第29話 『混乱の最中』
「なんだ?」
響いてきた音に、瞬時に反応したシロンが剣を取る。
レーアも轟音で眠気の混じっていた意識を覚醒させたようだ。ポーチから本を取り出し、周囲に星を呼び集める。
「ね、ねえ……シロン」
「分かっている」
普通であれば外から音など聞こえてくるはずがない。この宿は防音の造りになっていたはずだ。
つまり、これは普通のことではない。二人はすぐに異常事態と理解する。
「宿を出よう。状況を把握する必要がある」
「う、うんっ!」
二人は廊下を駆け、宿の入口までやってくる。
見れば、番台にドワーフの姿が無かった。
そのまま外に飛び出した二人は、目に入る光景に驚愕する。
カルテトの中心にある、都市機能の大部分のエネルギーを担う動力源。
それを覆うガラス張りの外壁に、大きな穴が開いていたのだ。
「これは……」
シロンが思考を巡らせていると、都市全体に振動が走った。
ドワーフたちも混乱しているようで、互いにぶつかり合いながら方々へ駆け回っている。
「わわっ!」
「っ…!」
バランスを崩して転びそうになるレーアの手を取り、周囲に視線を走らせる。
山脈内部という立地もあり、振動で崩落が起き始めているようだ。
揺れる視界、逃げ惑うドワーフたち───彼らの頭上に迫る、巨岩。
「はっ!」
地面を蹴って飛び上がり、無数の斬撃を繰り出して岩を細切れにする。
パラパラと降り注ぐ破片に、遅れてドワーフたちが助けられたことに気付く。
「あ、ありがとな! お前さんらも早く逃げた方がいいだよ!」
「分かっている。お前たちも気をつけろ」
言い終わり、気付く。
咄嗟の行動であったため、レーアとはぐれてしまったのだ。
一瞬、シロンに焦りが浮かぶ。
探そうにも、行き交うドワーフたちに阻まれてまともに動くことができない。
このままでは埒が明かないと、近くの建物の屋上に飛び乗った。
眼下では未だに混乱が広がり続けている。
「っ、あれは……!」
すぐに視界に入ってきたのは、崩落により再びドワーフたちに降りかかる岩石。
それも一つではない。見えるものだけでも五つ以上はある。
今度は距離も遠く、駆けても間に合わないだろう。
『エア・スラッシュ』で斬り裂いたとしても、あのサイズでは脅威であることに変わりない。
瞬間、彼らの頭上に光の壁のようなものが出現し、それが降りかかる岩石を次々と弾く。
弾かれたものも直後に光に撃ち抜かれて粉々に砕け散っていった。
「レーアか……!」
彼女の無事を確認して安堵するが、依然として状況は緊迫したままだ。
シロンにとってはレーアの安全が最優先であるため、彼女を連れて一刻も早くカルテトを脱出したいと考えていた。
その時、青白い光が街全体を覆い尽くした。
今まで続いていた揺れがピタリと止み、悲鳴が歓声に変わる。
張り詰めていた空気もわずかに緩んだように感じる。
光の発生源を見てみると、ザレスが杖を掲げていた。
「『大賢者』……」
その実力と乖離した本人の性格を思い出し、シロンが軽く笑う。
しかし、一息つこうとしたシロンの表情が強張る。
何者かが近づいてくる気配を感じて、近くの木箱の裏に身を隠した。
少しして、一人のドワーフが屋上にやってくる。
今まで見たドワーフとは明らかに雰囲気が違っており、赤黒い鎧に身を包み、左目には眼帯をしていた。
シロンが気配を殺して息を潜めていると、
「ハッ、やはりな。思った通りだ」
忌々しそうに、しかしどこか勝ち誇るようにそう言った。
異様な威圧感のある低い声だ。
遅れて二人のドワーフがやってくる。どちらも首に黒いスカーフを巻いており、眼帯のドワーフほどではないが、相当の手練れであることは見て取れた。
「全トンネルの封鎖、完了しました」
「ご苦労」
「フェルダーズのメンバーも既に準備できています。いつでもご命令下さい、ジェルド様」
「あぁ。分かった」
報告を受けた後、ジェルドはしばらく街を覆う防壁を眺めていた。
都市の喧噪も収まってきた頃、ジェルドが他の二人に命じる。
「頃合いだ。マルド、戦闘員を集めて来い」
「はっ」
「ボルド。お前は──」
言いながら、ジェルドの視線が木箱の方へと向く。
「──そこのガキを殺せ」




