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異界に浮かぶ町、ひまわり市 ー転移した山奥のまち、異世界対応中!ー  作者: ひまわり あおい


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13/1985

第13話「異界通貨と、税金バトル!?」

◆朝 ひまわり市役所 異世界経済部


 朝の光が、ブラインドの隙間から机に斜めの線を落とす。いつもの市役所なら、そこに並ぶのは書類の束とスタンプ台と、昨日の会議で書き損ねた付箋くらいだ。

 なのに今朝の異世界経済部は、机の上が違う意味で“ぎっしり”だった。


 金貨。銀貨。銅貨。どれも刻印が細かくて、眺めているだけで目が疲れる。宝石が入った小袋まで混じっているのに、誰も「わあ」と素直に喜べないのが悲しい。

 その上、机の端に、ぷるん、と小さく揺れる透明な塊がある。スライムが通貨に形を変えたという“液体信用貨”。つややかで、見た目だけならゼリー菓子にしか見えない。


「えっと……これ、全部、昨日の分です」


 加奈が書類をめくりながら言った。声は落ち着いているのに、目だけが「朝から大仕事」を知っている。


「昨日の分、って何の分」

 勇輝は椅子の背に指をかけたまま、机の上の光沢を眺めた。

「まさか、落とし物?」


「落とし物というより、置いていったもの、ですね。温泉街の売店と、異界市場と、あと市役所ロビーの募金箱の……“ついで置き”」


 加奈が言い方を選びながら答える。

 募金箱に金貨を入れる、という行為の文化差を思うと、笑っていいのか迷う。だが迷っている間にも、机の上は増える。


「観光客が“お釣りはいらない、町の灯りに使え”って言って、こう……」

 加奈は手で小さく山を作る仕草をした。

「言われた瞬間は、ありがたい気持ちが先に来たんだけど。次の瞬間に、“これってどう扱うの?”って、頭が現実に戻ってきて」


 勇輝は頷いた。現実はいつも、礼儀正しく追いかけてくる。


「気持ちは嬉しい。でも、扱いを間違えると揉める。寄付なのか、売上なのか、チップなのか。いずれにせよ、記録が必要だな」


 机の端で、透明な塊がぷるん、と揺れた。

 美月が出勤してきた気配がして、すぐにそれに反応した。タブレットを抱えたまま、目が輝いている。


「主任、これ! これが噂の液体信用貨ですか? すごい、光の反射が……写真映えが……!」

 言いながら、手がすでに伸びかけている。


「触らないほうがいい」

 勇輝は声を荒げず、でも間違いなく止めた。

「それ、温度で性質が変わるって聞いた。今ここが涼しいから形を保ってるだけの可能性がある」


「え、じゃあ、あったかい手で触ったら……」


「……溶けるか、増えるか、匂いが出るか。どれでも困る」


 美月は両手を自分の胸の前に引っ込めて、悔しそうに唇を尖らせる。


「増えるって何ですか。通貨が勝手に増えたら、それはそれで……経済的に事件ですよ」

「事件にしない。まずは“動かさない”」

「はい……。でも、写真だけは撮っていいですか」

「撮るなら、距離を取って。あと、背景に個人情報が写らないように」


 会話が完全に“広報と行政の夫婦漫才”になりかけたところで、ドアが開いた。


「おはよう。朝からいい顔してるね、みんな」


 軽やかな声。エルフ商人のマルコだ。異界市場で顔が利く、こちら側の“事情通”でもある。

 彼は机の上の貨幣を見て、目を細めた。嫌味ではない。目利きの目だ。


「へえ、帝国金が混じってる。連合銀もある。これは山岳商隊の銅貨だな。……で、これはスライム種族用の液体信用貨。ちゃんと純度が高い」


「純度って言葉、ゼリーに使うんだ」

 美月が小声で言うと、マルコは肩をすくめた。


「通貨はどこでも“信用の結晶”だからね。形が固体でも液体でも、本質は同じさ。問題は、君たちの世界の“税”がどう追いつくか、だろ?」


 その「だろ?」に、部屋の空気がすこしだけ固まる。

 市長がちょうど入ってきて、その空気を見て目を瞬かせた。


「……おや。朝から金属光沢が強いな。今日、宝飾展示会だったか?」

「市長、展示会じゃないです。現金です」

「現金……? いや、現金って言うには生々しい量だぞ」


 市長は机に近づき、慎重に一枚の金貨を指先でつまんだ。扱いが、妙に丁寧だ。

 昨日の夜、温泉街で聞いた「お釣りは町に」という言葉を、たぶん覚えている。


「これが“町の灯り”の材料か。ありがたい。ありがたいが……」


 市長が視線を上げる。

 その先にあるのは、勇輝と加奈と美月の顔。つまり、答えは分かっているという顔だ。


「……どう帳簿に載せる?」


「そこです」

 勇輝が頷く。

「今日は“通貨”と“税”を、ちゃんと町の形に落とします。落とせないと、次は混乱になります」


 加奈がそっと付け足す。


「混乱っていうか、昨日から問い合わせが増えてます。『金貨で払ったけど領収書は?』とか、『ゼリーで支払ったら釣りはゼリー?』とか」


「釣りがゼリーは、現場の想像が追いつかないな」

 市長が真面目に言ってしまい、美月が吹き出しそうになって堪えた。


「追いつかせましょう」

 勇輝は椅子から立ち上がり、机の上の通貨の山を見渡す。

「まずは分類。次に換算。最後に税の扱い。順番を間違えると、どこかで破綻します」


◆午前 臨時ミーティング 財務・税務と合同


 会議室のホワイトボードには、でかく「異界通貨・税務対応」と書かれた。

 その下に、加奈が丁寧な字で「今日決めること」を並べる。


 1 通貨区分(何が通貨で、何が寄付で、何がチップか)

 2 換算方法(レート、更新頻度、端数処理)

 3 税目(消費税相当、入湯税、出店料、手数料)

 4 領収書と帳簿(通貨表記、円換算、保管)

 5 住民向け説明(短い言葉、Q&A)


 机の端にはリエン監査官の端末も置かれ、転移省の規定も参照できるようになっている。町が異界にある以上、ルールは一つではない。だから、ひまわり市は自分たちの足場を作る必要がある。


 そこへ、見慣れないスーツ姿の男性が入ってきた。年齢は四十代半ばくらい。眼鏡の奥の目が涼しく、動きが無駄なく、名刺の出し方も“慣れている”。


「財務省・異世界連絡室の高取です。転移省の要請で、当面こちらの会計整理を支援します」


 美月が思わず小声で勇輝に囁く。


「主任……財務省って、こっちにも来るんですね……」

「来る。というか、来てもらわないと困る」

「現実が強い」


 高取は机の上の通貨を一瞥し、声のトーンを変えずに言った。


「まず、金属含有量で円換算するのは危険です。異界通貨は“素材価値”のほかに、“魔力価値”と“信用価値”が混じっています。換算が揺れると、不信が増えます。税務は不信と相性が良くない」


 市長が苦笑する。


「不信と相性が良い、って言い方は嫌だが、当たっている。では、どうする」


 高取は淡々と資料を開いた。

 資料の見出しは、堅い。


 魔導為替レート暫定運用案(ひまわり市モデル)


「ここに“ひまわり方式”を提案します。第一段階は、簡単でいい。完璧を狙うより、事故らない形を優先する」


 勇輝が頷く。


「第一段階、という言い方は助かります。最初から完成形を目指すと、だいたい動かなくなる」


 高取は、ホワイトボードに線を引いた。

 縦に三つ。


「通貨を三層に分けます。

 A 生活通貨(店頭で流通するもの)

 B 資源通貨(魔石、宝石、素材として価値が変動するもの)

 C 儀礼通貨(寄付、謝礼、チップとして置かれるもの)」


 加奈がすぐ質問する。


「Cの儀礼通貨、って、つまり“お釣りいらない”とか“町に使って”のやつですよね。そこを通貨扱いすると、寄付金の制度とぶつかりそう」


「ぶつかります」

 高取ははっきり言った。

「だから、Cは“受領ルール”を先に決める。勝手に受け取らない。受け取るなら、寄付として扱う。寄付なら、寄付の証明を出す。証明を出せないなら、受付しない。これは冷たいようで、双方のためです」


 市長が腕を組み、うなずく。


「よし。寄付の証明を出すのは、市役所の得意分野だ。得意分野で守れるなら、守ろう」


 美月が手を挙げた。


「でも、市民と観光客に“受付しない”って伝えるの、言い方が難しいです。断られたって感じると、気持ちがしぼむ」


 加奈がすぐに言葉を添える。


「“受け取れない”じゃなくて、“ちゃんと受け取るために手続きが必要”って言い方にしよう。『町の灯りに使いたいなら、寄付として受付します』って」


 勇輝が頷く。


「同じ内容でも、伝え方で空気が変わる。ここは丁寧にやろう」


 高取が次の項目に移った。


「次にAとB。Aの生活通貨は、店頭で使う以上、固定の換算が必要です。Bの資源通貨は、流通させると投機が起きます。だから、Bは“両替所でのみ換算”。店頭決済に持ち込まない」


 マルコが、机の端でふっと笑う。


「なるほど。資源は市場で揺れる。揺れを店頭に持ち込むと、ケンカが増える。悪くない。……でも、うちの商人ギルドは反発するだろうね。『自由が減る』って」


「自由は、安心とセットじゃないと続かない」

 勇輝は静かに言った。

「自由に見えて、揉める自由なら、現場が疲れるだけになる」


 高取が頷き、レート運用の紙を見せる。


「ひまわり市の暫定案はこうです。

 毎日正午にレート更新。翌正午まで固定。

 端数は四捨五入。高額取引はレシートに換算レート印字。

 そして、液体信用貨はA枠に入れる。ただし、温度管理と“形状変化リスク”の注意書きを付ける」


 美月が目を細める。


「液体信用貨、注意書きだけで済みますか。写真映えが……」

「写真は後だ」

 勇輝がやんわり止めると、美月は「はい」と素直に頷いた。素直に頷くのが、彼女の良いところだ。


 市長が机を軽く叩いた。


「よし。大枠はこれでいく。次は税だ。税が一番揉める」


 高取が、そこで少しだけ声の温度を落とした。冷やすためではなく、落ち着かせるために。


「税は“取る話”に見えますが、本質は“維持のルール”です。外国の商人にも、異種族にも、同じ言葉で伝えられる形にする必要があります」


 リエンが端末を閉じ、短く言った。


「転移省の観測指定の条件にも、“自治運営が持続可能であること”が含まれる。税のルールは、町の存続理由になる」


 その言葉で、会議室の全員の背中が一段、揃った気がした。

 税は面倒くさい。だけど、町の骨格でもある。


◆昼 異界市場 商人ギルドの押しかけ


 正午前。異界市場の上空が一瞬だけ暗くなった。

 雲ではない。魔導の通路が開くときの、光の屈折だ。


 美月が空を見上げて、口の端を引いた。


「……嫌な予感しかしないですね」

「当たるな、そういう勘は」

 勇輝が言い終える前に、通路の向こうから隊列が降りてきた。


 オーク、獣人、エルフ、ドワーフ。商人ギルドの代表団だ。

 先頭のオークが、胸を張って吠えるように言った。


「聞いたぞ、人間の町! 勝手に“魔導課税”を始めたらしいな!」


 勇輝は拡声器を持っていない。だから、声を張らずに、でも通る声で返した。


「勝手には始めてません。今は“整備の相談”です。混乱が起きているから、整理している。あなたたちが損をしない形にするためでもある」


 オークは鼻息を鳴らす。


「損をしない? なら聞く。魔石取引も税の対象になるのか!」


 加奈が一歩前に出る。怖がらせない距離感で、手のひらを見せる。


「なる、場合があります。でも全部じゃない。店頭で使う通貨と、素材として扱う魔石は、ルールを分けます。だから今日は、ギルドにも参加してほしいんです」


 オークが首を傾げた。


「分ける? なぜ分ける。魔石は魔石だろう」


 そこへマルコが間に入った。

 彼は“ギルド側の言葉”で説明できる。


「店頭に揺れを持ち込むと揉める。揉めると客が減る。客が減ると、商人が困る。だから両替所で揺れを吸収する。税も同じで、揺れを吸収できる場所を作るんだ」


 オークは腕を組み、少し黙る。

 黙ったあとに出る言葉が、勝負だ。


「……で、“控除”とは何だ」


 加奈が、思わず顔をしかめかけたのを、勇輝が横目で見て止めた。

 ここで笑うと、火に油になる。笑いはタイミングが命だ。


「控除は、簡単に言うと“引く”じゃないです」

 勇輝が丁寧に言う。

「“守る”です。必要な取引や、生活に必要な分は、負担を軽くする。町を回すための仕組みです」


 オークは眉をひそめる。


「引かないのか。引かないなら、なぜ控除と呼ぶ」


 美月が横から小さく言う。


「主任、翻訳が難しいやつですね」

「分かってる」


 勇輝は一度息を吸い、別の言葉を探した。


「名前はあとで整えます。今は意味だけ。

 あなたたちが“生活に必要な取引を続けられるようにする仕組み”です。たとえば、町の水路を直す材料、薬、子どもの学用品。そういうものまで重くすると、誰も幸せにならない」


 オークが、ゆっくり頷いた。


「……生活、か。うちにもある。子どももいる。腹も減る。水もいる」


 その瞬間、周囲の空気が少しだけ変わった。

 「税が嫌だ」という感情の前に、「生活がある」という共通項が置かれたからだ。


 市長が一歩前に出て、いつもの“堅すぎない真面目さ”で言った。


「だから、ひまわり市は“取るための税”じゃなく、“続けるための税”にしたい。ルールを決めるとき、ギルドにも席を用意する。勝手に決めて押し付けるのは、やらない」


 ギルド側の獣人が目を細める。


「席を用意する、だと。人間の役所は、そんなことをするのか」


「します」

 市長は即答しない。

「正直に言うと、面倒です。でも面倒だからやる。面倒を先にやると、後が楽になる」


 ドワーフが低く笑った。


「役所の面倒ってのは、そういう面倒か。嫌いじゃねえ」

 リエンが「口調が荒くなると誤解が増える」と目で言ったので、ドワーフは咳払いで誤魔化した。


 そこで、別方向から小さな叫びが上がる。


「ゼリーで払ったら、お釣りはゼリーですか!」


 観光客の若い女性が、屋台の前で困っていた。

 屋台の店主も困っている。困り顔の連鎖は、放置するとすぐ大きくなる。


 勇輝はそちらへ歩き、距離を詰めすぎずに声をかけた。


「すみません。お釣りは円か、固定換算の銀貨で出します。ゼリーは“そのまま”でお願いします。扱いが難しいので、ゼリーでの支払いは、今日は両替所経由にしましょう」


 店主がほっと息を吐く。

 女性も頷いたが、まだ不安が残っている顔だ。


「でも、ゼリー、かわいいから……使いたいんです」

「使いたい気持ちは分かります。だから禁止にはしない。ただ、安全な手順を作ります。今日のところは、両替所で“ゼリー用の保冷ケース”を渡します。そこに入れて持ち歩いてください」


 美月がすぐにタブレットを叩いて言った。


「保冷ケース、写真映えしますね。『ゼリー通貨を守るケース』って、見出しが強い」

「見出しに“守る”を入れるなら、いい」

 勇輝が言うと、美月は嬉しそうに頷いた。


◆夕方 役所前 説明会と“見える形”


 夕方。役所前の広場に人が集まった。

 人間だけじゃない。獣人も、オークも、エルフもいる。ドラゴンの頭が遠くの上に見えているのは、たぶん今日も温泉街の“ご近所さん”として来ているからだ。


 プラカードが出ている。

 「税金やだー!」

 「魔導は無課税にしろ!」

 「ゼリーはおやつにしていい?」

 最後の一枚は、子どもの字だった。真面目に怒っている人の中に、こういう札が混ざると、場の空気が少しだけ柔らかくなる。


 勇輝は拡声器を握り、まず深呼吸した。

 声を大きくする前に、言葉を整える。場が荒れるかどうかは、最初の数行で決まる。


「集まってくれてありがとうございます。ひまわり市役所です。今日は“税金を増やす話”じゃありません。“町を続けるためのルール”の話です。みなさんに、勝手に決めて押し付けるためじゃない。困っているところを、整理するためです」


 ざわめきが少し落ち着く。

 市長が横に立ち、加奈が資料を配り、美月が配信のカメラを調整している。リエンと高取は少し後ろで見守り、必要なら補足する構えだ。


「まず、通貨の扱いを分けます」

 勇輝は指を三本立てる。

「生活で使う通貨。素材として扱う通貨。寄付として置かれる通貨。全部を同じ扱いにしません。混ぜると揉めるからです」


 加奈が、紙を掲げた。文字は大きく、図がついている。


「ここに“今日からのお願い”を書きました。

 店頭で使えるのは、円、固定換算の銀貨、そして両替所で認証した液体信用貨。

 宝石や魔石は、素材として両替所で換算。店頭での直接支払いは、いったん避けます。

 それから“お釣りいらない”は、寄付として受付します。受付したら証明書を出します。証明が出ない寄付は、受け取らない。気持ちを無駄にしないためにです」


 オークが腕を組んだまま、低い声で言った。


「証明書は、紙か。紙は信用か」


「信用です」

 勇輝は頷く。

「紙に書くのは、町が責任を持つ、という意味です。あなたたちの通貨も、ちゃんと責任の枠に入れる」


 そこで美月が、マイクを受け取った。彼女はここで、強い言葉を使わない。強さは、具体で作る。


「税の話、短くまとめます。

 税は、道路、街灯、下水、避難所、救急、そういう“みんなが使うもの”を維持するための費用です。異界の人も増えて、維持が難しくなってきた。だから、負担を公平にします。払う人だけ損をするのは、おかしいから」


 公平、という言葉が出た瞬間、ざわめきがまた少し落ちる。

 “自分だけ損をしたくない”という感情は、人間も異種族も同じだ。


 美月が続ける。


「でも税の言葉って、怖く見えやすい。だから今日は、見える形で説明します。加奈さん、点灯、お願いします」


 加奈がスイッチを押した。

 役所通りに並ぶ“魔力街灯”が、ぱっと灯る。昼間なのに、光が薄い筋を空へ伸ばしていく。魔導灯は太陽の光に負けない種類で、夜間の避難導線にも使える。昨日まで“観光の映え”として見られがちだった灯りが、今日は別の意味を帯びた。


「この灯りの維持費が、税で賄われます」

 美月の声が、少しだけ震えた。怖いからじゃない。真剣だからだ。

「街灯が消えると、夜の道が危ない。異界市場の導線も崩れる。迷子も増える。だから、灯りを消さないために、みんなで支える。税は、その支え方のルールです」


 静かになった。

 誰かがぽつりと言う。


「……きれいだな」

 それは観光客の声かもしれないし、商店街の人かもしれない。

 オークが、少しだけ目を細める。


「光は、力だ。力を維持するなら、対価がいる。それは分かる」


 ドワーフが頷く。


「うちの工房も、灯りがないと危ねえ。手元が見えねえと、怪我する。だから払う、って話なら筋は通る」


 加奈が、そこに言葉を添える。


「払う人が“損した気分”にならないようにします。

 だから、領収書も出します。換算レートも書きます。高額取引は、レシートにレートを印字します。曖昧にしない」


 勇輝が、最後にまとめる。


「税金は敵じゃない、なんて綺麗に言うつもりはありません。税は、好きになりにくい。だけど、町が続くために必要です。必要なものを、必要な形で、必要な範囲で集める。そのためのルールを、みんなで作ります」


 拍手は起きない。拍手を求める場じゃない。

 でも、騒ぎは収まり始めた。プラカードが少しずつ下がり、質問が具体になっていく。


「じゃあ、露店の出店料は?」

「税はいつ払う?」

「ゼリーは、保冷ケースで持ち歩ける?」

「寄付証明は何語で出る?」

「オーク語で“控除”は何て言う?」


 良い方向の混乱だ。怒りが質問に変わると、行政は動かせる。


◆夜 庁舎屋上 次の影


 夜。庁舎屋上に上がると、魔力街灯の光が町をふんわりと包んでいた。

 灯りがあるだけで、人の動きが落ち着く。ひまわり市はそれを今日、もう一度思い出した。


 高取が書類の束を抱えたまま、風に当たりながら言った。


「今日の対応は、初動としては上出来です。通貨と税の話は、最初に転ぶと取り返しがつきません。あなた方は転ばなかった」


 勇輝は肩をすくめる。


「転ばなかった、って評価がありがたい日が来るとは思いませんでした。普通なら“当たり前”のはずなんですけどね」


「当たり前は、手間で作るものです」

 高取は淡々としたまま、少しだけ表情を和らげた。

「ただし、次が来ます。通貨が流通すると、必ず“偽造”が現れる。異界通貨は素材も魔力も複雑なので、偽造の手口が読みにくい。覚悟しておいてください」


 勇輝は頷いた。

 恐怖ではない。責任の顔で。


「偽造対策班、作ります。ドワーフ工房と連携して、印章とホログラムと、液体信用貨の認証も入れる。町の規模でできる範囲から」


 リエンが端末を閉じ、短く言う。


「転移省としても、偽造は見過ごせない。自治運営の信頼を揺らす。協力できる」


 美月が、屋上の端で空を見上げながらぽつりと言った。


「異世界でも、広報って忙しいですね……。今日、質問が一万件くらい来ました」

「数字が雑だ」

 勇輝が苦笑すると、美月は肩をすくめる。


「体感です。体感でも、忙しかったのは本当です。

 でも、なんか……今日の灯りを見て、ちゃんと意味がある忙しさだって思えました。『怖くない税金』って言葉、薄っぺらく見えないようにするの、大変だけど」


 加奈が隣で頷く。


「薄っぺらくならないように、具体を出す。今日みたいにね。灯りとか、避難導線とか。見えるものがあると、みんな納得しやすい」


 美月は少し照れた顔で、でも笑った。


「じゃあ、わたしは明日から“税金の見える化”シリーズを作ります。

 短い動画で、レシートの見方、レートの更新、寄付証明の出し方。

 それと、ゼリー通貨の保冷ケースの使い方も。かわいいのは入り口として大事なので」


「入り口はいい」

 勇輝が言う。

「入り口で終わらなければ」


 高取が月明かりの下、背を向けかけてから言った。


「あなた方の町は前例がない。しかし、“人と異種族の協税”という発想は、面白い。うまく回れば、他の地域にも波及します」


 勇輝は屋上の風を受けながら、軽く肩をすくめた。


「税で異世界を明るくする。悪くないでしょう。少なくとも、うちの町には似合う」


 高取は小さく頷き、階段へ向かう。


「次は通貨偽造対策だ。準備を始めておけ」


 高取の背中が消えると、屋上にはひまわり市の灯りが残った。

 灯りは派手じゃない。けれど、今日の一日を通して、灯りの意味が少し変わった気がする。


 美月が、感謝状の封筒を思い出したように胸元を押さえ、笑いながら言った。


「主任。今日、“町を支える魔法”って言ってましたよね。

 じゃあ、わたしもその魔法の一部ってことで、明日も働きます」


 勇輝は、返す言葉を探して、見つからなくて、最後に笑った。


「無理はするな。魔法にも燃料がいる」


「燃料はコーヒーと、たまに味噌まんじゅうです」

 美月が即答し、加奈が「それは確かに」と頷いた。


 遠くの空で、魔力街灯の光がもう一つ強く揺れた。

 町が少しずつ、新しい世界のルールに馴染んでいく合図みたいに。


『異界に浮かぶ町、ひまわり市』

第13話「異界通貨と、税金バトル!?」END


次回予告(第14話)


第14話「空の許可証とドラゴン観光課」


 竜族が「空を飛ぶには航空申請が必要」と言い出して、役所窓口に長蛇の列。

 ドラゴンのサイズに合わせた申請書類、受付カウンターの補強、そして“飛行ルート”の線引き。

 空の行政は、地上よりもややこしい。


「空中飛行は申請書ひま-27号を……ええと、翼は畳んでください。入口が狭いので!」

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