第31話「異界バレンタイン・チョコ行政」
~想いは溶ける、予算も溶ける~
■朝・ひまわり市庁舎
ひまわり市庁舎の玄関ホールは、朝日が差し込むたびにどこか明るい気配を帯びた。
その入り口に、一際目を引くポスターが貼られている。
『第1回 異界バレンタイン・フレンドシップデー開催!』
――主催:異界経済部・観光課・市民交流課。
加奈が、胸元まで抱えた書類の山を揺らしながら走ってくる。
「今年は“異界の友好を深めるチョコ交流”がテーマです!」
朝から妙にテンションが高い。
一方の勇輝は、ポスターをまじまじと見つめたまま、心底疲れた声を出す。
「また予算の香りがしねぇイベント名だな……」
加奈は胸を張る。
「ちゃんと計上してます! “異界友好推進費(仮)”として!」
「(仮)で申請すんな!」
庁舎の朝は、今日もにぎやかだ。
■午前・異界チョコ開発室
市内の菓子店「ひまわりスイーツ工房」と、異界の魔導錬金士ミーネの共同研究室。
部屋は甘い香りと、魔力の光に満ちていた。
机の上には――
光るチョコ、浮くチョコ、喋るチョコ……明らかに“危険な未来”が並んでいる。
ミーネが胸を張り、きらびやかな笑顔で宣言した。
「完成しましたわ! “感情同調チョコ”です!」
「すごい……!」
加奈は純粋に目を輝かせるが、その横で勇輝は顔色を変えた。
「なんでチョコが脈打ってるんだよ!?」
「このチョコを渡すと、贈った人の感情が相手に共鳴するのです♡」
「それ、行政が扱っていい代物か!?」
ミーネはくるくると指先を回し、魔法陣を起動させる。
空中でチョコが脈動し、淡いピンクの光を放った。
――嫌な予感しかしない。
■昼・市民広場イベント開始
市民広場は、異界と現代が入り混じった特設ステージで色鮮やかに飾られた。
「異界×現代バレンタイン」の看板が、春の風に揺れる。
エルフの商人、オークの職人、地元高校生――
いつになく華やかで、騒がしいほどの人混みが広がった。
「では皆さん~! 本日の目玉、“感情チョコ配布式”です~!」
観光課の柳田が大声で盛り上げると、
市民たちは一斉にチョコを交換し、笑い声が広場を満たした。
――その瞬間。
バシュンッ!!
空気がきらめき、光の粒子が町中へふわりと降り注ぐ。
光は人々の頭上で集まり、淡い色となって揺れた。
誰の頭にも――“心の色”が浮かび上がったのだ。
■午後・混乱の始まり
「うわぁぁぁ! 思ってた以上に可視化されてる!?」
勇輝は頭を抱える。
広場にはピンク、青、黄色の光が踊り、まるで恋心が町を覆ったようだった。
ふと横を見れば、加奈の頭上に――ほんのりとピンクが灯っている。
「わ、私の、感情、見えて……!?」
加奈が耳まで真っ赤にする。
勇輝は慌てて視線をそらすが、自分の頭上には薄いオレンジ。
「なんで俺まで……!」
そこへミーネが、気まずそうに指をつんつんと合わせて言った。
「ちょ、ちょっとだけ仕様変更したんですの……
“恋愛感情優先表示”に……」
「なんでそんな地獄モードを追加したぁぁぁ!!」
町中にはカップルの悲鳴、片思いの修羅場、告白の騒動が飛び交い、
チョコ祭りは一転、恋愛パニックフェスと化した。
■夕方・庁舎会議室
緊急会議が開かれるが、全員の頭上に色が浮かぶせいで会議どころではない。
「市長! 商店街で“好き色暴露合戦”が発生しています!」
「住民トラブルにまで発展してるのか!?」
勇輝は頭を抱えるが、
加奈は小さな声でぽつりと呟いた。
「……勇輝さんの色、ちょっと……温かいですね」
「やめろぉぉぉ! 感情ログ取るな!」
会議室の空気は、緊張――というより羞恥でいっぱいだった。
■夜・庁舎屋上
――感情チョコの解除儀式
夜の風が庁舎屋上を吹き抜ける。
魔法陣の中心に立つのは、勇輝と加奈。
混乱を収拾するため、感情チョコの解除呪文が必要だった。
ミーネの通信が響く。
『解除には、“心を偽らぬ誓い”が必要ですわ!』
勇輝は深呼吸し、夜空を見上げ――静かに誓う。
「……俺は、市民の安全と……職員の平穏を守る!」
加奈も胸に手を当て、柔らかく微笑む。
「……私は、この町と……あなたの笑顔を守りたいです!」
魔法陣が光り、
広場や商店街で揺れていた“想いの色”が、ふわりと消えていく。
残ったのは、静かな夜空と――
二人のあいだに漂う、淡い残光だけだった。
■ラストシーン
イベント後の広場。
片付けをする風景の中で、加奈が小さな包みを差し出した。
「本命……じゃなくて、感謝チョコです。
今日、一日ずっと支えてもらったから。」
包みは温かく、どこか控えめで、優しい。
勇輝は不器用に笑いながら、そっと受け取る。
「ありがとう。……でも、今度は“感情表示なし”で頼むな。」
二人の間に、ほんのりとピンク色の残光が灯る。
それはもう、誰にも見えない――ただ、二人だけの光だった。
第31話「異界バレンタイン・チョコ行政」END
次回予告 第32話
「異界からの“ふるさと納税”」
天界からの果実、魔界からの炎宝石、海底都市からの潮の書状――
次々届く“異界返礼品”に職員大混乱!
だが、魔王からの納税だけは、なぜか“裏がある”ようで……!?
ひまわり市、財政の章へ突入!




