第28話「異界スパ誕生!」
――湯は癒し、町は生き物。
■朝・ひまわり市 庁舎
ひまわり市庁舎の朝は、相変わらず静かではなかった。
異界転移から時間が経ったとはいえ、
ここでは「平穏」という言葉が、未だ書類のどこにも記載されていない。
会議室の長机には、分厚い企画書が山のように積まれている。
紙の端は折れ、付箋が幾重にも貼られ、
すでにこの計画が「思いつき」ではないことを雄弁に物語っていた。
表紙に書かれた文字。
《異界観光強化プロジェクト》
それは今のひまわり市にとって、
“生き残るための企画”でもあった。
加奈は資料を胸に抱え、少しだけ緊張した面持ちで口を開く。
「観光課からの提案です。“異界スパ”を作りたいそうです!」
その声に、勇輝はペンを止め、ゆっくり顔を上げた。
行政職員としての反射的な警戒心が、眉間に寄る。
「異界スパ?」
「はい。魔法生物も人間も一緒に入れる、共生型の温泉施設だそうです。」
“共生型”。
その言葉は、この町が選び続けてきた道そのものだった。
勇輝は息を吐き、苦笑混じりに言う。
「……ドラゴンが入っても壊れない風呂か。すげぇ耐久テストだな。」
その横で、美月がノートを抱えながら身を乗り出す。
「えっ、それ本当ですか!?
ドラゴン可なら、絶対話題になりますよ!
観光PV、もう頭の中で流れてます!」
「先に安全基準を作れ。」
勇輝の即ツッコミに、会議室が一瞬だけ和んだ。
その空気を切り裂くように――
ガラッ、とドアが開く。
■ドワーフ技師、乱入
現れたのは、ずんぐりとした体躯に濃い髭。
作業服の袖は煤で汚れ、
一目で“現場の人間”だとわかる男。
ドワーフ技師・ドラン。
「任せろ! ワシが異界最強の湯を作ってやる!」
その声には、揺るぎない自信と、
職人特有の「やってやる」という熱が込められていた。
美月は思わず拍手する。
「出ました! 異界職人枠!」
勇輝は頭を抱えつつも、内心では理解していた。
この町で何かを成し遂げるには、
こういう“勢いのある人材”が不可欠なのだと。
■昼・建設予定地(旧温泉街跡地)
かつて湯煙と笑い声で満ちていた温泉街。
今は建物の基礎だけが残り、
地面そのものが“異界の鼓動”を宿している。
地中を流れるのは、目に見えない魔力脈。
ひまわり市が異界に浮かんで以来、
この町の下を静かに巡り続けてきた力だ。
ドランは地面に手を当て、満足げに言う。
「この魔力脈を使えば、無限に湯が湧くはずじゃ!」
勇輝は一歩引き、現実的な疑問を投げる。
「……爆発とかしないだろうな?」
返答は、あまりにもドワーフらしかった。
「爆発しなければ成功じゃ!」
加奈の顔から血の気が引く。
「そんな定義あります!?」
美月はペンを走らせながら、ひそひそと呟く。
「※ドワーフ基準:爆発=失敗……っと……」
■午後・試験掘削
魔法掘削機が唸りを上げ、
地面に刻まれた魔法陣が次々と発光する。
そして――
白煙が噴き出した。
否。
それは“熱”そのものだった。
赤く染まった蒸気が空気を震わせる。
「おお、きたきた! 源泉確認!」
ドランの声に、勇輝が即座に叫ぶ。
「おい待て、それマグマ混じってるぞ!?」
地面が揺れ、炎を帯びた“火の精霊”が出現。
「我が眠りを妨げる者は誰だ……!」
加奈が息を呑む。
「温泉の神様!?」
「いや、温泉“の下”にいた炎の主じゃ!」
「温泉よりボス級の方が出てきたじゃねぇか!」
美月は恐怖と使命感の間で揺れながら、
しっかりとカメラを構えていた。
■夕方・交渉作戦
庁舎に戻り、勇輝たちは緊急会議。
「火の精霊さんを怒らせると、町ごと焼ける可能性が……」
「話せばわかるタイプじゃよ、たぶんな!」
「“たぶん”が多いなこの人!」
一方そのころ、温泉街跡では火の精霊が巨大な炎の姿で鎮座。
近づくだけで空気が熱い。
勇輝たちは特製の“耐熱札”を身に着けて接近する。
■夜・源泉前
「火の精霊殿! この町を燃やすのは待ってくれ!」
精霊の声は低く、重い。
「我が怒りは地を焦がす。だが、そなたらの心が熱ければ……試す価値はある。」
ドランが前に出る。
「ならば勝負じゃ! 湯の沸かし合いで決めよう!」
「沸かし合い!?」
「どちらの湯が“気持ちいいか”を精霊が決める!
ワシの鍋風呂対、そっちの炎風呂じゃ!」
美月は小声で呟く。
「……交渉って、こんな原始的でしたっけ……」
■異界温泉対決
ドランが鍛冶ハンマーで地脈を叩き、湯が噴き上がる。
火の精霊は炎を渦巻かせて溶岩の湯を作る。
勇輝は魔法で温度を調整しながら、湯気の中で叫ぶ。
「温泉ってのはな――熱さじゃねぇ! 心の癒しだッ!」
「勇輝さん、桶じゃ勝てませんよ!」
火の精霊が笑い、炎が小さくなっていく。
「よかろう。汝らの湯、実に心地よし。」
光の粒が温泉へと溶け込み、
源泉は穏やかな青金色の光を放つ“癒しの湯”へと変化した。
■夜・新施設完成
異界スパ・ヒマリオン。
ドラゴン用露天風呂、スライム専用低温槽、エルフ美容泉など多種多様。
多種族が同じ湯に浸かり、違いを笑い合う場所。
「すごい……これなら誰でも楽しめますね!」
「いや、“誰でも”って言うにはデカすぎる湯船もあるが……」
「これぞ異界式・町おこしの湯じゃ!」
湯けむりの中、町の灯がやわらかく滲む。
■ラスト
夜空に二つの月。
温泉から立ちのぼる湯気が、
まるで町全体を包むように揺れていた。
「……癒しって、こういうことなんですね。」
「うん。異界でも、風呂上がりの一杯は最高だね。」
美月が静かにシャッターを切る。
「――この町、ほんとに“帰れる場所”になりましたね。」
『異界に浮かぶ町、ひまわり市』
― 第28話「異界スパ誕生!」END ―
次回予告(第29話)
「消えたご当地マスコット!?」
町おこしの要“ひまリスくん”が行方不明!
市を巻き込む“異界マスコット誘拐事件”の真相は!?
そして、背後に潜む“異界広報ギルド”の陰が――!




