第50話 『執行』
大聖堂では、分厚い壁に遮られて外の喧噪はほとんど耳に入らない。
地下へ続く階段を降りるにつれ、静寂は深まっていった。
「各地への布教や巡礼を行う聖女様が教国の『表』の存在であるなら、政治や外交を担う私は言わば『裏』の存在」
「裏……」
「表と裏、それぞれが役割を果たすことでオリディア教国は成り立っているのです」
「つまり私は必要不可欠な存在ってことね!」
胸を張る聖女に、教皇が小さく笑う。
下まで辿り着くと、大きな鉄の扉が二人を迎える。
教皇が両手で扉を押すと、重厚な音を立てながらゆっくりと開かれた。
中は大部屋になっており、特に何かが置いてあるようには見えない。
「ここは?」
「大聖堂地下……聖廟でございます」
聖女である彼女でさえ大聖堂の地下に来ることはなかったようで、物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回している。
「それで、見せたいものって?」
「あちらを」
教皇が指差した先は部屋の最奥。目を凝らすと、台座があるのが見えた。
聖女は台座の周りをくるくる回って観察しながら、頭に疑問符を浮かべる。
「台座? これがどうしたの?」
「ディラは、ここに何が置かれていたか知っていますか?」
「知らないわよ。私、地下に入ったことなんてないもん」
教皇は、まるで子供に教え聞かせるように静かに語り出した。
「その昔、『神話の時代』と呼ばれていた時代があったことは知っていますね」
「今から500年以上前、魔法がまだ存在していなかったと言われる時代ね」
「そうです。そして当時、今の三大都市など軽く凌駕する力を持った都市があったのはご存知ですか?」
「……魔法もない時代に? 聞いたことないわ」
「此処オリディア教国より北。亡国ラステアの主要部───『技術都市ラステア』がそうでした」
聖女の瞳に困惑の色が浮かぶのを見て、教皇は咳払いをする。
「……失礼、話が逸れましたね。この台座に置かれていたのは『祝福のオーブ』と呼ばれる、ラステアから三大都市へ送られた遺物です」
「あ、それなら母様から聞かされたことがあるわ。こんな所に保管されてたのね」
言い終わり、ハッとしたように聖女が目を見開く。
「!? オーブ無くなってるじゃない! どこ行っちゃったのよ!」
「ふふ、そう焦らずとも大丈夫ですよ」
慌てる聖女に対し、教皇は冷静な様子だった。
「オーブは役目を終えてその効力を失い、砕け散りました」
「……どういうこと?」
教皇がパンッと手を叩く。
音に反応した聖女が教皇の方を向くより早く、激しい雷が聖女を直撃した。
光が晴れると聖女はその場に倒れていた。
全身を火傷し、片足は無惨に失われている。
「………ぁ……」
「まだ息があるとは、咄嗟に魔力防壁を纏ったのでしょうか。大したものですね」
教皇は感心したように呟くと、光を失った瞳で聖女を捉える。
「『祝福のオーブ』とは、神経系に作用する毒を内包した洗脳兵器なのです。三大都市が牙を剥いた際に簡単に対処できるよう、国の繁栄と平穏を願うなどと偽って贈られた物なんですよ」
「…………」
「教国の権力を一手に握るには、聖女の存在は邪魔なのです」
教皇が再び手を叩く。
「……じるて」
言葉が紡がれるより早く、先程より強力な雷が聖女の全身を穿つ。
ここは大聖堂の地下。
衝撃音も恐らく外には聞こえていないだろう。
教皇はしばらくその場に立ち尽くしていたが、扉へと向き直り、歩き始めた。
部屋を出る直前、ノイズの混じった無機質な声が辺りに響いた。
『少なくとも、君は真実を知って逝けたんだ。幸せなことだと思わないかい?』
未来を生きるはずだった少女に向けられた手向けの言葉は、これ以上ない程に残酷だった。




