第22話 『騒動の陰で』
「……さて、この辺りかな」
仮面を着けた一人の男が、小さな宝石のような魔道具を設置しながら呟いた。
ここはエルガルド王城の二階、左右にドアの並ぶ長い廊下だ。
「上手くやるんだよ。二人とも」
男は、身に着けた黒い手袋を嵌め直して踵を返す。
「こーら、何してんの」
振り返ると、気だるげな女が一人、杖を構えて立っていた。
面倒くさそうにそう言った女に対して、仮面で見えないが、男は口角を上げる。
「やあ、初めまして。王城司書のレノ・ラーニスだね」
「……はぁ。一応、姓は隠しているのだけど」
警戒を強めるレノに対して、仮面の男は余裕を崩さない。
「何をしているか、だったね。別に何もしていないさ。逆に聞くけど、何かしているように見えるかい?」
「見えないわねえ。だから気味悪いのよ」
お互いに何かを探っていることは理解しながらも、会話を続ける。
「大人しくついてきてくれないかしら?」
「あっはっは、それは難しいかな。こう見えて僕は多忙の身でね」
平然と歩き出した男を見て、レノは杖の魔石に魔力を込める。
「仕方ないわね。とりあえず拘束するわ」
「なら僕も、君を無力化せざるを得ないな」
レノが魔法を放とうとした瞬間、込めた魔力が霧散した。
「あらぁ」
「隙ありだ」
呑気なセリフに対し、男はレノの首に手刀を放つ。
刹那、ギィン!と金属音が鳴り、男の凶刃は防がれた。
「おっと」
男は即座に後退する。見れば、レノの前に軽鎧を着た騎士が立っていた。
「私が相手しよう」
「はは。聡明な司書様なら、連れてきてくれると思ったよ」
顎に手を当てて笑う男に対し、騎士が名乗りを上げる。
「エルガルド騎士団団長、ガイテス・リーター」
「ご丁寧にどうも。悪いけど、名乗りは返せないな」
「じゃ、あとは頑張ってねえ。杖を封じられたら私は何もできないわ」
一触即発の空気の中、後ろに居たレノが声をあげた。
ひらひらと手を振るレノに呆れながら、ガイテスが改めて剣を構える。
「はっ!」
目にも止まらぬ踏み込みで即座に距離を潰し、斬撃が放たれる。
男は身体を反らせてそれを躱すと、不安定な体勢から蹴りを返した。
ガイテスは左手でそれを払い、今度は片手で突きを放つ。
男は体軸を捻って攻撃を躱し、その反動で突きを返した。
予想外の反撃に、ガイテスも一旦後退する。
「珍しい体捌きだ。手練れとは思っていたが、ここまでとはな」
「あっはっは、買い被りだよ」
男はズレた仮面を直し、両手を広げて飄々と話し始める。
「さて。上の騒ぎを聞くに、こちらの目的は達したみたいだ。そろそろお暇させてもらうよ」
「ダメよ。話を聞かせてもらうわ」
レノがそう言って指を鳴らすと、男の両足に魔力で形成された枷がつけられる。
「君の武器は封じたはずなんだけどな」
「あら、媒体がなければ魔法を使えないと思っているの?」
「無論、思っていないさ」
言葉通り、想定済みだったのだろう。仮面の男はするりと枷を抜ける。
そのまま小さく手を振ると、地面に沈むようにして姿を消した。
心底疲れ切ったように、レノは溜息をつく。
「次から次へと……本当に何者なのかしらねえ」
「害意は感じられなかった。大事にする必要もないだろう」
剣を鞘に納め、鎧を手で払いながらガイテスは言った。
「では見に行くとしよう。我々をこのようなところに留めて、何をしていたのか」
「あら、気付いてたの」
「君も分かっていて私を呼んだのだろう」
「まあね」
二人は短く言葉を交わすと、玉座の間へと歩き出した。
「やあやあ、二人ともお疲れ様!」
祝祭の喧噪を背に浴びながら、男は勢いよく部屋のドアを開けた。
既にレーアたちは帰ってきており、くつろいでいた二人にフィースは開口一番、労いの言葉をかける。
「おかえりー!」
「無事だったか。外へ駆ける途中で金属音が聞こえたが、騎士と交戦したのか?」
「あはは、ちょっとね! まあ、搦め手は得意なんだ」
コートを脱ぎ、手袋を外しながらフィースが答える。
「ん? この手袋……」
ドンと机に置かれた黒手袋に、レーアが触れる。
「硬っ! 何これ!?」
「機械だからね! 僕が改良したんだ」
パッと見ただけでは分からなかったが、触ってみると普通の手袋ではあり得ない硬度をしており、仄かに熱も感じた。
「なるほど。そういう戦い方もあるのだな」
「一応、身を守る手段は必要だからね」
一仕事終えたといった雰囲気で息をつき、フィースが椅子に座り込む。
二人はしばらく置かれた手袋をぺたぺたと触ってから、風呂へ向かった。
「全く……尻拭いをするのはいつも僕なんだ」
鬱陶しそうに呟いて、フィースは眠りに落ちた。




