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第58話「ベヒーモスの魂」

「羽を上げろ!風は良好!さぁいっせーので...ほらいくべっ!」


御者が号令をあげると、四頭のグリフォンが翼を大きく広げ、砂塵を巻き上げて駆け出した。

渓谷沿いの道を、鉤爪が岩をかき鳴らし、翼が空気を裂く――

その二つの音が、まるで大地と空の鼓動を交わすように響いた。

その音を聞きながら、ゴンギは両手に抱えた大きな瓶――中に淡く泡のように揺れる「何か」を、じっと見据えていた。

「おいどん、冥力だの魂だのってのは、正直よくわかんねぇでごわすけど……」

向かいに座るザンギリが、ぽつりと気になったことを投げる。視線は自然と、ゴンギの抱えた瓶へ向かっている。

「それが、ベヒーモスの魂ってやつ……ちゃんと回収できたんでごわすか? あの時、シグどんと街でやりあったり、死者葬やったときに、なんかボンヤリ見えた気はしたんでごわすが」

ゴンギはゆっくりと顔を上げ、瓶の表面に映る自分の影を撫でるように見つめた。口角に、いつもの皮肉はない。

「ああ。そうだな、屍体は蘇生できないとは言ったが、せっかく伝説の魔獣と戦い、勝ったわけだ。それで私が、手ぶらで帰るような使役者に見えたのか?ザンギリよ。」

蘇らせて使役する――

そんな芸当は無理だったが、

ゴンギは息絶えたベヒーモスから抜け出た魂を、

杖で誘導し、あらかじめ用意していた瓶に封じ込めることに成功していた。

魂は青白く、中心はほぼ不透明な白色が濃く浮いており、モヤがかかったような輪郭にまるで視線が吸い込まれそうだ。

さすがは伝説の魔獣。魂の大きさも規格外だ。

たとえば、シチュー程度の魔獣なら、小瓶1本に3匹分は入る。

普通の人間でも、小瓶にギリギリ収まるか、少し溢れるくらいだ。

今回のために用意した瓶は、小瓶が10本ずつ二段に収まるサイズ――

そのさらに1.5倍はあるという、薬草の長期漬け込み用に使うような大容量のものだ。


その瓶に、ぎりぎり収まるほどの巨大な魂。


死した命を無数に喰らってきた魔獣の業。

内側からは、魂が押し返すような“反発力”すら感じられた。

ほんの少しでも蓋が緩めば、どこかへ飛んでいってしまいそうだ。


蓋には即席の死霊術陣を書き込み、封じてある。

とはいえ、あくまで仮の封印だ。

宿に戻ったら、改めて本格的な術陣を刻み直す必要があるだろう。


「これは……人間の屍体なんぞに入れたら、肉体の方が先に崩壊するかもしれんな。」


ファラオが蘇ったときほどではないにせよ、戦果は十分だ。

――これほどまでに強大な魂。

容易く使い道は見つからないだろうが。

「すごい……!僕たちの仲間だった“ブームスト”も、ネクロマンサーだったんです。

昔、オーガの族長の魂を同じように瓶に入れたことがありました。

でも封印が甘くて……”逃げられた”って言ってました」

ザンギリの隣に座っていた男――かつてファラオが腰かけていた席に、今はユーキが座っていた。

どうしても、あの戦いの中で伝えられなかった感謝を、今ここでゴンギに伝えたかった。

「オーガか。族長ともなれば、魂の密度も人間の三倍はあるだろうな。

でも密度が高い魂ほど、しっかり封じないと逃げやすい。……そういう時は、封印陣を書くのもいいが、蓋に塩を塗るのも有効だ」

話に乗ってきてくれたのが、ユーキには妙に嬉しかった。戦いを経て、さらにゴンギという男と"剣に灯る光"の距離は縮まったと実感していた。

「そのブームストとやらも、報われたんじゃないか。ベヒーモスは、もう死んだ」

「……あっ、いえ。ブームストはベヒーモスとは別のクエストで亡くなってしまって。

でも、そう言ってもらえると、なんだか……少し救われた気がします」

亡くなってしまって――ユーキのその言葉に、ゴンギは自然と、自身が味わった喪失感を重ねていた。

ファラオを失った喪失感。

ようやく“あの存在”に勝てるかもしれないと希望を抱いた矢先の、アクシデント。

けれど、ないものはない。ベヒーモスは討ち果たした。ならば、ひとまずは前を向くしかない。

「…ちゃんとお礼を言ってませんでしたね。

先の戦いでは、僕を霊体で衝撃波から庇ってくれて……本当に、ありがとうございました。

ゴンギさんがいなければ、とっくに死んでました」

座ったまま、深く頭を下げる。

ゴンギの横で丸くなっていたシチューも顔を上げ、ボサボサの毛で眠そうに目を半分開けて、ユーキを見ていた。

「む……気にするな。あの戦いの戦果なんて、ほとんどファラオの手柄だ。」

その素っ気ない返事に、ユーキはふっと笑う。

やっぱり、こういう人だと思っていた――それがなぜか、ほっとした。

一方そのころ、別の籠内ではーー

長年の因縁に決着をつけた若き冒険者たちが、それぞれ胸に湧いた思いを口にしていた。

「……しかしよ。奇跡だよな、ほんと」

痛む肩に聖術を受けながら、ゴロウスはどこか力の抜けた声でつぶやいた。

「あのファラオとかいうアンデッド、本当にベヒーモスを倒しちまった。

その代わりに、自分も消し飛んじまったらしいが……

あれはもう、すげえって言うしかねえ。ゴンギの野郎も、元名を馳せた冒険者っていうだけ、確かな戦闘センスを持ってやがった。

正直なとこ、リブキ……俺はよ、お前が死ぬなら、一緒でいいと思ってたくらいだ」

気恥ずかしさをごまかすように、まだ本調子でない体を外の景色に預けるように座る。

「なっ……!そ、そんなこと……でも、嬉しい!」

リブキは照れ笑いを浮かべ、言葉を選ぶように返した。

「私もまさか、こうしてお前達とベヒーモスと戦った後も、まだ話せるとは思っていなかった。」

リブキの目に再度涙が滲む。

ゴロウスとは十年以上、命を預け合いながら共に戦ってきた。ユーキもそれくらいになるだろう。ユキミとは関わって日が浅いが、ベヒーモスに大切なものを奪われた者同士で、言葉なくしても通うじあうものがある。今回の戦いを経て、より深まった絆。

それはもう、仲間という言葉では足りない。

今日という日を、生きて迎えられるとは思っていなかった。

だからこそ、今こうして共に笑える時間が――まるで奇跡のように、尊く思える。

「……ユーキのおかげだな。あいつが、“新しい仲間を探そう”って言ってくれたからさ。」

「それでアタシも仲間にしてくれたんっすね!」

ゴロウスの言葉に、納得したようにユキミが頷きながら治癒の光を送る。ゴロウスの外皮は火傷で皮膚がめくりあがり、これは教会の聖職者に治癒を依頼しなければ傷が残りそうだ。だが、骨折などはほとんどなく、こうして言葉のラリーをする余裕がある。

「そうだな。私はまた……お前たちと剣を振るい、酒を飲める日が来ることが、ただただ嬉しい。これでお父様も、妹も、母も、故郷の者も皆、少しは報われているだろうか...。

そうだ、ユキミ……これからは我らのパーティ、“剣に灯る光”に加わってくれるのだろう?」

リブキの問いに、ユキミはすぐに答えず、にこっと口元を緩めた。

「はいっ!元々“紅鳥の加護”の補欠メンバーだったんすけど……

もう、居場所もないんで……お世話になりにいくっす!」

「“お世話になりにいくっす”って、変な言い方だな!?」

ゴロウスが思わず笑いながら突っ込む。

「た、たしかに……言われてみれば、そうっすかね~!」

籠の中はふわりとあたたかい笑いに包まれた。


「にしても……ゴロウスさんとリブキさん、お二人は“お似合い”っすよ!?」

「えっ?」

「はっ!?」

まるで打ち合わせたかのように同時に声を上げる二人。

顔を見合わせて、すぐに目をそらす。

その頬はほんのりと朱に染まっていた。

「な、なに言ってんだよユキミ……こ、こいつはただの仲間..いや、超・仲間だっての!」

「そ、そうだ! パーティ組んで長いだけで、その!...そんなのでは断じて……な、ないからな!?」

あからさまに動揺する様子に、ユキミはふふっと口元を手で覆って笑った。

「そういうのを“図星”って言うんすよ?」

「お前なあっ……!」


このあたり、馬車で移動していたのをグリフォン便に改稿しているのでもしかしたら改稿前(馬車)の名残が残ってるかもしれないです。気づき次第修正します!

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