第54話「余韻」
三十分、四十分……やがて一時間が過ぎた。
巨大な獣は、前足を伸ばし横倒れのまま動かず、死の静けさをその場に染み渡らせている。
その分厚く強靭な皮膚は、先ほどよりも燻んでいた。
ゴロウスたちが与えた傷口から流れ出た血は、既に固まり始めている。
「食べられそうなの、見つけてきたよー!」
ふらりと現れたユーキが、手に小さなリスのような齧歯類と数種類の木の実を抱えていた。
「おっ、ありがとな。……よし、食おうぜリブ――」
深手を負い、意識も朦朧としていたゴロウスだったが、ユーキの持っていた全ての薬草と、ユキミの懸命な治療によって、なんとか言葉を発せられるまでには回復していた。痛みはまだ相当あるようだが。
その横で、リブキは直立したままじっと立ち尽くしていた。
前髪に顔が隠れていて表情はよく見えない。だが、よくよく目を凝らすと――彼女は、泣いていた。
その肩がかすかに震えていた。
十年にわたる因縁。
共に戦い、失ってきた仲間たち。
焦土と化した故郷。
心に刻まれたものすべてが、いま一気に押し寄せてきたのだ。
こらえきれなくなった感情の奔流に突き動かされるように、彼女はぐるりと振り向いた。
そして、ゴロウスの胸元へ――がばっと、身を預けるようにうずくまった。
「お、おうっ!?」
予想外の出来事にゴロウスは戸惑いを隠せない。
だが、リブキはもう言葉にならない声で泣きじゃくっていた。
「ごぉろうしゅう〜……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を彼の胸に押し付けながら、
彼女は子どものように泣いた。
もう、これ以上苦しまなくていい。
死んでゆく人々も、破壊される街も、見なくていい。
あの災厄は――終わったのだ。
怒り。悲しみ。恐怖。そして、救われたという安堵。
11年間押し込められてきた、さまざまな感情がないまぜになり、解き放たれた。
中でも、ベヒーモスへの想いは、誰よりも深かったのだ。
ゴロウスは多くを語らず、彼女の背をぽんぽんと叩き、そっと抱き寄せた。
ユーキもユキミも、その静かな抱擁の光景をそっと見守っていた。
「いない……やっぱりいない!」
霧が晴れた草原に、ゴンギの焦燥に満ちた声が響いた。
その後ろにはザンギリが従い、二人は何かを必死に探している。
ベヒーモスの衝撃波が直撃した地点――焼け焦げた地面。
「全ての痕跡を調べましたけど……見つからねぇもんは、やっぱり見つからないでごわす」
ザンギリが渋い表情で肩をすくめる。
「チュー……」
シチューも不安げな声を漏らしながら、焦げた地をちょこまかと駆け回っていた。
「おかしい……ベヒーモスに攻撃を食らったあの瞬間、古代の呪いが発動し、奴は確実に絶命したはずだろう。
それなのに、ファラオの姿がどこにもない……欠損しているのであれば、様子を見たいのだが?!」
ゴンギは額から汗を滴らせ、焦げ跡を何度も見回す。
だが、どこにもあのミイラの男の姿は見つからなかった。いや、それだけではない――
(冥力すら、感じぬぞ……)
ネクロマンサーとして使役するアンデッドの“死の気配”は、通常ならかすかでも感知できる。
だが今、周囲にそれらしき痕跡すら存在しなかった。
つまり――
(あの干からびた身体ごと、ベヒーモスの衝撃波で……燃え尽きたというわけか…)
思いたくはなかったが、現実的にはそれが最も自然な結論だった。
胸の奥に、鈍く重い現実が落ちてくる。
ゴンギは静かに目を伏せ、額に手を当てた。
何かを言おうとして、しかし喉が詰まったように言葉が出ない。
ザンギリだけでなく、遠巻きに見守っていたユーキたちでさえも、沈痛な面持ちを浮かべていた。
そして、ザンギリが静かに言う。
「ゴンギどん……やっぱりファラオどんは、もう……」
あの衝撃派の威力を間近で見ていたザンギリも、全てを察する。
「ぬ……あぁ。冥力すらも、感じぬ。奴は仕事を終え、そのまま消滅してしまったようだ。」
ゴンギは悔しげに顔をゆがめ、誰にも届かぬような声で、地面に向かって、やっとつぶやいた。




