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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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第1話「ようこそ、異界観光フェスへ!」

◆オープニングナレーション


 かつて、日本のとある山あいに「ひまわり市」という小さな町があった。

 人口は八千五百ほど。山の緑と、季節の花畑と、古くから湧く温泉。それに、ゆるキャラ「ひまリス」。観光ポスターに載せられる売りはだいたいこの四つで、町の人たちは「まあ、うちってそんなもんだよね」と笑い合いながら日々を回していた。


 けれど、笑いだけで町は続かない。

 少子高齢化、財政のきびしさ、観光客の減少。空き店舗のシャッターが増えるたび、誰かが「どうにかならんかねえ」とこぼす。

 それでも誰も、投げ出せなかった。ここが生活の場所で、家族の場所で、帰る場所だから。


 だからひまわり市は、毎年ひとつ、町おこしイベントを増やしてきた。

 派手に当てるというより、できることを積み重ねる。実行委員会と自治会と商工会と観光課が、何度も会議して、何度も予算の線を引き直して、ギリギリで形にしてきた。


 そして今年の夏。

 ひまわり市は、いつもの延長線みたいな顔をして、いつもより一段、背伸びをした。


 「異世界観光協定」


 その言葉が、役所の文書に載った瞬間から、町の運命は、少しだけ傾き始めたのかもしれない。


◆朝・ひまわり市中央公園


 雲ひとつない夏空の下、ひまわり市中央公園は、黄色い花の波と、人の波で揺れていた。

 露店の鉄板から立ちのぼる焼きそばの香りが、甘いトウモロコシの匂いと混ざって、通り抜けるだけでお腹が空いてくる。太鼓のリズムが、駅前商店街のスピーカーから流れるポップスとぶつかって、どこかちぐはぐなのに、それが祭りらしさになっていた。


 公園の端には、観光課が設置したカウンター。来場者カウントのボード、迷子札、パンフレット、スポンサーののぼり。そこに、汗をかきながら走ってきた若い職員がいた。


「主任、速報です! 来場者数、三千二百人、突破しました!」


 書類を抱えて駆け寄ってくるその職員は、美月。観光課に配属されてまだ日は浅いが、イベントの日だけは誰よりも動く。

 彼女が差し出した紙には、手書きの数字と、たぶん勢いで描いた小さなひまわりのマークが並んでいた。


「おお、目標は達成だな。よく回ってる。……で、去年のテーマって何だったっけ。報告書に書くから、正確に頼む」


 観光課の主任、勇輝は、うっすら笑ってメモを確認した。

 笑っているけれど、目は真面目だ。イベントの成功は嬉しい。しかし、成功のあとに必ず来るのが「反省会」と「会計処理」であることを、役所の人間は知っている。


「えっと、去年は……『第七回・妖精サミット in ひまわり』です」


「文字にすると、やっぱり勢いがすごいな」


 横から、小さな笑い声がした。

 喫茶ひまわりの看板娘、加奈。幼馴染として、そして今日に限っては臨時の差し入れ要員として、観光課チームのそばにいる。彼女の手には、アイスコーヒーの紙コップと、タオルと、いつもの落ち着き。


「去年は、うちの常連さんすら首かしげてたよ。『妖精って何?』って。説明しようとすると、こっちもふわっとしてくるんだよね」


「ひまわり市に住んでる時点で、ふわっとしたものに強くなる宿命だろ。温泉とひまリスと、謎の協定で食っていく町なんだから」


「自虐が早いよ。まだ本番始まったばっかりだよ」


 加奈が苦笑して、紙コップを差し出す。

 勇輝は礼を言って受け取り、喉を潤しながら、公園全体を見渡した。


 観光客は、例年より多い。地元の家族も多い。駅からのシャトルバスも、予定より一便増やして回している。ボランティアの高校生が、案内板の前で「こっちでーす」と声を出し、警備員が日陰の位置をずらしながら誘導している。

 今日だけは、町が「元気です」と胸を張っているみたいだった。


 その中心に、特設ステージがある。

 ステージの上には、市長。背筋がまっすぐで、いつもより少しだけ真面目な顔をしていた。手には、魔法陣みたいな模様が印刷された大きな書類。もちろん、役所が本当に魔法陣を刷るはずがないのだが、デザインがそう見えるのが怖い。


「本日は、『異世界観光協定』の締結式にお集まりいただき、ありがとうございます!」


 市長の声がマイクに乗り、スピーカーから広がった。

 途端に、マイクがハウリングして「ビィーッ」と鳴る。観客のあちこちから「おっ」と声が上がり、次いで笑いが漏れた。スタッフが慌ててボリュームを下げる。


「町おこしイベント、とうとう異世界に手を出したぞ」

「次は、転移しましたってオチだろ? ほら、雲が…」


 冗談交じりの声が、空気の中に漂った。

 その直後だった。


 ドォンッ、と。

 花火の破裂音でも、雷でもない。

 空そのものが、厚い布を裂かれるような音を立てた。


「え、花火?」

「いや、雲が……縦に割れてる!?」


 見上げた空に、一本の亀裂が走っていた。

 白い光が、そこから溢れてくる。まぶしいのに、熱くない。怖いのに、きれいだ。

 地面が、ふわりと持ち上がったような感覚が足元から来る。浮遊感が、背骨のあたりをすっと撫でた。


 勇輝は反射で、市長の方向を見る。

 市長も、ステージの上で一瞬だけ目を細めた。驚きはある。でも、叫んでいない。


「……え、これ、演出?」


 美月が書類を抱えたまま固まる。加奈はスマホを取り出し、すぐに圏外表示を確認した。


「圏外だね。基地局、落ちた? それとも……」


「それ、今言う?」


 勇輝が言い返した瞬間、光が視界を飲み込み、音が遠のいた。

 自分の心臓の鼓動だけが大きく聞こえて、次の瞬間、世界が静かに着地した。


 どれほど時間が経ったのか分からない。

 数秒かもしれないし、数分かもしれない。


 目を開けると、見慣れたひまわり市がそこにあった。

 中央公園、露店、ステージ、人々。全部ある。

 けれど、決定的に違うことが、いくつもあった。


 空の色が、金色に近い。

 青というより、淡い蜜みたいな色で、光が柔らかいのに強い。

 遠くの山並みが、少しだけ形を変えて見える。見覚えのない尖った峰が一本、増えている気がした。


「……加工しすぎのインスタみたい」


 美月がぽつりとこぼす。その言い方があまりに現代的で、逆に現実味が増した。


「ドローン演出じゃないよな……。空の割れ方が、ドローンに優しくない」


 勇輝は額を押さえながら、ゆっくり息を吐いた。

 祭りのざわめきはまだある。だが、笑い声が減っている。人々が空を見上げ、スマホを掲げ、つながらない画面に眉をひそめている。


 遠くで、聞き慣れない鳥の声がした。

 澄んだ高音で、ひまわり市の裏山にはいない種類だ。


「つまり……現実的に考えると、場所ごと動いた可能性が高いよね」


 加奈が、圏外のスマホをポケットにしまい、目の前の景色を見たまま言った。

 冷静だ。冷静すぎて、勇輝は一瞬だけ、その冷静さにすがりたくなる。


「今、『場所ごと動いた』って、さらっと言った?」


「うん。でも、どっちにしろ確認が必要。まずは被害確認と連絡網の立ち上げ。市長も、たぶん同じこと考えてる」


 視線の先で、市長がマイクを握り直していた。

 観客の不安が目に見えて膨らみはじめる、その前に、声を出す準備をしている。


「みなさん、落ち着いてください!」


 市長の声が広場に響く。

 奇妙なことに、その一言で、空気が少し整う。町の人たちは、市長が何を言うかを待つ。いつもの訓練のときと同じだ。


「今、空に異常がありました。花火ではありません。演出でもありません」


 正直に言う。

 それだけで、ざわめきが一段増える。だが、市長は続けた。


「まずは安全確認を優先します。会場スタッフは誘導に入ってください。ご家族連れは、迷子にならないよう手をつないで、落ち着いて出口へ。露店の方は火気を止めてください」


 言葉が具体的だ。だから人が動ける。

 勇輝はその瞬間、役所のトップはこういうときに強いのだと、改めて思った。


 美月が、泣きそうな顔をしながらもタブレットを握り直す。


「主任……今、何すれば……」


「観光課は、会場の安全誘導と、来場者の数の把握。怪我人が出たら保健師と連携。あと、露店の連絡網を回して、火を止めてもらう。加奈、喫茶の方も、火元だけ確認してくれる?」


「任せて。店は今日休みにしてるけど、機械の電源は落としておく」


 加奈がうなずき、走り出す。こういうとき、地元の人間の動きは速い。


 勇輝は、ステージ袖に回り、市長と目を合わせた。

 市長が小さく頷く。言葉はいらない。「役所に戻るぞ」と顔が言っている。


◆午前・臨時災害対策本部


 ひまわり市役所は、イベントの延長の顔をあっという間に捨てた。

 玄関に張り出された「臨時閉庁」の紙。ロビーの机を寄せて作る簡易カウンター。庁内放送で流れる、落ち着いた声。

 電話もネットも、頼りにならない。だからこそ、紙と足と声が戻ってくる。


 市長は一階の大会議室を使うよう指示し、各課の連絡担当が集まった。

 災害対策本部。文字にすると大げさに見えるが、町が不安になるときに必要なのは「誰が責任を持つか」を見せることだ。


「現状整理します。まず、通信が途絶。市外との連絡が取れません。次に、地形の変化報告が二件。町外れの川沿いと、北側の林道です」


 防災担当が報告し、紙地図に赤い印をつける。

 勇輝は机の上の資料を整えながら、頭を回した。

 観光課の主任である自分が、ここにいる理由は明確だ。異世界観光協定という看板を掲げた日に起きた異常。観光という言葉が、町の危機と同時に立ち上がってしまった。


「……つまり、転移した可能性が高い。いや、可能性というより、現状はそれで動いた方が合理的か」


 勇輝が言うと、会議室の空気が一瞬固まる。

 誰かが否定してくれるなら、その方が楽だ。でも、否定できる材料がない。


 加奈は、喫茶から戻ってきて、濡れたタオルで額の汗を拭きながら座っていた。

 美月は広報課と兼務のように動きながら、紙のメモに状況を書き留めている。タブレットはただの板になったが、メモは裏切らない。


「市長、町民にはどう伝えます?」


 誰かが尋ねる。

 市長は腕を組み、机の上の地図を見下ろした。考える表情は真剣だ。しかし、迷いが長引く感じはしない。


「事実だけを言う。通信がない。地形が変わっている。外部支援要請ができない。だから町内でまず安全確保をする。それと……」


 市長は顔を上げ、集まった職員全員を見渡した。


「怖がらせたくはない。でも、隠せば不信になる。だから、もう一つ。現時点で『異界』という可能性を排除できないことも伝える」


 会議室の端で、誰かが小さく息をのむ。

 しかし、市長は続けた。


「ただし、結論は急がない。結論を急ぐと、間違えたときに町が折れる。まず、できることをする。水道、電気、食料、医療、治安。それは異界でも日本でも同じだ」


 役所の言葉だ。

 背伸びしない。けれど、逃げない。


 そのとき、勇輝の脳裏に、さっき市長がステージで言った言葉がよみがえった。

 具体的だから、人は動ける。

 つまり今も、町に必要なのは「動ける言葉」だ。


「なら、広報の一報は僕が草案作ります。短く。『まず安全確認』『連絡は庁舎へ』『デマ注意』。美月、紙の掲示と回覧に回せる?」


「できます。プリンタ生きてます。回覧板ルート、自治会長さんに頼みます」


 美月の返事が早い。

 加奈がそこに、一言だけ足した。


「怖いって言葉を増やすより、今できることを並べる方が落ち着くよ。『水は出ます』『店は開けます』『困ったらここ』。それがあると、人は呼吸が戻る」


 勇輝は頷いた。

 そして、市長に視線を向けた。


「市長。『異世界観光』の話、今この場で出します?」


 市長は一瞬だけ間を置いた。

 誰もが、次の言葉を待つ。

 市長は、深く息を吸ってから、あっさり言った。


「出す。ただし、軽くは言わない。観光って言葉は、生活を守ったあとに使う。それでも……我々の町の強みは、恐怖だけで固まらずに、次の手を考えられることだ」


 それから、市長は、少しだけ口角を上げる。

 ふざけた笑みではない。腹を決めた人の表情だ。


「……だから、言うぞ。『異界対応』を始める。町として」


 美月が、思わず声を上げた。


「発想がポジティブすぎます! でも……でも、決めないと動けないのは分かります!」


「分かってるなら、今は動け」


 市長は言い、すぐに視線を戻した。


「各課、持ち場へ。異世界経済部は、外部との接触窓口も想定して動く。観光課は、人流と避難誘導。生活環境課は水とごみ。医療は保健所と連携。警察は……ええと、ここでは自前だな。消防団も動かす」


 役所の仕事が、ひとつずつ、現実に降りてくる。

 勇輝は、資料を胸に抱え直した。

 胸の奥に、現実の重さがある。けれど同時に、仕事の形が見えると、足は動く。


◆夕暮れ・町外れの橋


 日が傾くころ、町外れの川沿いは、金色の霧で満ちていた。

 霧は濃いのに、視界を奪わない。不思議な透明感があり、光を含んで、ゆっくり揺れている。

 川の流れの音は同じ。橋の欄干も同じ。けれど、空気の匂いが違う。湿り気の奥に、花の蜜みたいな甘さが混ざっている。


「……きれい」


 加奈が小さく言った。

 その言葉に、勇輝は一度だけ頷き返す。

 きれいだ。だから怖い。知らないものは、どこまでもきれいに見えることがある。


 橋のたもとで、現地確認班が待機していた。

 防災担当、警備担当、そして異世界経済部の勇輝。

 美月は広報の記録として同行し、タブレットの代わりに小さなノートを持っている。


「主任、これ……この霧、地図にないですよね?」


「ない。だから、まずは近づきすぎない。触らない。写真だけは撮って、後で共有する」


 言いながら、勇輝は自分でも「写真」が無駄になるかもしれないと理解していた。ネットがない。けれど、記録は残る。記録があれば、後で説明できる。説明できれば、町が持ちこたえる。


 霧の向こうから、ふわりと人影が現れた。

 歩くというより、空気に押されて前に出てくるみたいな動き。

 銀髪、淡い緑の瞳、耳が人間より少し長い。衣装は旅装束に近いが、布の織りが細かく、どこか儀礼の匂いがする。


 彼女は橋の上で立ち止まり、ひまわり市側を見渡した。

 人々の視線が集まる。その視線の重さに、彼女は怯えるより先に、観察する目を向けた。


「ここが……『ヒマワリ』の門か。聖なる香りがする」


 言葉は日本語ではないはずなのに、耳に入ってくる。意味が、頭の中で自然にほどける感覚。

 勇輝は、その瞬間に確信した。これは、異常の種類が違う。


「……あの、失礼します」


 勇輝は、声の大きさを控えめにして言った。

 相手が警戒しない距離感。役所の窓口で培った、相手の呼吸に合わせる話し方。


「観光……というか、こちらはひまわり市です。お客様、でしょうか」


 銀髪の女性は、ゆっくり視線を向けた。

 驚きと警戒が半分ずつ。けれど、敵意はない。


「私はアスレリア王国の外交官、レフィア・ルーミエル。あなたたちは、どの国の民だ?」


 質問が、いきなり「国」だ。

 勇輝は一拍置いて、正直に返した。


「国ではなく、市です。ひまわり市役所の職員です。僕は観光課の主任で、状況確認に来ています」


「役所……? 国ではないのか」


 レフィアの眉がわずかに動く。

 その反応は「信じられない」というより、「制度が違う」と受け止めているものだった。外交官らしい冷静さだ。


 そこへ、背後から足音。

 市長が、少し遅れて到着した。しかも、スーツの上着を脱いで腕にかけている。暑いのに、汗を見せないようにする仕草が、妙に堂々としている。


「ようこそ、ひまわり市へ」


 市長は、橋の手前で立ち止まり、軽く会釈した。

 礼儀としての距離。近づきすぎない。けれど逃げない。


「こちらは市長です」


 勇輝が紹介すると、市長は続けた。


「おたずねの件だが、我々は国ではない。町だ。だが、町として行政機能は持っている。あなたは外交官とのことだが、目的は何だ?」


 レフィアは、市長の言葉を聞き、少しだけ肩の力を抜いた。

 話が通じると判断したらしい。


「門が開き、香りが流れた。調査のために来た。……正直に言えば、あなたたちが危険な存在なら、戻って報告せねばならない」


「危険かどうかは、今のところこちらも同じ心配をしている」


 市長が言う。

 そこで加奈が、勇輝の横から一歩だけ前に出た。


「私は喫茶ひまわりの加奈です。観光のお客さまが来るなら、歓迎したい。でも、いきなり戦いにはしたくないから、まずは話をさせて」


 レフィアは、加奈を見て、わずかに口元を緩めた。


「恐怖より好奇心が勝っているのね、あなたたち」


 美月が、後ろで小声で言う。


「主任、今の台詞、映える……」


「映えを拾うな。記録はあとだ」


 勇輝は注意しつつも、心の中では同じことを思っていた。

 この人は、町を壊しに来たのではない。少なくとも、この瞬間は。


 市長が、言葉を選びながら続けた。


「我々は、今日、イベントをしていた。『異世界観光協定』という名でな。正直に言うと、半分は町おこし、半分は夢だった。しかし、夢が現実に転がり込んだ以上、町として責任を持って対応する」


「……観光協定?」


 レフィアが首を傾げる。外交官らしくも、人間らしくもある仕草。


「観光立市ですから」


 加奈が胸を張る。

 その言い方に、勇輝は思わず苦笑した。笑っている場合ではないのに、笑いが出る。生活の言葉は、こういうときに強い。


「観光立市。町が“客”を迎えることで立つ……なるほど。だが、門は安易に開いてよいものではない。国同士でも摩擦が起きる」


「国同士で起きるなら、町同士ならなおさら丁寧にやる」


 市長がきっぱり言う。

 きっぱりだけど、押しつけではない。「丁寧にやる」と言った。それが大きい。


「レフィアさん。こちらは今、通信もなく、外との連絡が取れない。あなたの国と連絡が取れるなら、まずはその手段を教えてほしい。こちらも、町の状況を正確に伝える」


 勇輝がそう言うと、レフィアは少し考え、頷いた。


「私の持つ伝令術は、門の安定が必要だ。今は薄い。だが……あなたたちの町が門の中心にあるなら、整えれば通る可能性はある」


「整える?」


「魔力の流れを読む者が必要だ。あなたたちに、その役目はいる?」


 勇輝は、加奈と美月を見た。

 いない。少なくとも、人間側には。

 しかし、市長はすぐに答えた。


「いない。だから探す。町の中に、異界に詳しい者がいれば招く。あなたの協力も欲しい」


 レフィアは、視線を遠くに向け、霧の向こうの空を見上げた。


「……分かった。まずは無用な衝突を避ける。私は正式な交渉の場を求める。あなたたちの“市役所”とやらで、話をしよう」


「市役所は、いつでも会議室を空けるのが得意です」


 美月がつい口を挟み、すぐに口を押さえた。

 勇輝は軽く咳払いして、場を整える。


「では、案内します。安全確認も含めて、町のルールを簡単にお伝えします。こちらも、不安が広がると困るので」


 レフィアは頷き、橋を渡り始めた。

 その足取りは、慎重だ。けれど、迷いではない。

 勇輝は背中を見ながら、ひまわり市が今、歴史の入口に立っているのを感じた。


◆夜・公民館前


 夜。

 公民館前の広場には、焚き火がいくつも並んでいた。

 停電ではない。電気は生きている。けれど、人は不安になると火を囲みたくなる。昔からそうだ。


 町民たちは、異世界転移という言葉に怯えながらも、妙に落ち着いた雑談をしていた。

 怖い話だけを続けると眠れない。眠れないと明日が回らない。だから、生活の話を混ぜる。


「ドラゴンのお客さんが来たら、温泉の入湯どうする?」

「でかすぎて湯船に入らんだろ」

「でも金貨で払うなら、大歓迎だよな」

「金貨は会計が困る。両替所つくるか?」


 笑いが起きる。

 笑いながらも、真剣に考えている。その両方が、この町の強さだ。


 美月は、焚き火の近くでノートを開き、今日の出来事を箇条書きにしていた。

 顔には疲れがある。だが、目が仕事の目だ。


「主任、SNSは止まってるけど、動画だけは撮っときました。高校生たちが。今どき、オフラインでも撮るんですね」


「撮るだろ。後で共有できるように、データだけは確保しとく。加奈、喫茶のWi-Fiルーターとか、今は役に立たないけど、機材は大事にしといて」


「うん。あと、明日からは店、臨時で簡易カフェみたいにするよ。避難所みたいなもので、落ち着く場所が必要になる」


 加奈の言葉に、勇輝は頷いた。

 行政だけで町は守れない。店も、家庭も、自治会も、全部が支えになる。


 少し離れたところで、市長が町民の輪に混ざっていた。

 椅子に座って、同じ火を見ている。

 トップが同じ目線で火を見ているだけで、町の空気は落ち着く。そういうものだ。


 空を見上げると、金色の月が浮かんでいた。

 ゆっくりと流れる雲。尾を引く流星。

 街灯の光は、いつもより淡く揺れて見える。電気の揺らぎなのか、それとも、空気そのものが変わったのか。


 勇輝は、焚き火の音を聞きながら、心の中で言葉を整えた。

 明日から、役所は「異界対応」を正式に始める。

 観光という言葉を軽々しく使わずに、しかし、町が折れないように前を見る。

 そのための言葉を、毎日選び直す。


◆ナレーション


 こうして、ひまわり市の「異界観光フェスティバル」は、世界初の“リアル異世界交流事業”として、静かに始まった。

 観光客がエルフでも、竜でも、妖精でも。

 歓迎するのは簡単じゃない。けれど、迎えることで町が立ち上がるなら、ひまわり市はその手を伸ばす。


 異界に浮かぶ町、ひまわり市。

 地方再生課、ただいま異世界対応中。


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― 新着の感想 ―
町おこし×ファンタジーとか、金貨対策を前向きにとらえるとか……(いい意味で)無茶苦茶な役所さんで、大好きです。 商工会さんを巻き込んでいるあたりも、しっかりしてますし。
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