第31話 『継がれる遺志』
目を覚ますと、無機質な天井が目に入る。
周囲を見やれば、部屋は鉄で囲まれていた。
天井も壁も同じ質感で、冷たい金属の匂いがわずかに漂っている。
壁につけられた橙色の魔灯に照らされて、部屋全体が仄かに色づいて見えた。
「ここは……」
「め、目が覚めたみたいだね……」
一人だと思っていた部屋で自分以外の声が聞こえて、驚きながら声の方を見る。
ベッドの側、小さな木の椅子に腰掛ける弱々しい男がいた。
「……ザレスか」
「あ、あぁ。僕だよ……」
多くの疑問が頭の中で浮かび続けていたが、シロンはそれらに冷静に優先順位をつけていく。
「レーアは?」
「こ、このシェルター内部に居るよ……大丈夫、彼女は……何ともないから」
それを聞くと、小さく息を吐いて、胸を撫で下ろした。
だが、すぐに表情を引き締めて本題へと移る。
「あの騒動は何なんだ?」
「『フェルダーズ』……人間に復讐心を燃やす、ドワーフたちの……集まりみたいなものなんだけど……彼らによる暴動、かな……」
「……ボルドも言っていたが、復讐とは?」
ザレスは立ち上がり、ゆっくりと語り始める。
五十年ほど前、エリシア王国に新たな王──今代の王が即位した。
それまでの王は代々『ドワーフも魔物と同じ存在である』という思想を持っていた。
ドワーフという種族は見かけこそ人間と異なってはいるが、意思疎通が可能で、争いを好まない温厚な種族であった。
それを知っている者は多く、ドワーフと友人関係を築く者も珍しくはなかった。中には伴侶とする者もいたほどだ。
しかし、王の思想にあてられ、ドワーフを理由もなく敵視する者も多かった。
幸い、当時はまだ王都エルガルドと工業都市カルテトの貿易は行われていなかったため、人間とドワーフの間に大きな事件は起こらなかった。
そんなある日、山道を歩く人間の冒険者と数人のドワーフが出会った。
運の悪いことに、その冒険者はドワーフを伝聞でしか知らなかった。
手に持つ見知らぬ道具を武器と捉え、偶然の遭遇を群れで襲い掛かってきたと解釈したのだ。
冒険者は一人のドワーフを斬りつけると、反撃に備えて退き下がった。
だが、ドワーフたちは反撃せず、仲間の治療を試みているようだった。
それを好機と見るや否や、二人、三人と続けて斬り捨てていった。
やがて、その場には冒険者と一人のドワーフだけが残った。
そのドワーフには、戦いの才があった。冒険者の剣筋を少しの観察で見切っていたのだ。
怯えたフリをしてその場に留まり、冒険者が近づいてきたところで、ツルハシの先端を頭部に突き刺した。
倒れる冒険者をよそに、周囲に倒れる同族を見やる。
つい先程まで、山道を共に歩いていたはずの彼らを。
何十年もの時を共に過ごし、笑い、語らってきた友人たちを。
ドワーフは復讐を決意した。自分という存在を、この怒りを、人間たちの身に刻みつけてやろうと。
半ば自暴自棄だった。それでも、彼の意志は揺らがなかった。
そのドワーフの名はフェルド。
次第に彼の考えに賛同し、集まってくる者たちが現れ始めた。
彼らは『フェルダーズ』という組織を作り、水面下で作戦を練り続けていた。
そして、今から四十年ほど前。
満を持してフェルダーズが奮起するも、全てを把握していたザレスによって即座に全員が拘束されてしまう。
『……王は変わっただろうに、まだそんなことを……か、考えていたのかい』
『それでも、次代の王が同じ思想とは限らない。……所詮、一時の平和だ』
企みを看破され、組織を潰されても、フェルドの目に宿る怨嗟の炎は消えなかった。
それから数年、フェルドは寿命によりこの世を去ってしまう。
しかし、その遺志は確かに継がれていた。
彼の息子──ジェルドへと。
「……と、大体そんなところかな……」
話し終えたザレスが向き直ると、シロンは何かを思案するように顎に手を当てていた。
最優先がレーアの安全であることには変わりない。
しかし、長きに渡って続いてきたであろう怨嗟の鎖は、もはや簡単に断ち切れるようなものではなかった。
「そ、それにしても……ドワーフ相手に、随分と苦戦したみたいじゃないか……」
「ああ。私の攻撃もあまり通じていない様子だったし、続けていても勝てなかったと思う」
自身の力が通じなかったのが悔しいのか、暗い表情で返す。
そこで、シロンはふと思い出したように聞く。
「ところで、私の怪我は? お前が治してくれたのか?」
「ぼ、僕は治癒魔法は苦手なんだ……そもそも、シロンちゃんは……運ばれてきた時点で、目立った外傷は……なかったよ?」
ザレスの言葉に驚き、自身の身体をぺたぺたと触って確かめてみる。
「……私はどれくらい眠っていたんだ?」
「え? えっと……正確には分からない、けど……三十分も経ってないと……思う」
「ふむ。……自然治癒にしては早すぎるか」
その時、部屋の扉が勢いよく開かれ、レーアが飛び込んできた。




