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第52話「刹那」

地表からおよそ二十メートル、一箇所に凄まじい爆煙が巻き上がった。

視界を埋め尽くすほどの黒煙が渦を巻き、砂利と風圧が地面を叩く。


「おいおい……ウソだろ……!? ユーキ……!」


ゴロウスは顔をしかめ、煙の向こうを睨みつけながら、呆然と声を絞り出した。

覚悟はしていた。何せ、相手はあのベヒーモスだ。命を落とす可能性なんて、最初から分かっていたはずだった。

それでも。

斧を握る手に、無意識に力がこもる。白い指の関節が軋み、ひび割れそうになる。

長い時を共にした仲間だ。笑い合い、背中を預け、何度も死地を越えてきた――そんな仲間を、簡単に失っていいはずがない。



「そんな……」

ユキミのか細い声が、戦場の草原にしんと響く。

誰もが息を呑み、胸の奥が冷たく締め付けられる。

“アレ”を直撃で喰らって――生きているはずがない。

先ほどの爆発で、この場に居る誰もが確信したことである。


しかし。


「ユーキ!無事だったのか!!」

リブキの叫びが、張り詰めた空気を切り裂く。

その声に釣られたように、一同の視線が再び煙の中に吸い寄せられる。


そして――。


煙が薄れ、ゆらりと姿を現したユーキは、両腕をクロスして防御の構えを取りながら、そこにいた。

無傷のままで。

安堵のため息があちこちで漏れると同時に、別の疑問が頭をもたげる。

あんな化け物じみた衝撃波を、どうやって防いだ……?

――上位の聖術師でもないのに、あの防御を成し遂げるなど、あるはずがない。


そのとき、低い声が響く。


「……フウ。次は防げんぞ?」

それを成した、あるいは――それを仕組み、決めたのはゴンギだった。

召喚していた二体のダークスペクターが、ゴンギの咄嗟の命で紫紺の冥力を纏い、霊体の障壁となって立ちはだかった。

淡く輝く盾のような影が、ユーキを包むように覆い、そして悲鳴のようにきしみながら砕け散る。


纏わり付くような破片の残滓が、暗い光となって宙を漂い、刹那戦場に深い静寂が訪れる。

一瞬、乱れかけていた全員の動きが、元のリズムを取り戻した。

ゴンギの瞳が鋭く光り、ベヒーモスを射抜くように見据え、息を吐く。


「ベヒーモス……やはり手強いな。」

低く響いたその呟きが、戦意を再び一同の胸に呼び覚ます。


強力な霊体系のアンデッドであれば、あのように非物質的な攻撃を防ぐ盾としても運用できる。

しかし、今の一撃は重すぎた。

ダークスペクターたちの影の身体は、見るも無惨に吹き飛び、魂の核だけとなって霧散する。

しばらくはその状態で休眠しなければならず、再召喚までには数週間を要するだろう。

だが――いま、この瞬間は守り切った。


息をつく暇もなく、ユーキは両足で空を蹴り、すぐに詠唱を再開する。

その瞳は、怒りと高揚に燃えていた。


《今が、チャンスだ!》


礼を言う暇などない。

右手を前にかざし、凍てつく魔法を奔らせ、未完成のまま止まっていた詠唱を強引に叩き込む。


「……喰らえッ!!」


大気を裂き、氷の刃が雨のようにベヒーモスへと撃ち込まれる。

ベヒーモスは、一瞬、煙に包まれたユーキを完全に殲滅したと判断していたのだろう。

油断していたその左の魔眼に、鋭い氷の刃が突き刺さる。


ぶしゅうッ!!


甲高い音とともに、氷の破片が魔眼の奥に食い込み、ベヒーモスが苦悶の咆哮を上げた。

目元からはドロっとした暗緑色の体液が漏れ、その巨躯が、わずかに後ずさるほどの痛み。

背をそらし、草原が押し倒される。


「いまだッ!」


ゴロウスが、刹那の隙を逃さず斧を振りかぶり、跳び込む。

だが、ベヒーモスの前脚が雷のように振り下ろされるのが見えた。

反応がわずかに遅れる。

斧の刃が届く寸前、巨大な前脚がゴロウスを弾き飛ばす。


ドゴォッ!!

轟音とともに、ゴロウスの身体は空中で大きく弧を描き、重い岩のように転がりながら草原に叩きつけられた。

土煙が立ち上る中、彼はすぐに受け身を取り、膝で大地を踏みしめる。

砂を払い、肩で荒く息を吐きながら、斧を握る両腕に力を込める。

その背中が、まだ死んでいない――まだ終わっていない、という意志を黙然と示した。


その瞬間だった。


ベヒーモスの前脚に、突如として包帯のような白い布がシュルリと絡みつく。

まるで生き物のように軽やかに現れ、巨獣の足を締め上げようとする。

一同の視線が、驚きと期待を込めてそちらに集まった――が。


バチィンッ!!


無数の包帯は、ベヒーモスの筋肉の膨れ上がった力にあっさりと裂かれ、無惨に宙を舞った。


「あっ……やっパりダメカ...」

後方で、気まずそうに左手を掲げていたのは、あのミイラ男だった。

顔を引きつらせながらそっと後退し、足元の砂をいじるように目を逸らしている。

古代の遺物の力で包帯を顕現させ、わずかな足止めでも、と願ったものの、あまりにも物量の差が大きすぎた。


失敗に一瞬、空気が揺らぐ。だが――すぐに険しい決意が戦場に戻る。

胸の奥で太鼓が鳴るように、一同の心が再び鼓舞されていった。


――まだ、やれる。

そんな一縷の希望が、全員の中に宿る。

ユーキが見事に片目を潰した。

衝撃波も恐ろしいが、攻撃動作を見極めれば、ギリギリ避けられる。

ザンギリも息を整え、戦線に復帰する。

ゴロウスが前脚を引きつける隙を作るように、後ろ足付近を狙い、チクチクと鋭い攻撃を重ねていく。


ほんの少しずつ――しかし確実に、伝説の巨獣・ベヒーモスの体表に無数の傷が刻まれてゆく。


だが、そのとき。

「――ぐああああああっ!!」

攻防の最中、地を這うような悲痛な絶叫が、戦場を震わせた。

リブキの声だった。

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