第55話「リスポーン」
王都から西南西に広がる森。ギルドでは「グオネラの森」と呼ばれている。
グオネラとは、そこに生息する魔鳥の名だ。およそ50体ほどが確認されており、赤く禍々しい羽と巨大なトサカを持つ怪鳥である。
翼を広げた全長は約8メートルであり初見であれば、腰を抜かしてもおかしくはない威容だが、
強さはワイバーンには大きく劣る。サファイアランクの冒険者であれば単身での討伐報告もいくつか存在している。
繁殖期は2年に一度、メスにアピールするための奇怪なダンスを踊る。
主な捕食対象はジャイアントリザードや家畜の牛、大型の魔鳥。人間を襲う例は少なく、加えて視力もあまり良くないため、
森の木々に身を潜めていれば、まず発見されることはない。
――そんなグオネラの巡回ルートからも外れた、森のさらに奥深く。
ひっそりと口を開く、冷たい地下へと続く“盛り上がり”があった。
それは、とあるネクロマンサーが密かに根城としている、死霊魔術の研究場。
巨大な岩で封じられた入り口は、なるほどこの下に個人の居住空間が広がっているとは到底思えない。
地下の奥。そこには、どこか風変わりな古代ヌビト風の装飾が施された棺が、ひとつ鎮座していた。
中身は空――だったはず、なのに。
ガタッ。
石室にこだまする、小さな音。
続いて、ガタガタッ……! 棺が震え始める。
揺れは徐々に激しさを増し、棺の内部――何もなかったはずの空間に、どこからともなく包帯が現れ始めた。
シュルシュルと音を立て、宙を舞うように絡まり、螺旋を描いて人の形を象っていく。
その包帯がどこから湧いたのか、あるいはなぜ空だった棺に現れたのか。
その理由は、蘇生の儀を執り行ったネクロマンサー・ゴンギですらわからないだろう。
やがて棺の震えが激しくなり、ついには地面から少しだけ浮かび上がる。
棺の中では無数の包帯が、何かを包み込むように音を立てて舞い踊っている。
そして――
ドンッ。
棺がわずかに跳ね、石畳へと落ちる。震えは、そこで唐突に止んだ。
静寂。
十秒後。
ガコォン……
今度は棺のフタが、内側から押し上げられるように開いた。
ミシ……と軋む音と共に、内部から現れたのは――
ミイラ男は棺の縁に腕をかけ、まるでバスタブから立ち上がるような体勢で目を覚ました。
乾いた脳をフル回転させ、必死に状況を整理しようとする。
そうだ――俺たちは王都からスウィン渓谷へ向かい、あの伝説の魔獣、ベヒーモスと戦っていたんだ。
最後の記憶は曖昧だ。たしか、ユーキが魔法であいつの片目を潰して……
怒り狂ったベヒーモスが、無差別に衝撃波を放ち始めた。
駆け回るシチュー、煙で真っ白になった視界。
そして、かすかに残るチリチリと焼けるような感覚。
「うーン……」
合点がいった気がした。あのとき、俺は衝撃波の直撃を食らったんじゃないか。
「でも、身体は……無傷? どこも壊れてねぇ」
酒場で聞いたリバイアサンに凹まされた頭部でさえ、今はちゃんと人間の頭蓋の形を保っている。
――だが、妙な違和感がある。腕も、足も、腹部も。
「細イ……やたラト細いナ、俺……」
思い返せば、最初に蘇ったときの身体もこんな感じだった。
その後、ゴンギが別の死体から筋肉を移植してくれて、俺はようやく走ったりできるようになった。
あの戦いでは、さんざん走り回って逃げもしたっけ。
今は……どうやら蘇生直後の筋肉に戻っている。
試しに起きあがってみると、わずかにフラつく。
以前に比べればこの肉体を動かす「慣れ」があるのでマシだが、それでもやっぱりぎこちない。
「……リセットされテる? やっパ、あそこデ”死んだ”ッテことカ」
乾いた脳――いや、脳のカケラでも入ってんのか怪しいけど――
少しずつ、思考が巡りはじめる。
おそらくベヒーモスの衝撃波に砕かれ、塵となって生滅したのだろう。
そして今、こうしてまたこの棺で「目覚めた」。
――この棺。元々、俺のーーーファラオの死体が収められていた場所だ。
左腕にはめられた古代の腕輪はそのまま。
けれど身体は、ゴンギの手術前――ほぼ骸骨の状態。
つまり、これは……俺専用のリスポーンポイントみたいなものじゃねぇか?




