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第4話「魔王領との観光協定を結べ!」

■開庁前


 ひまわり市役所1階、まだ空調が本格始動していない微妙に湿った空気の中。

 異世界経済部のデスクに、黒く光る封書が――まるで自分の存在を誇示するように置かれていた。


 封蝋は深い黒。

 個人情報保護も書留も無視して存在感だけで圧をかけてくるタイプの封筒である。


 

「主任、これ見てください! 魔王領からの公式通達です!」


 美月の声が、部屋の空気を2度下げた。

 勇輝はコーヒーを口に含んだまま、数秒遠い目をした後、ゆっくり噛みしめるように向き直る。


「魔王領!? やばくない? 戦争とかじゃないよね!?」


 開封された紙には、黒いインクで厳かな文面――

 しかし中央に突然現れる観光地マーク。

 その時点で緊張感が少し死ぬ。



『ひまわり市が王国と“軍事同盟”を結んだとの報。

 当方、観光競争上の不均衡を懸念す。

 よって、代表者を派遣し、“観光協定”の締結を求む。』


 

「……観光協定?」


「戦争じゃなくて、観光競争のほうですか……」


 真剣な文面なのに内容は観光PRへの嫉妬。

 ひまわり市らしい展開だ。


 隣で資料を抱えていた美月が息を吐き、胸を押さえる。


「つまり、“うちだけ王国に人気出てるのズルい”ってことか。」


「……この世界、観光意識高すぎない?」


 勇輝のぼやきは、もはやツッコミというより現実から逃げないための儀式だった。



■朝・出張前の混乱ゾーン(市役所ロビー)


 市長は出張用スーツに着替え、なぜか周りの職員より落ち着いている。

 緊張しているのはむしろ周囲だ。


「市長、本当に行くんですか? 魔王領って、名前からして危ないですよ!」


「外交は信頼からだ。うちの温泉に来てもらうためにも、まず行く。」


「いや目的が小さい!」


 美月が即ツッコミを入れ、加奈は資料を抱えたまま眉間を押さえる。


「小さくていいんだよ。観光は“心の交流”だからな。」


 市長は穏やかに笑う。

 その姿は――町内会会長のテンションで国家外交へ突っ込む勇者そのもの。


 美月は最後に付け足す。


「お気をつけて! 予算は日帰り出張で申請してますから!」


「魔王領、日帰り圏内なのか!?」



■魔王領・ガルドネア


 黒い霧と荘厳な建造物が広がる異世界の城。

 しかし、その城門前に停まった車――軽バン。


「これは……“鉄の箱車”で来たのか?」


「ええ、うちの庁用車です。燃費は悪いですが、エアコンが効きます。」


「……魔導馬車より文明が進んでおるな。」


 門番たちの視線は車より“庶務車両で来る行政トップ”に驚いている。



■謁見の間


 巨大な玉座。

 そこに座る青年は――静かな威圧と知性を持つ魔王ヴァルゼン。


「異界の町よ。貴様らが“観光立町”を名乗ると聞いた。興味がある。」


「ええ、私ども“ひまわり市”は観光と温泉で成り立っております。」


「……温泉、だと?」


 魔王はほんの少し食いついた。

 世界が違っても、温泉の吸引力は強いらしい。


「ふむ。我が領にも“魔炎の沼”はあるが、沸騰していて入れぬ。」


「では、ぜひ一度、うちの源泉へ。ドラゴン客も満足して帰られました。」


「ドラゴンが? ……それは信用できるな。」


 魔王、ドラゴンレビューを信頼基準に使うタイプらしい。



◆協定サイン


 会談は驚くほどスムーズに進んだ。

 途中、魔族側の観光大臣が資料を見ながら質問する。


「入湯税とは何だ?」


「温泉に入るときに、ちょっとだけ納めてもらうお金です。

 観光地の維持や環境整備に使うんですよ。」


「なるほど……魔界でも“溶岩浴税”を導入できそうだな。」


「え、あるんですか溶岩浴!?」


「入ると命がけだが、肌がつるつるになる。」


「……すごい、美容効果。」


 どんな文化でも、美容ワードには強い。


 交渉の結果、双方は協定書に署名した。

 そのタイトルには――


『友好観光協定:ひまわり市 × 魔王領ガルドネア』


 歴史的な書面に、なぜか隅に温泉スタンプが押されていた。

 誰の仕業かは聞かない方向で。


「これで、うちも晴れて“異世界二国間観光地”になりましたな!」


「うむ。では、次の視察は我が方から行おう。」


「どなたが?」


「我が妹、第二魔王――“リリア”を派遣する。」


「妹……魔王の……?」


 市長の笑顔が引きつった。



◆翌日・ひまわり市役所


「――魔王の妹さんが来る!?」


 美月が書類を落とす。

 勇輝はスケジュール表を確認しながら、現実逃避したくなる表情。


「しかも、“観光研修”の名目で、一か月間ホームステイだってさ。」


「宿泊先は……?」


「市長宅。」


「市長!? 無理無理無理無理!! 異世界外交どころじゃないですよ!」


「大丈夫だ。客人には誠意をもって――」


 そのとき、外から雷鳴が響いた。

 空に黒い雲が渦を巻き、魔法陣が開く。


 そこから現れたのは、小柄な少女――真紅のドレスをまとい、

 角を控えめに飾った、美しい魔族の少女だった。


「――人間の町、面白い匂いがするわね。」


「ひまわり市へようこそ、第二魔王リリア殿。」


「三日間、お世話になります。……まず案内してちょうだい。

 “ふるさと納税”ってやつの仕組みを、ね。」


「また納税かぁぁぁぁ!!」


 こうして、“魔王の妹”がひまわり市にホームステイすることになった。

 異世界観光は、ますますカオスを極めていく――!




次回予告


第5話「リリア様、町内会デビュー!」

魔王の妹が町の温泉掃除に参加!?


「人間のバケツは……魔法道具なの?」

「違います、ホームセンター産です!」

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