第37話 『暴走の予兆』
「やっ! えりゃっ!」
レーアは次々と魔力玉を投げ飛ばし、接近の隙を見せない。
しかし、マルドには確実にダメージが蓄積していく。
「フッ……これが魔法使いか……」
息も絶え絶えになりながら、マルドが呆れたように笑う。
突然の形勢逆転に対応する間もなく、彼の体力は限界を迎え始めていた。
「まだまだっ!」
楽しげに魔力玉を投げ続けようとするレーアだが、その手が止まる。
カランと音を立てて、短刀がマルドの手から落ちた。
「私の勝ち、だね?」
力なくその場に座り込んだマルドからは、もはや敵意は感じられない。
「……。それで、お前はどうするんだ」
レーアは本を閉じ、少し考える。
「えっ? うーん……引っぱっていくわけにもいかないし……」
「情けねェ姿だな。マルド」
突然、頭上から声が降りかかる。
跳ねるように視界を声の方に向けると、赤黒い鎧に身を包み、左目に眼帯を着けた一人のドワーフが、建物の上に立っていた。
「ジェルド……様」
「まさか、こんなガキにやられたんじゃねェだろうな?」
建物から飛び降り、重々しい音を立ててジェルドが着地する。
「あなたが……」
「ザレスの野郎から聞いたな。だが奴は一つ勘違いをしている」
そう言ってジェルドが全身に力を込める。
それに呼応するように鎧が赤い光を放ち、周囲の空気が揺れ始める。
「な、なにこれ……!?」
「……逃げた方が良い。あれは都市の動力源……コアの力を宿した鎧だ。お前が敵う相手ではない」
マルドが視線はジェルドに向けたまま、ぼそりとレーアに告げた。
元々、マルドはこの作戦に反対していた。
カルテトの動力源である巨大なコア、そのエネルギーを専用の器として作られた鎧に流し込む。
それを着用したジェルドを筆頭に、かつて差別的な思想を垂れ流していたエリシア王国を制圧し、ドワーフたちの力と存在を強く刻み付ける。
───人間は皆殺しにすべきだ!
しかし、これを「憎き人間たちへの復讐」とする者もいれば、「惨劇を繰り返さないための戦い」とする者もいた。
───やりすぎだ!そこまでする必要はない!
両派閥間での対立は深まっていったが、ある出来事をきっかけにフェルダーズたちはジェルドに完全に従うことになった。
『他に文句のある奴はいるか?』
『……っ』
真っ赤に染まった手から血を滴らせながら、ジェルドが冷たく言い放つ。
傍らに倒れているのは、頭を潰されたドワーフの死体。
『人間は忌むべき存在だ。俺たちはいずれ、大切なものを再び失うことになる』
吐き捨てるように言い残し、ジェルドがその場を去っていく。
こうして、ジェルド派閥のドワーフたちはより強い忠誠を誓い、反対派のドワーフたちは恐怖により従い始めることになった。
『ジェルド様、恐れながら申し上げます』
『……マルドか。なんだ?』
過激思想が増幅し続けるフェルダーズの空気に危機感を覚えたマルドは、ある日、思い切ってジェルドに進言することにした。
『フェルド様の遺志を継がれることに、異を唱えるつもりはございません。ですが……どうか憎しみに呑まれませんよう。憎しみは、思考を曇らせます』
『……あぁ。俺は別に人間を憎んでなんかねェよ』
意を決したマルドの進言に、平然とそう返すジェルド。
言葉の意図が分からず、マルドは困惑の色を浮かべる。
マルドが部屋を去った後で、ジェルドは眼帯を押さえながら口角を上げる。
『力と、それを振るう場まで用意してくれるんだ。フェルダーズの奴らには感謝しないとな』
吹き荒れるエネルギーの嵐が周囲を包み込む。
解放されたジェルドの圧倒的な力を、レーアたちも肌で感じていた。
「ハーーッハハハハ!!!」
ジェルドが高笑いをしながら両の拳を打ちつけ合う。
すると、紅い光の環が広がり、レーアの身体に叩きつけられる。
「っ……!」
咄嗟に魔力を固めるも、殺し切れなかった衝撃が身体の内部に響く。
レーアの小さな身体が後方へと吹き飛ばされ、冷たい床の感触が頬に伝わる。
「ハッ。ただのガキじゃないらしいな。……まずはお前で、この力を試してやろう」
凄まじい威圧感を放ちながら、ジェルドが歩き始める。
「みんな、お願い……っ」
レーアは輝きを取り戻した少数の星を空へと打ち上げた。
上空で眩い光を放ち始めたそれらを、ジェルドが訝しげに見つめる。
「狙いも定まらないほど朦朧したか?」
「……」
嘲るようなジェルドの声にレーアは何も返さない。
「まァ良い。肩慣らしに付き合ってもらうぞ」
鎧のエネルギーを籠手に流し込み、それをレーアに向けて放出しようと掌を向ける。
しかし、その射線を遮るように立ち塞がった者がいた。
「……何の真似だ。マルド」




