第14話「空の許可証とドラゴン観光課」
■ひまわり市役所・異世界経済部
朝の庁舎は、まだ書類の匂いが残る静けさに包まれていた。
出勤したばかりの美月が、コーヒーを置いて椅子に腰を下ろそうとした瞬間――
――ドガァァン!!
爆発のような衝撃が窓ガラスを震わせた。
ほぼ同時に、美月と加奈が跳ね上がる。
「ちょっ、ちょっと!? 朝からド直撃!?」
加奈が窓の外を指さす。
駐車場のアスファルトが盛大に陥没し、そこに――
巨大な紅蓮のドラゴンが着陸していた。
翼がゆっくりたたまれる度に、熱風が建物を撫でる。
職員はみな、会議室へ逃げ込むように散っていく。
勇輝は額を押さえ、苦い声を漏らした。
「……あのドラゴン、どこかで見たような……」
背後で市長が、涼しい顔でバインダーをめくる。
「うちの“観光大使”ですよ。昨日、予約入ってたでしょ?」
「予約!? あれ観光ってレベルじゃねぇ!」
美月が思わず机に突っ伏す。
「(観光大使って……予算どうなってるんですか、市長……)」
■庁舎前
駐車場に降り立った紅竜は、
朝日を反射しながら静かに翼をたたんだ。
その仕草は大陸を統べる王のようにも見えるし、
温泉宿に来た大物客のようにも見えた。
竜はゆっくりと顔を上げ、職員たちへ威厳たっぷりに頭を下げた。
「我、竜族観光組合よりの使いなり。
――飛行許可証の件で、申請に参った。」
勇輝が素で固まる。
「……えっ、ドラゴンも“航空法”に従うの!?」
市長は胸を張って答える。
「そりゃそうよ。異界だろうが市の空域は“飛行制限区域”だ!」
加奈は震える声で小さく美月に耳打ちした。
「(市長、まさかドラゴンに行政指導する気……!?)」
美月は青ざめた顔で頷く。
「(うち、絶対ニュースになる……)」
■昼・会議室
ホワイトボードに大きく書かれた文字が目に飛び込んできた。
【議題】空飛ぶ観光客への航空申請制度の整備
机の上には、見事に積み上げられた書類の山。
今日もひまわり市役所は平常運転だった。
勇輝、加奈、市長、紅竜、そして交通安全課のベテラン――滝本が席につく。
滝本は昔、陸運支局に勤めていた“縦割り行政の生き字引”のような男である。
書類をめくった滝本の眉間が、一瞬で深くなる。
「この“ドラゴン飛行申請書”……機体番号欄が空欄ですね。」
紅竜は誇らしげに胸を張った。
「我らに“機体”はない。我らは生まれながらにして空を行く者。」
「じゃあ“生年月日”は?」
「千五百年前の春頃であったか。」
滝本は書類を持つ手を震わせながら、勇輝に小声で囁く。
「(記録簿に書けるかそんなもん……)」
市長は明るい声でそれを吹き飛ばした。
「滝本さん、柔軟に! 時代はマルチスペシーズ共生です!」
美月は必死でメモを取りながら、
「(広報記事……“ドラゴンも市役所で申請!”……いややばい……)」
と悩み始めていた。
■午後・庁舎屋上(テスト飛行)
青空の下、市役所の屋上は臨時管制塔と化していた。
無線機、魔力端末、双眼鏡。
職員全員が“空の行政”へ踏み出した初日である。
空を裂き、紅竜が美しい弧を描いて飛ぶ。
その翼の影が市庁舎を通り過ぎるたび、地面に風紋が揺れた。
加奈が端末を確認しながら報告する。
「速度……時速120キロ! 飛行高度500メートル! 問題なし!」
勇輝が胸をなで下ろす。
「無線連絡も取れてるし、意外とスムーズだな!」
空から重厚な声が響く。
『ひまわり市の空、清し。風、甘く、人の気配に温もりあり。』
市長は目を潤ませ、まるで自慢の息子を見ているかのように言った。
「詩的ねぇ……あの子、本当に観光向きだわ!」
美月は写真を連写しながら叫ぶ。
「これ……PR動画の素材に最高です!!」
勇輝がすかさず突っ込む。
「美月、仕事早いな!」
■夕方・役所前
無事にテスト飛行を終えた紅竜が着陸すると、
集まった職員たちから自然と拍手が湧いた。
滝本が厳めしい顔のまま、しかし誇らしげに証書を掲げる。
「これで“ドラゴン観光飛行許可証”正式発行です。
ただし――飛行ルート外れたら罰金5万円。」
竜は静かな満足の息を漏らした。
「心得た。……そなたらの“ルール”は、誇りある翼に似ている。」
加奈が微笑む。
「守るためのルールって、飛ぶための力なんだね。」
勇輝もうなずいた。
「……悪くないな。」
■夜・展望台
市の夜景を見下ろす高台。
風が静かに流れ、街灯が川のように光っていた。
紅竜はその中に佇み、まるで古い友と語るように勇輝へ言った。
「この空に灯る光――かつての我らの時代にはなかった。
人の作るものもまた、美しい。」
「町おこしって、そういうもんですよ。
“人と異種族が同じ空を見る”。それだけで十分。」
竜の目に、穏やかな光が宿る。
「――では、次は“空の観光祭”を開こう。
共に飛ぼう、人の勇輝よ。」
「空の観光祭!? ……市長、また予算が飛ぶ!」
はるか下から、市長の声が気持ちよく返ってきた。
「飛ばすよ勇輝くん! 空に、夢を!」
次の瞬間、夜空に一発の花火が上がった。
紅竜の翼がそれをくぐり抜け、ひまわり色の尾を引く。
小さな町と大きな空が、ひとつの光でつながった瞬間だった。
『異界に浮かぶ町、ひまわり市』
― 第14話「空の許可証とドラゴン観光課」END ―
次回予告
第15話「異界温泉と湯けむり協定」
エルフ旅団が殺到し、温泉では“湯の花”争奪戦!?
さらに突然、温泉神が町役所に降臨して激怒――!?
「資源管理と神様対応って、どこの部署の仕事ですかああ!!?」
――ひまわり市、ついに“温泉行政編”へ突入!




