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第25話「異界郵便、届かぬ想い」

――想いは、距離も生死も越えて。


■朝・ひまわり市 異界郵便局


 朝の光が、郵便局の大きな窓から差し込んでいた。

 ひまわり市の中心部に建てられたこの建物は、

 異界と現界をつなぐ“言葉の玄関口”として、多くの市民に親しまれている。


 正式名称は「ひまわり異界郵便局」。

 魔法と技術を融合させた郵便魔方陣により、

 異界の果てまで手紙を届けられる、

 画期的な公共インフラ……のはずだった。


 ――その日までは。


 郵便局の外が、妙に騒がしい。

 ざわざわとした声、走り回る足音、空を仰ぐ人々。


 カウンターの向こうから、半透明の体を震わせながら、

 スライムの局員が悲鳴のような声を上げた。


「郵便魔方陣が暴走して、手紙が空を飛んでます~!」


 その言葉どおりだった。

 郵便局の上空には、色とりどりの封筒が、

 まるで渡り鳥の群れのように舞い上がっている。


 風に煽られ、くるくると回りながら、

 市民の頭上をすり抜けていく手紙、手紙、手紙。


 誰かが必死に追いかけ、

 誰かが呆然と立ち尽くし、

 誰かが思わず、涙を浮かべて空を見上げていた。


 加奈は、その光景を信じられないものを見るように見つめていた。


「手紙が……逃げてる!?」


 隣で勇輝は、腕を組みながら、空を舞う封筒を静かに目で追う。


「いや、“想い”が溢れすぎてるのかもな。」


 それは、冗談とも、推測ともつかない言葉だった。

 だが、この町で起きる異変は、

 いつだって“感情”と無関係ではない。



■昼・郵便局内部


 郵便局の奥――魔法通信室。

 壁一面に刻まれた魔方陣が、不規則に明滅している。


 勇輝と加奈は、制御盤の前に立ち、

 暴走の原因を探っていた。


 勇輝は魔導炉の出力ログを確認し、眉をひそめる。


「魔導炉の出力が不安定だな。誰かが強い“感情”を流し込んでる。」


「誰かが……“書きすぎた”ってことですか?」


 加奈の言葉は冗談めいていたが、

 勇輝は否定しなかった。


 感情は、魔法の燃料になる。

 それがこの異界では常識だ。


 通信室の隅。

 埃をかぶった机の上に、一通の封筒が置かれていた。


 他の手紙と違い、

 それは静かに、動かず、そこに“残って”いた。


 加奈がそっと手に取る。


 宛名は――


『ひまわり温泉で働く夫へ(未達)』


 加奈の指が、わずかに震える。


「……これ、1年前の日付です。

 差出人は“高原美代”さん。」


 勇輝は、その名前を聞いた瞬間、記憶を掘り起こしていた。


「1年前……この町が転移した直後に、温泉の建設事故で亡くなった方の名前だ。」


 室内の空気が、静かに重くなる。

 言葉にされなかった時間が、二人の間に流れた。



■回想:1年前の手紙


『あなたへ。

町が変わっても、温泉はきっと続くと思う。

戻ってきたら、一番風呂、一緒に入りましょうね。

――美代』


 文字は丁寧で、優しかった。

 未来を疑わず、当たり前のように“一緒にいる明日”を信じていた。


 その想いが――

 一年ものあいだ、宛先を失ったまま、

 どこにも行けず、ここに留まっていた。



■夕方・市役所屋上


 夕暮れの風が、屋上を吹き抜ける。

 加奈は、封筒を胸に抱えたまま、空を見つめていた。


「この手紙が、届こうとして魔法陣を暴走させた……?」


「想いが強すぎたんだろうな。

 でも、“宛先不明”のまま漂ってる。」


 その言葉は、事実だった。

 死者に、住所はない。

 だが、想いは消えていない。


「どうすれば……彼に届けられるんでしょう。」


 加奈の声は、震えていた。


 勇輝はしばらく黙り込み、

 やがて静かに答えた。


「――霊温郵便。

 霊気を使って、亡き者の魂へ送る異界の儀式だ。

 昔、魔導士から聞いたことがある。」


 それは、行政手続きではない。

 けれど――この町では、

 “想いを届ける”こともまた、守るべき仕事だった。



■夜・ひまわり温泉


 夜の温泉郷。

 湯気が立ちこめ、月明かりが淡く揺れる。


 温泉の中央に、魔法陣が描かれ、

 市民たちが静かに集まっていた。


 誰も騒がない。

 誰も笑わない。


 ただ、この町を愛した二人のために、

 祈るように、その場に立っている。


 加奈が、そっと封筒を中央に置く。


「――届いてください。

 この町を、愛した二人の想いが。」


 勇輝が魔法陣を起動する。

 淡い光が立ち上り、

 封筒は光の粒子となって、空へ昇っていく。


 湯の表面が、静かに揺れた。


 そこに――人影が浮かび上がった。


『ありがとう。ちゃんと受け取ったよ。

 この町は、まだ温かいね。』


「……っ。」


 加奈は、言葉を失ったまま、

 ただ目を伏せた。



■翌朝・郵便局前


 朝の風が、穏やかに吹いていた。


 前日まで空を舞っていた手紙たちは、

 ひとつひとつ、

 まるで役目を終えたかのように、静かに地上へ降りてくる。


 その中の一枚が、

 ふわりと舞って、勇輝の肩に触れた。


『ひまわり市の皆さんへ。

想いは届くと知りました。

これからも、この町を大切にしてください。』


 勇輝は、その文字を見つめ、

 小さく息を吐く。


「……まったく、手紙ってのは、泣かせる仕事だな。」


 加奈は、微笑みながら頷いた。


「言葉の力、魔法よりすごいですよ。」



■ラスト・屋上


 郵便袋を抱えたスライム局員が、

 屋上から飛び立つ。


「配達、再開です~!」


 夕焼けの空に、

 一通の手紙が金色に光って、静かに消えていった。


 それは、

 もう迷うことのない“想い”だった。



『異界に浮かぶ町、ひまわり市』

― 第25話「異界郵便、届かぬ想い」END ―


次回予告(第26話)


「異界動物保護課、暴走!」

保護した幻獣たちが市庁舎で大暴れ!?

市職員VSもふもふの仁義なき攻防戦――!

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