第2話「温泉街にドラゴン客、来襲!」
■昼前・ひまわり温泉郷。
山あいに静かに立ちのぼる湯気、川沿いを歩く観光客――
いつもなら、ゆるやかで平和な午前の景色。
しかしその日、ひまわり温泉郷の空気は違っていた。
どこか騒がしく、ざわめきが風に混じる。
加奈は眉をひそめながら、露天風呂の門へと歩みを進めた。
そして一瞬後、目を見開く。
「主任……あれ、見えます?」
声が震えた。
彼女の視線の先――湯気の向こうに巨大な影。
勇輝は目頭を押さえ、現実逃避するかのように深く息を吐いた。
「見える。見たくないけど見える。……ドラゴンが入ってる。」
巨大な赤鱗のドラゴンが、露天風呂にドンと腰を下ろしていた。
その巨体が湯を半分以上溢れさせ、川の水位まで上がっている。
「ふぅ〜〜、ここの湯は良いなぁ……硫黄の香りがたまらん!」
ドラゴンの低い声が、山全体に響き渡る。
洗い場で桶を持っていた老人客たちは、なぜか逃げずに拍手していた。
「おお、でっけぇなぁ! 観光客さんかい?」
「温泉は初めてかね、旦那!」
「お、おじいちゃん!? 怖くないの!?」
「怖いけどな、客は客だ!」
その会話は、ひまわり市の観光精神の象徴だった。
恐怖より先に接客。
もはや本能レベルで市民の血肉になっている。
■朝・ひまわり市役所・異世界経済部(旧観光課)。
古い空調とコピー用紙の匂い。
それがこの部屋の標準装備。
しかし今は、職員全員の緊張がその空気を乾かしている。
美月が息を切らせながら書類を抱えて飛び込む。
「報告します。今朝、温泉に“ドラゴン客”が入浴中とのことです。」
勇輝は認めたくない気持ちと、公務員魂の板挟みで眉を寄せる。
「お客様、ですか?」
「はい。“湯あたりしそうだから麦茶がほしい”と。」
「……接客レベル高すぎない?」
PR担当としての理性が、美月の肩を震わせる。
加奈が続ける。
「で、そのドラゴンさん、宿泊予定は?」
「一泊二食付きで、“金貨二枚”だそうです。」
その言葉は、経済部全員の思考を一時停止させた。
「金貨って、どのくらいの価値なんだろ……」
勇輝は資料を捲り、淡々と言った。
「昨日レフィアさんに聞いた。だいたい一枚で軽トラが買えるそうだ。」
「ちょっと待って、それ高級旅館どころじゃない!!」
書類が机に叩きつけられる。
ひまわり市の未来予算が、一瞬光り輝いた。
そこへ、市長が胸を張って立ち上がる。
「よし、町の財政黒字のチャンスだ!」
(※誰も否定できないが、何か違う。)
■午後・温泉フロント前
「すまぬ、宿の者。湯加減が良くてつい長居してしまった。これが宿泊代だ。」
ドラゴンが置いたのは、眩しく光る金貨二枚。
店主は固まったまま、手を震わせる。
「お、おおお預かりいたしますぅぅ!!」
通行人の囁きがさらに熱を帯びる。
「金貨って本物か?」
「役所で換金できるの?」
「これで道路補修できるな!」
一方、中学生は冷静だった。スマホを構えつぶやく。
「うわ……これバズる。」
#異世界客来訪 #ドラゴン入浴中
投稿した瞬間、画面に表示されたのは――
【魔力通信ON】
少年は目を丸くした。
「……まじで異世界仕様になってる!?」
ひまわり市はゆっくり、しかし確実に普通の町ではなくなりつつあった。
■会議室・夕方
町長、課長、美月、そしてアスレリア王国の使者レフィアがテーブルを囲む。
「つまり、我々の温泉は異世界でも人気が出そうということですね」
市長の声は誇らしげで、どこか浮かれているようだった。
美月と勇輝は「まだ喜ぶには早い」と顔に書いていた。
レフィアが静かに補足する。
「“温泉”という概念は、王国では貴族しか知らぬ。だが……民の癒やしになる。」
美月が手帳を開き、すぐに動く。
「じゃあ、観光パンフレットを異世界語に翻訳して――」
「翻訳担当は私が引き受けよう。ただし報酬は“味噌まんじゅう”で。」
「いい取引ですね!」
市長がにっこりと笑う。
加奈が感心し、勇輝は心で叫ぶ。
(こんな感覚で外交進んで大丈夫か?)
しかし、そこへ電話が鳴り響いた(なぜか通じる)。
「はい、異世界経済部――え? ドラゴンさんが“入湯税が高い”と苦情を!?」
「……勇輝さん、入湯税っていくらにしたんですか?」
「普通に百円……いや、一匹百円だ。」
加奈が叫ぶ。
「軽トラ一台分の宿泊代で百円の税金を怒る!?」
勇輝はぽつり。
「ドラゴン、意外と倹約家なのかも……」
■温泉前・交渉
ドラゴンが町長を前に、腕(というか翼)を組んでいた。
「我ら竜族は誇り高き存在。取られるのは構わんが、説明なしは気に食わん。」
市長は深く頭を下げ、ふっと微笑む。
「お詫びに、温泉卵食べ放題券を。」
「……そんなものがあるのか?」
「いま作りました。」
「気に入った! 次は友人を連れてこよう。」
「ありがとうございます、団体割引もございます。」
こうして、ドラゴン観光客は満足して飛び去った。
残された町民たちは口を揃えて言う。
「やっぱうちの町長、化け物だわ。」
美月がこっそり呟く。
「SNSの拡散より速い観光効果……。」
勇輝は遠い目で言う。
「いや、それ以前に管理体制整えよう……」
■夜
湯けむりの向こうで、星が揺れていた。
町の灯が静かに川面に滲む。
レフィアは空を見上げながら呟く。
「人間の町は……面白い。恐れよりも笑いで対応するなんて。」
美月と加奈が隣に並ぶ。
「私たち、もう“観光”で生きてきたからね。」
「どんなお客さんでも、歓迎するのが――うちらの町。」
風が吹き、湯気と夜気が混ざる。
そこに小さな覚悟が芽生えていた。
そして遠く、市長の声が届く。
「観光は、混乱から始まるんだ。」
勇輝と職員たちの心の声:
(それ違う。)
「こうして、“ドラゴン観光第一号”は無事に終了した。
そして――翌朝、ひまわり市はさらなる混乱に包まれる。
王国から“観光視察団”が到着する、という連絡が入ったのだ。」
次回予告
第3話「王女殿下、ふるさと納税に興味を持つ」
異世界からの“納税申請書”に、経済部パニック!?
「レフィアさん、それ寄付金じゃなくて“戦費”です!」




