まず“変化を止める”が先」


 勇輝がそう言った瞬間、後ろから低い声が重なった。


「止めるなら、手がある」


 振り向くと、そこにいたのは――ドワーフのグルムだった。

 竜族観光組合の安全管理担当。最近、なぜか市役所の現場に現れる頻度が上がっている男だ。本人は当然の顔をしているのが、いちいち腹立たしいくらい頼もしい。


「グルムさん、どうしてここに」


「呼ばれた。『公園が暴れてる』と」


「呼び方が雑すぎる! でも、来てくれて助かります!」


 美月が思わず言い、高橋も「お願いします……!」と頭を下げた。

 グルムは軽く手を振って、遊具を見上げた。


「これ、魔力の過剰供給だな。地面に魔力が溜まって、金属や木材が“良くなろう”としている」


「良くなろうとして危険になるって、いちばん困るやつじゃないですか」


「困る。善意ほど厄介なものはない」


 言い方が妙に刺さる。しかも、役所の現場に妙に合っている。

 住民の善意も、制度の善意も、放っておくと別の誰かを困らせることがある。だから行政が“形にする”必要がある。


「止められるのか?」


「止められる。だが条件がある」


 市長が一歩前に出た。帽子の影で目元が少し見えにくいが、声は落ち着いている。


「条件とは?」


「排魔。余計な魔力を抜く。簡単に言うと、地面のコンセントを抜く」


「分かりやすいけど怖いです」


 加奈が素直に言う。

 美月はスマホを持ち上げかけて、勇輝の視線に気づいて止めた。


「排魔……映え――」


「映えより安全」


「……はい。安全、最優先」


 美月がちゃんと飲み込んだのを見て、勇輝は頷いた。


「排魔、やりましょう。ただし段階的に。急にやって遊具が縮んだり倒れたりしたら、二次災害が起きる」


「その判断、正しい」


 グルムが短く言い、工具袋を地面に下ろした。



◆排魔作戦:公園のコンセントを抜け


 作戦は単純だった。

 原因が地面の魔力なら、それを逃がす。抜く。流す。

 ただ、単純ほど手順が必要だ。勢いでやると事故になるのが現場というもの。


 勇輝は高橋と並んで、周辺の安全確保をさらに徹底した。

 ロープを二重に張り、コーンを増やし、誘導係を配置する。保護者には理由を短く伝える。“危ないから”ではなく、“何が危ないか”を伝える。


「遊具が変形していて、落下の危険があります。金属が動いているので、近づくと挟まれる可能性もあります。安全のため、今日はこの区画を閉鎖します」


 言葉が具体的だと、保護者の表情が少し落ち着く。

 納得はできなくても、理解はできる。理解できれば、子どもに説明ができる。


 加奈は遠くの広場で、鬼ごっこを“イベント化”していた。

 遊具に行きたい気持ちを、別の熱量に置き換える。これができる人は貴重だ。


「はい、ルール! 走るのはOK! でも押すのはダメ! ぶつかりそうになったら“ごめん!”って言えた人が勝ち! 言えたら勝ちって、すごくない?」


「すごい!」「言えたら勝ち、いい!」


 子どもたちの笑い声が、現場の硬さを少しだけ削る。


 一方、美月はスマホで注意喚起を更新し続けていた。


「『排魔作業中。安全点検のため、一部立入禁止です』……よし。

 ……あ、コメントに『封鎖はひどい』って来てます」


「“ひどい”に返事はしない。代わりに、固定の文言をもう一段具体的に。『落下の危険』って入れて」


「了解! 『落下の危険』入れます!」


 そのとき、ブランコがまた伸びた。

 支柱が、ギィ……と空へ向かう。まるで何かに手を伸ばすみたいに。

 見上げていると、首の後ろがぞわっとする。高いものは、それだけで人を惹きつける。


「……上限高度、決める前に越えそうだね」


 加奈が鬼ごっこの輪から少し離れて戻ってきて、呟いた。

 市長は珍しく真面目な顔で頷く。


「越えたら、越えた高さを基準にする、という手もある」


「そういう柔軟さ、いまは要りません! まず止めます!」


 勇輝が言い切ると、市長は「そうだった」と言うように肩を軽く上げた。


 グルムは地面に杭を打ち始めた。

 ただの杭に見えるが、打ち込む位置が規則的だ。遊具の周囲を囲むように、等間隔。まるで、見えない線を描いている。


「これで魔力の流れ道を作る。いきなり抜くと、遊具が“反発”する。だから逃げ道を先に作る」


「反発、って……」


「コンセントを抜く前に、負荷を落とす。お前たちの世界でも同じだろ?」


 確かに同じだ。

 役所の現場も、いきなり制度を変えると反発が来る。逃げ道と説明と手順が必要だ。

 妙なところで納得してしまい、勇輝は苦笑した。


「……役所と魔力、意外と似てるな」


「似てる。溜まると危ない」


 グルムの返しが淡々としていて、余計に笑いそうになるのをこらえた。


 杭が打ち終わる。

 グルムは手袋を直し、地面に片手を置いた。

 そして低い声で、短い言葉をいくつか呟く。言語は分からないが、音が“整っている”のは分かる。


 ――ぽう。


 地面に淡い光が走る。

 光は派手じゃない。むしろ、目を凝らさないと見逃す程度だ。

 それなのに、空気が少しだけ軽くなった気がした。熱が引く、というより、張りついていたものが剥がれる感じ。


 ブランコの支柱が、ぴたりと止まった。


「止まった……!」


 高橋が声を上げ、近くの保護者からも「おお……」と小さなどよめきが起きる。

 勇輝も胸の奥が緩むのを感じた。今の一手で、少なくとも“伸び続ける危険”は止まった。


 だが――安心するのは早かった。


 滑り台が、急に“すべり面”を増やした。


「増えるな!」


 勇輝が叫ぶ。叫んだ後で、叫ぶより先に手順を言うべきだったと反省する。だが叫ぶしかない増え方だった。

 滑り面が一本増える――というより、滑り台の途中から枝分かれして、二本目が生えてきたみたいに見える。しかも、角度が急だ。


 美月が驚きと笑いの間の声を出した。


「止まったのに増えた!? 公園、反抗期!?」


「反抗期って言うな! ……でも、状況がそれっぽいのが困る!」


 グルムが眉をひそめる。


「遅かったか。魔力が一部、遊具に残った。名残だ。しばらく変化が続く」


「名残が続くの、どれくらい?」


「場所による。半日から数日。だが、危険な増殖は抑えられるはずだ」


「“はず”が怖い!」


 勇輝は即座に、封鎖範囲をさらに広げるよう指示を出した。

 名残が残るなら、変化の余地がある。余地がある場所には、人を入れない。シンプルだが大事な判断だ。


「高橋さん、今日一日は全面閉鎖でいきましょう。安全点検完了までは使わせない。苦情が来ても、説明はこっちで引き受ける」


「主任……ありがとうございます……」


 高橋が心底ほっとした顔をした。

 現場担当は、判断が宙に浮くのが一番つらい。だから“決める”ことが救いになる。


 市長が少し離れた位置から現場を見渡し、落ち着いた声で言った。


「よし。ならば、今日の仕事は二つだ。危険を抑えること。そして、次に備えること」


「次に備える……つまり、基準を作るってことですね」


「そうだ。『遊具が伸びる可能性』を、笑い話で終わらせない。終わらせた瞬間に、事故になる」


 勇輝は頷いた。

 公園は子どもの場所だ。だからこそ、危険を“運”に任せるわけにはいかない。



◆ひまわり市、遊具の“仮基準”を作る


 現場が落ち着いたところで、勇輝は即席の会議を開いた。

 場所は公園の端のベンチ――と言いたいが、そのベンチの脚が妙に伸びていて、座ると足がぶらぶらする。地味に腹が立つ。

 だが、その腹立ちも「いま本当に変化が起きている」という確認にはなる。


「今日の結論。遊具が異界魔力で成長・変形する可能性がある。よって、定期点検の頻度を上げる。

 “兆候”が出たら、排魔対応を依頼する。兆候は――」


 勇輝が言いかけると、加奈が即答した。


「子どもが『昨日より高い!』って言ったら危険。最強のセンサー」


「それ、冗談みたいで一番正しいやつだな」


 美月が嬉しそうに手を挙げる。


「『遊具が伸びたら市役所へ!』ってポスター作ります!」


「言い方! 事件の通報みたいになる!」


 市長が横から補足する。声が妙に真面目だ。


「だが、市民が分かる言葉にするのは大事だ。

 『遊具に違和感があったら連絡』。これなら柔らかい」


「それならいい。あと、『写真撮って近づかないで』も入れたい」


 美月がすかさず頷く。


「入れます! 『撮影は距離を取って』って。禁止って言い切るより、行動を指定したほうが守られます!」


「そこは美月の得意分野だな。頼む」


 グルムは工具を片付けながら、現場側の注意点を淡々と並べた。


「兆候が出たら、まず人を近づけるな。

 次に、金属の継ぎ目と木材の割れを見ろ。伸びると負荷が変わる。割れは事故の入口だ。

 それから、地面が熱いなら魔力が溜まってる。排魔の準備をしろ」


 高橋が必死にメモを取っている。

 勇輝はその姿を見て、少しだけ安心した。現場が“学び”を持ち帰れる形になるなら、今日の混乱は明日に繋がる。


「よし。今日の暫定手順、まとめます」


 勇輝は、ベンチの上でメモを広げ、短い箇条書きにしていく。


・異常の第一報を受けたら、即時に立入制限(遊具の落下範囲を広めに確保)

・誘導係の配置、保護者への説明は“何が危ないか”を具体的に

・SNS注意喚起は写真なし/危険性は明確に

・変形・伸長が続く場合は排魔(段階的)を検討し、安全管理担当へ連絡

・点検頻度の増加:朝夕の目視確認+週次の詳細点検

・子ども・保護者向けの簡易通報文言を整備(“違和感があったら連絡”)


「……主任、これ、今日中に文書にしますか?」


 高橋が恐る恐る聞いた。


「します。今日のうちに“仮”で出す。仮でも、あるのと無いのじゃ全然違う。

 現場が迷わないようにするのが一番だ」


 加奈が頷く。


「うん。迷ってる大人を見ると、子どもは余計に突っ込むからね。大人が先に“止める”って決めてると、子どもも諦めやすい」


「加奈の経験談、すごく役に立つ」


「喫茶は、毎日が小さな現場だから」


 美月がふっと真面目な顔になった。


「主任。今日の投稿、結局“見に行きたい”が止まらないと思います。だから……“見どころ”を作るより、“安全の距離”を先に作る投稿にします。

 『近づくと危ないから、現場は見守って』って」


「それでいこう。ありがとう」


 市長は帽子を指で軽く持ち上げ、空を見た。

 ブランコは伸びるのを止めたまま、妙に背筋の伸びた姿勢で空に向かって立っている。

 見た目だけなら、確かにちょっと格好いいのが腹立たしい。


「憩いを守るのは、手間がかかるな」


 勇輝が本音を漏らすと、市長は小さく頷いた。


「手間がかかるから、守られたときに価値が残る。

 市民が“いつも通り”を享受できるのは、誰かが裏で手間を引き受けているからだ」


「……そうですね」


 勇輝は公園の奥を見る。

 遠くで子どもたちが笑っている。加奈が鬼役になって、わざと大げさに転んでいる。子どもが歓声を上げる。

 あの笑い声を守るために、今日はブランコが空に伸びたのだと思えば――いや、思いたくないが、守る意味ははっきりしている。


 グルムが最後にぽつりと言った。


「公園は、良くなろうとする。だが良くなる方向を、人が決めないと危ない。

 伸びるのは悪くない。伸びたまま放置するのが悪い」


 その言葉に、勇輝は思わず頷いた。

 役所の仕事も同じだ。制度は“良くなろう”とする。でも方向を決めないと、誰かが落ちる。


「……じゃあ、方向を決めます。まず今日は、閉鎖。点検。暫定手順の文書化。

 そして、明日からは“兆候”の拾い上げと、排魔の連絡体制の整備」


 美月が手を挙げた。


「ポスター案、今日中に作ります。

 タイトルは……『遊具に違和感? まずは距離を!』でどうですか!」


「いい。事件っぽくない」


 加奈が笑う。


「距離を、って大事だよね。近づきすぎると、どんな問題もこじれるし」


「それ、行政にも効く言葉だな」


 勇輝が言うと、市長が口元を少しだけ上げた。

 今日は“面白がってる笑い”ではなく、“よくやった”に近い表情だった。


「よし。ひまわり市は今日も一歩進んだ。

 ……ただし、公園はもう伸びなくていい」


「本当にそれです」


 勇輝の返しに、美月が笑い、加奈が肩をすくめ、グルムが小さく鼻で笑った。


 ひまわり市役所。

 今日も通常運転。

 ただし、公園の遊具は空へ伸びる――そんな“いつも通りじゃない日”でも、町の“いつも通り”を守るために、役所は動く。


 ブランコは、止まったまま空を見上げていた。

 まるで「次の基準、早く決めろ」とでも言うみたいに。


 勇輝は帽子のない頭で空を仰ぎ、静かに息を吐いた。


「……遊具の上限高度。ほんとに議題になりそうだな」


「なるね」


 加奈が即答し、美月が元気よく頷く。


「なります! 議事録のタイトル、私、考えます!」


「そこは張り切らなくていい!」


 笑い声が、朝の公園に転がった。

 危ないものは閉鎖した。安全は確保した。次に備える手順も、いま作った。

 今日の公園は伸びたけれど、ひまわり市の“守り方”も、少しだけ伸びた。


 ――伸びるなら、こっちがいい。


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