第42話 『ジェルド』
「よう、ジェルド。また狩りか?」
「……親父か」
ここはロネスディール山脈の深層。
表層より出現するモンスターの数も増え、その強さもまた格段に上がる。
そこで狩りをしていたのは一人のドワーフ。
「そろそろ戻ろうかと思ってたとこだ」
「なら一緒に行くか!」
ジェルドと呼ばれたそのドワーフは、彼の父──フェルドと共に表層へと歩き始める。
「しかし、お前これ以上強くなってどうするんだ? 物語に出てくるような英雄でも目指すのか?」
「そんなわけあるか。俺はただ強くなりたいだけだ。その先に……力の先に何があるわけでもねェ」
二人は言葉を交わしながら、時折現れるモンスターを易々と討伐していく。
「おーい、フェルド!」
ドワーフの街、工業都市カルテトに到着すると、一人のドワーフが声をかけてきた。
「トルドか。どうした?」
「前に話したへーテルの鉱脈が見つかってな、今から向かうとこなんだ。お前も来てくれないか?」
「本当か! 分かった、すぐに準備をしてこよう!」
「俺も行くか?」
駆け出そうとしたところで、ジェルドが声をかける。
「表層だし問題ないだろう。それに、お前の馬鹿力で鉱石ごとぶち壊されても困るしな!」
「はっはっは!」
「……けっ」
冗談混じりに言われるが、実際にその経験があるジェルドは、バツが悪そうにその場を去った。
適当に街を歩きながら、気がつけば夜になっていた。
「……こんなこと続けて、強くなれんのか?」
ジェルドには才能があった。
ドワーフの中でも突出した身体能力を持っており、修練を積むことで目に見えて伸びていった。
しかし、最近になって自身の能力に限界が見えてきたように感じている。
それはジェルドの心を蝕む疑念であり、燻る本能を増幅させる火種でもあった。
「チッ……らしくねェ」
物思いに耽っていた自分を恥じ、頭を振って雑念を払おうとする。
自宅に戻ると、暗い部屋でフェルドが椅子に腰掛けていた。
「何してんだ。親父」
声をかけても反応がなく、茫然自失といった様子だった。
ジェルドは怪訝そうに眉を寄せ、同時に違和感に気づく。
「……血の匂い」
必死に洗い流したのだろう。フェルドの身体は汚れておらず、漂う血の匂いも微かなものだ。
それでも、日頃から戦いに身を置いているジェルドには感じ取れた。
「……ジェルドか」
虚ろな声で、フェルドは語り始める。
仲間の鉱夫たちと採掘へ向かったこと。
道中で人間に襲われたこと。
その人間を殺してしまったこと。
復讐を、決意したこと。
ぽつぽつと語られた話を、ジェルドはほとんど聴いていなかった。
興味があったのは、彼がこれから何を成すのか。
フェルドの行動力は見事だった。
同じ志を持つドワーフたちをまとめ上げ、『フェルダーズ』という組織を作った。
綿密な計画を練り、実際に行動するところにまで至った。
「つっても、蜂起した途端に潰されてちゃ世話ねェよな」
動力区の地下。フェルダーズのアジトの一室で、ジェルドは馬鹿にするように呟いた。
しばらくして、部屋にフェルドが入ってくる。
「よォ、説教されてきたんだってな」
「……彼の言うことも正しい。だが、ドワーフの未来を考えるのなら私の言い分も……」
拳を震わせながら語り始めると、ジェルドは鬱陶しそうに耳を塞いでみせる。
「でもよ、親父」
語りの途中で立ち上がり、ジェルドがゆっくりとフェルドに近づいていく。
「なんだ?」
「力を一人に集めるってとこは、俺も気に入ったぜ」
放たれた拳を、フェルドは寸前で受け止めた。
「不意打ちだってのにやるじゃねェか」
「……腐ってもお前の父だ。何を考えているかくらい分かっていたさ」
続けて左拳で殴りかかり、フェルドが受け止めると同時に足払いをかける。
仰向きに倒れるフェルドに馬乗りになり、ジェルドが悪辣な笑みを浮かべる。
「安心しろよ。あいつらは俺が有効活用してやる」
「……堕ちたな。ジェルドよ」
「アンタほどじゃねェさ」
そう言って拳を振り上げた瞬間、フェルドは奥歯を噛み合わせる。
埋め込まれたボタンが押され、鎧に空いた小さな穴から矢が射出された。
「……ッ!? がァッ!」
それはジェルドの左目に深々と刺さり、視界の半分を奪った。
「昔から、お前は詰めが甘い」
拘束を抜け出して人を呼ぶくらいの隙はある。
それでも、フェルドは全てを受け入れたように目を瞑る。
「テメェ……ッ!」
激昂したジェルドが拳を叩きつけ、フェルドは敢えなく絶命した。
巨大な溶鉱炉の前で、ジェルドの顔が朱色に染まる。
「じゃあな。親父」
そう言って、躊躇いなくフェルドの遺体を投げ入れた。
潰れた左目を眼帯で覆い、狭まった視界にフェルドの沈んでいく様子が映る。
ドワーフは一定まで成長すると、年老いても人間のように外見が変化することはない。
故に、ジェルドの『寿命で亡くなった』という嘘を、フェルダーズの皆は簡単に信じたのだ。
「親父の遺志は俺が継いでやる! 俺についてこい!」
「「「「うぉぉぉぉおおお!!!」」」」
ドワーフたちの咆哮を、ジェルドは満足気に聴いていた。




