第23話「魔導商会ブラック残業事件!」
■朝・ひまわり市商工会議所
朝の商工会議所は、活気と緊張が入り混じった空気に包まれていた。
市内でも最大規模の異界企業――フォルミナ魔導商会が快進撃を続け、
雇用も税収も増え、“異界経済の象徴”とされているからだ。
しかし、その書類の山の中に、ひときわ異様な数字が潜んでいた。
加奈が眉を寄せながら資料をめくる。
「……ん? 勇輝さん、これ見てください。
平均労働時間……“1日14時間”?」
美月も隣でタブレットを覗き込み、顔をしかめる。
「え、広報的にこれアウトじゃ……?
ブラックのにおいしかしないんだけど……?」
勇輝は深く息をつき、心の中で呟いた。
――異界の商会と提携して、雇用も税収もアップ。
一見、順風満帆……のはずだった。
■昼・フォルミナ魔導商会
ひまわり市の中心部に聳え立つ、黒曜石の塔。
魔導陣が刻まれた壁がゆっくり脈動し、内部には光の帯が走る。
その壮麗な光景とは裏腹に、社員たちの表情はどこか虚ろだった。
人間、獣人、エルフ――
皆が机に張りつき、光る魔法陣を次々に展開している。
だがその“光”に、活気はなかった。
「“光ってる”のはいいけど……目が死んでるな。」
勇輝がつぶやく。
近くにいたエルフ社員が淡々と答える。
「残業……? いいえ、“魔導加速勤務”です。
時間を止めて働くので、実質ゼロ時間です!」
「実質ゼロ!? いやいや、体は働いてるでしょ!」
加奈は即座にツッコんだ。
奥から現れたのは、魔族の女性――社長フォルミナ。
艶やかな黒髪と、威厳ある瞳を持つ女性だ。
「効率のためですわ。
“時間を止めている間”は日付が変わらない――ゆえに、残業ではありません!」
「いや、精神は止まってねぇんだよな……!!」
勇輝は頭を抱えた。
美月は小声でつぶやく。
「時間停止残業……キャッチは強いけど広報的には絶対NG……。」
■夕方・市役所 労働基準課
労基課の部屋には、苦いコーヒーと緊迫の空気が漂う。
課長・山下が資料を叩きながら言った。
「異界法では“魔力加速勤務”は合法。
だが、日本法では“時間外労働”に該当する。
……完全に板挟みだ。」
「どっちの法律を優先するか、ってことですか。」
勇輝が尋ねる。
「その通りだ。
だが、それ以前に――我々が守るべきは“命”だ。」
山下の目が鋭く光る。
「過労魔力を防がねばならん。」
加奈が首を傾げる。
「過労……魔力?」
「魔力の使いすぎで魂が半透明になる症状だ。
今年すでに9件発生している。」
「魂が透けてるのに働かせてるの!??」
美月が叫んだ。
■夜・フォルミナ社前 抗議デモ
夜の社前は怒号と魔法の光で包まれていた。
「働きすぎ反対!」
「魂を返せー!」
「時間停止は搾取ー!」
人間と魔族が肩を並べて声を上げている。
勇輝と加奈、美月が駆けつけると、
バルコニーにフォルミナ社長が姿を現した。
「みなさま!
我が社は“魔法で人々を豊かにする”ことを信条に――」
その言葉を、群衆の叫びが遮った。
「命を削ってまで働きたくない!」
その瞬間、加奈がマイクを奪うようにして前へ進み出た。
喉が震えるほどの緊張の中で、それでも声を絞り出す。
「異界でも、人間界でも――
働く人が笑ってなきゃ、町は続きません!
魔法でごまかすのは、やめましょう!」
静寂。
夜風がデモの旗を揺らした。
やがて、フォルミナ社長はそっとマントを下ろした。
「……あなたの言葉、胸に刺さりますね。
確かに、笑顔を失った町に、繁栄などありません。」
その目には、わずかな悔恨と、覚悟の光が浮かんでいた。
■翌朝・ひまわり市報
朝刊の一面が町を駆け巡った。
『魔導商会、労働協定締結 “時間停止残業”を全面廃止』
『異界労基署(仮設)設立へ』
市役所の休憩室では、勇輝と加奈、美月が新聞を広げていた。
「時間を止めて働くの、夢だったけどな……」
勇輝がコーヒーをすすりながらつぶやく。
「でも、それで笑えなくなるなら、意味ないですよね。」
加奈が微笑む。
山下課長が静かに言葉を添えた。
「“働く”って、“生きる”の一部だ。
魔法でも、命のリズムは変えられん。」
美月はその言葉を噛みしめるように頷いた。
「……広報文にもそのまま使わせてもらお。名言ですよ。」
■ラスト・市役所屋上
夜のひまわり市は、穏やかな灯りに包まれていた。
昨日まで煌々としていた商会の塔も、今日は静かだ。
加奈が手すりに寄りかかりながら言った。
「今日は、時間がちゃんと流れてる気がしますね。」
「止めるより、ゆっくり進むほうがいいんだよ。」
勇輝が夜空を見上げる。
「この町も、俺たちも。」
風が吹き、ひまわり色の光が空に揺れた。
異界と人界をつなぐ町に、今日も確かな時間が流れていく。
第23話「魔導商会ブラック残業事件!」END




