第49話 『苦悩と羨望』
──大聖堂内部。老人の説話が終わり、信徒たちが場を離れていく。
ふう、と息を吐く老人に、一人の女性が話しかける。
「お疲れ様、ジルティ」
「……これはこれは、聖女様。本日もお元気そうで何よりです」
「あはは、そんな畏まらなくていいって。いつも言ってるでしょ?」
聖女と呼ばれた金髪の女性はそう言って小さく笑った。
「立場は変わらないと言えど、貴女と私とでは背負うものが違いますから」
「教皇様は相変わらずお堅いね~」
からかうように聖女が教皇の顔を覗き込む。
「貴女の気さくさには、私も救われていますよ」
笑顔で返すと、教皇は手元の本を抱えて聖女に一礼する。
「あっ、そうだ。ジルティ」
「はいはい、何でしょう?」
聖女はふと思い出したように教皇を呼び止め、駆け寄る。
「今日ね、街で面白い子を見つけたのよ」
「面白い子……と言いますと?」
聖女は自分の頭を指でトントンと叩き、
「星彩の欠片をつけてる子がいたの。もちろん、ただの飾りだけどね」
「ほう。あれは聖典にも記される情報が少なく、存在を知っている者もまた少ないと思っていましたが……」
「かなり精巧な造りだったし、誰に作ってもらったか聞いておけば良かったわね」
「何にせよ、教えが広まるのは喜ばしいことです」
奥の部屋へと入っていく教皇に、聖女もついていく。
「おや、戻られないのですか?」
「疲れちゃったの。休憩休憩」
置かれた木箱に座って伸びをする聖女に、教皇は苦笑する。
「聖都の様子はどうでしたか?」
「みんなニコニコしてたわ」
「そうですか」
適当な報告だったが、教皇は慣れた様子で返して作業を続ける。
「何書いてるの?」
「今日の出来事を記しているのですよ。つまるところ、日記です」
「へえ! あなたにそんな趣味があったなんてね」
「まあ、書き始めたのは最近ですが」
ぴょんと木箱から飛び降り、日記を覗き込む聖女。
「……あれ? 何も書いてないじゃない」
「隠蔽魔法ですよ。いくら貴女と言えど、覗き見は感心しませんね」
「けち~!」
そう言い放ち、聖女は拗ねたように木箱へ座り直す。
「ふふ。私が死ねば魔法も解けます。その時に、読んでみて下さい」
「……」
少しの沈黙の後、聖女が弱々しい声で問いかける。
「……ねえ、ジルティ。私が聖女を辞めたいって言ったらどうするの?」
「当然、引き留めますよ」
それを聞いて、聖女が暗い顔で俯く。
「ですが、どうしてもと言うのならその意志は尊重するつもりです」
「……えっ?」
教皇は立ち上がり、聖女と同じように木箱に腰掛ける。
「定められた生き方に嫌気が差したのでしょう。私も同じです」
「そ、そうなの?」
「ですが、投げ出すにはあまりにも重すぎる役割です。故に、日記を綴ることにしました。『教皇』ではなく、『私』が生きた証として」
「……そうだったのね」
「今から別の生き方を選べるほど私の人生は残り長くない。だからこそ、同じ悩みを抱える者として貴女の意志は尊重したい」
教皇の言葉にしばらく考え込み、
「なら、若い私が弱音を吐いてちゃダメね!」
と笑顔で言った。
教皇は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに温和な笑みを浮かべる。
「助かります。もう少しだけ、一緒に頑張りましょう」
「任せなさい!……ってもしかして私、上手く言いくるめられた?」
教皇は何も言わず、再び机に向き直った。
「ねえ、ジルティ」
「はいはい、何でしょう?」
「私たちがもっと強ければ、自由に生きられたのかな」
聖女は長い髪をくるくると指で弄りながら、教皇に問いかける。
「……ルイネのことですか」
「あはは、バレた?」
思い浮かべる人物を言い当てられ、聖女が話し出す。
「私なんかより、あの子の方が聖女っぽいのにさ。知識も力もあって、見た目も……可愛いし」
「彼女は問題行動が多いですからね」
「あら、ジルティったらボケちゃったのね。以前の私がどんなだったか忘れちゃったのかしら」
イタズラっぽく放たれた聖女の言葉に、教皇は困ったように笑う。
「ところで、聖女様。お連れの信徒たちはどうされたのですか?」
「大事な用があるって言って置いてきたわ。そろそろ戻らないとまずいかもね」
「そうですか」
教皇が立ち上がり、聖女の方を見る。
「良い機会です。ついてきて下さい、ディラ」
名前を呼ばれ、聖女が反応する。
「ん? どうしたの?」
「貴女に見せたいものがあります」
それだけ言うと、教皇は部屋を出てしまった。
聖女も慌ててついていき、そのまま二人は大聖堂の地下へと向かった。




