第11話「来訪、天空国の外交官」
■朝
ひまわり市役所の庁舎屋上が、不自然な影に覆われた。
まるで太陽が隠れたかのように、街に薄い影が落ちる。
風が一瞬止まり、美月が顔を上げた。
視線の先――そこにあったのは、雲を押しのけるほど巨大な浮遊構造物。
「……浮いてる!? いや、飛んでる!?」
空に浮かぶ巨大都市。
金属と魔導陣が融合した塔、回転し続ける浮遊機構。
まるでファンタジーとSFが衝突して生まれたような異様な建造物。
異界でも稀な“科学魔法都市”――天空国アルセリアだった。
市長は資料を掴んだまま固まっている。
「ひまわり市に、正式な外交使節団が来るらしい。
目的は……えぇと……」
資料に記された文字を見る度に、眉間の皺が深くなる。
『目的:異界転移技術およびエネルギー源調査』
勇輝が深い息をつきながら呟いた。
「……転移技術なんて、うちに無いんだけどな。」
美月も続ける。
「“転がり込んだ事故”を技術扱いされても……困りますよね。」
市長は空を仰ぎ、遠い目で言った。
「行政って……知識より、運命に振り回されるものなんだな……。」
■空からの来訪者
午後。
観光客と町民がざわめく中、市庁舎前に光柱が降りた。
光が消えると、そこには整然と並ぶ使節団の姿。
銀白の制服、魔導翼装置、情報端末――
王国でも魔王領でも見たことがない、精密で洗練された装備。
その先頭に立つ者。
長い金髪を後ろで留め、白い外套を纏った女性。
――外交官、セリア=ヴェルドライン。
凛とした目つきは冷たいが、その動きは無駄がなく美しい。
風景ではなく、人を測っている目だった。
「天空国アルセリア外務省、技術連携局より参りました。
この地の“転移発生源”について、調査許可をいただきたい。」
美月が慌てて庁内規則を手にする。
「え、ええと……観光地ですので、調査は事前申請制で――」
しかしその言葉を遮るように、セリアの部下が魔導術式を展開した。
ピシィィィィ……
空に光の網目が広がり、街全体がスキャンされていく。
まるで空から巨大なQRコード読み取りをされているようだ。
勇輝が叫ぶ。
「勝手に観測するな!
それ、個人情報保護条例違反!!」
セリアは淡々と言う。
「条例?
あなた方の世界では、“自治体”が国家と交渉できるのですか?」
その声は静かで、しかし明確な挑発だった。
美月が小声で震える。
「……なんか、今まで来た中で一番性格悪そう……」
リリアは腕を組んだまま、じっとセリアを見つめる。
「違うわ。
あれは“余裕じゃなくて壁”。
自分の感情を出せないタイプ。」
勇輝が苦笑する。
「リリアさん……分析が完全に職業病……」
■緊急対策会議
会議室には湯気の代わりに緊張が漂っていた。
資料の山、ホワイトボードにはいつもの走り書き、その横に「現状把握」の文字。
「要するに、“転移技術”を奪いに来てるってことですよね。」
「はい。アルセリアは長年、転移の再現を研究してた。
私たちが突然出現したのが、彼らには“奇跡”に見えたんです。」
リリアが説明する。
「つまり、彼らは“奇跡を国家プロジェクトにしたい”わけか。」
勇輝が資料をめくりながら言う。
「もし、そんな技術があったとして向こうに渡れば……うちの存在価値はゼロだ。
最悪、町ごと研究対象にされる。」
市長は深呼吸し、低い声でまとめる。
「だが、渡せば主権を失う。拒めば空から封鎖される。
――これは、行政外交戦だ。」
リリアがつぶやく
「行政って、なんでも戦うんですね……」
美月が心の声のように呟く。
「行政って……平和な仕事じゃなかったっけ……?」
「うち限定で概念が狂ってる。」
■庁舎応接室:非公式会談
応接室にはコーヒーの香りが漂う。
緊張の空気の中で、それだけがやけに現実的だ。
リリアとセリアが向かい合う。
その間に交渉という名の静かな火花が散る。
セリアは丁寧な言葉で、しかし迷いのない声で言った。
外ではアルセリアの浮遊機がホバリングしている。
「あなたたちの技術を共有すれば、
この世界全体がもっと便利になります。」
セリアの声は穏やかだが、目は鋭い。
リリアはゆっくり首を振る。
「でも、“便利”のために、誰かの町が消えるなら、
それは共存じゃないわ。」
一瞬の沈黙。
セリアの眉がわずかに動いた。
「共存……あなたたちは小さな自治体のくせに、理想を語るのですね。」
「小さいからこそ、理想を守るのよ。」
一瞬、空気が張りつめる。
だが――セリアはふっと笑った。
「……面白い。交渉の余地はありそうですね。」
セリアの目に、僅かな理解の色が宿った。
■アルセリア本部:通信映像
「――あの町の座標を固定できた。
次の満月で転移核を抽出する。」
「了解。外務省ではなく、“転送軍”が動く。」
重々しい声が響く。
セリアはその会話を通信越しに聞いていた。
眉をひそめ、ゆっくりと拳を握る。
「……やはり、上層部は“奪う”つもりね。」
■夜、庁舎屋上
町の灯がきらめく。
リリアは夜風に髪を揺らしながら、空を見上げていた。
「……また空が騒がしいな。」
「アルセリアが動くのは時間の問題です。」
リエンが隣に立つ。
「でも、あなたたちにはまだ希望がある。
“市”という形で、異世界と向き合う力が。」
「市役所が、国に勝てると思う?」
「法でなく、信頼を積み上げるのが自治体の強み。
あなたたちは、すでにそれを築き始めている。」
リリアは少し笑った。
その目には、決意の光が宿っていた。
■翌朝、市役所前広場
セリアが再び現れた。
その表情には、昨日とは違う柔らかさがある。
「リリアさん。――協力を申し出ます。」
「え?」
「アルセリア上層部は、強行手段に出るでしょう。
私はあなた方に、内部情報を提供します。」
「どうして、そこまで?」
「“国益”より、“世界の秩序”を選ぶ者もいるのです。」
そして、彼女は小さな魔導球を差し出した。
『転送軍計画書:月光作戦』
――ひまわり市を転移核ごと奪う計画。
勇輝が息を呑む。
「つまり、次の満月の夜、
この町が――“空にさらわれる”ってことか。」
「……防ぐしかない。」
市長の声が低く響く。
セリア微笑んだ。
それは外交官ではなく、“覚悟を決めた人間”の表情。
「防ぎましょう。――あなたたちと一緒に。」
勇輝は頭を抱えた。
「防衛予算は?」
「ゼロだ。」
美月がゆっくり拳を握る。
「じゃあ……職員全員、ボランティア出動ですね。」
「また無茶な話を行政ノリで決めたな!?」
「こうして、ひまわり市は初めての“防衛会議”を開く。
相手は、空を支配する国家。
彼らの町を守る戦いが、いま始まろうとしていた――。」
次回予告
第12話 「月光作戦、防衛開始!」
アルセリアの転送軍、ひまわり市上空に出現!
スライム消防団、ドラゴン温泉隊、異世界経済部が総力戦!
――“行政VS国家”の戦いが、今、空に描かれる!




