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第48話「緊張と、時々下ネタ。」

しん……と静まり返る渓谷に、残されたのはミイラ男たち一行だった。

風が抜け、岩肌の隙間を鳴らす。谷底には、さっきまでのグリフォンの羽音が嘘のように静まり返っている。

それぞれが装備を整えたり、地図を広げてゴンギにベヒーモスの情報を共有したりと、手際よく準備を進めていた。

その折、ミイラ男が王都で語った“伝説の魔獣リヴァイアサンを倒したかもしれない”という話も話題に上がる。

最初こそ半信半疑だったゴンギだが、話を細部まで聞くうちに、やがて確信したようだった。

――ファラオの呪いは、伝説級の魔獣すら屈させる。

「フハハハハ! やはりそうか! 古代の呪力は、私の想定以上のチカラを持つようだ! これは、本当にあの不死帝すらも…」

昂ぶったゴンギの笑い声は、アニメの魔王がラスボス戦前に高笑いするような迫力だった。

……そして、なぜか少しだけ頼もしく聞こえたのは内緒である。

この世界のアンデッドは――

「屍体に宿る“素養”」によって、その力が増すのだという。

どういうことなのかとゴンギに問いただしたところ、要は“どれだけ長くこの世に存在しているか”で決まるらしい。

つまり、死んでからの時間もキャリアに入るという、実におかしな世界だ。

たとえば、あの“不死帝ノーライフキング”。

生前は三百年を生きた巨人で、死後はさらに千年をさまよっている。

ざっと一三〇〇歳。年齢不詳というより、年齢バグだ。

一方、俺は――二千年以上前のミイラ。

数字だけ見れば、不死帝をも超える、伝説級の“レジェンド包帯マミー”である。

……が、現実はそんなに甘くない。

この横にいるゾンビオークのザンギリに、つい先日、身体を真っ二つにされたばかりだし、

皮膚はカサカサ、砂漠の干物レベルである。

強いと言っていいのか、それともただ長持ちなだけなのか――正直、自分でもよくわからない。

ゴンギはまた、己が蘇らせたミイラの潜在能力に、ひとりで興奮している。

だがそれとは裏腹に、ゴロウスたちの緊張は嫌でも伝わってきた。

なにせ相手は、故郷を潰した因縁の魔獣だ。

いくら先輩冒険者のゴンギがいるとはいえ、

あんな怪獣じみたカバに戦いを挑もうなど、正気の沙汰ではない。


次々と繰り出される作戦の応酬。

ユキミの声は、震えながらも懸命に案を出している。

「紅鳥の加護」の補欠なだけあってか、この地にも何度かきたことがあるようで、地形にはこの中で一番詳しい。

懸命な姿で、この場の全員のフォーメーションを決めていく。

谷を吹き抜ける風が、彼らの声を断崖に反響させ、まるで戦の前触れのように空気を張り詰めさせていた。


――そんな喧騒の中、ただ一人。

やることのない者がいた。


そう――ミイラ男である。

完全に置物。もはや背景。

本人もそれを自覚しているのか、岩に腰を下ろして包帯をひらひらと揺らしながら、ぼんやりと空を見上げていた。


「……なぁ、ファラオどん」

ザンギリが、やけにニヤついた顔で声をかけてくる。

「ファラオどんは、アンデッドになっても、性欲ってあるもんでごわすか?」

「な、なンダよ急に!?性欲?..といウかザンギリ、お前モアンデッドだろ?」

「いやぁ〜、おいどん、まだゾンビにされて日が浅いのと、王都でもオークのメスを見かけてないもんで、実感がないでごわす。

だからファラオどんが気になったでごわす。やっぱり“アンデッドの夜”とか、なんかあるんじゃなかろうかと!」

そうか、オークであればやはり、同族のメスが好ましいのか。

この人にボンキュッボンの人間の女性の裸とか見せても、あまり興味がないのだろうか。


そこから始まったのは、アンデッド二人(※片方はオーク)の、くだらない“アンデットーク”だった。

「ファラオどんはどんな女に興奮するでごわすか!? やっぱり全身を包帯でグルグル巻いた女でごわすか!?」

「ヤメッ……! そンな大声で言ウなよ! ……ごほん、まぁ、正直好みは――」


ミイラ男は言いかけて、ふと遠い目をした。

……思い出したのだ。

生前、同じ展示室で働いていたあの子のこと。

あれは確か、ハロウィンの時期だった。

古代エジプト展の入り口にカボチャを少し飾って「雰囲気を出しましょう」なんて話になり、

彼女は笑顔で「じゃあ私、ミイラやります!」などと宣言した。

館長も職員も冗談だと思って笑っていたが――翌日、本当に簡易的な包帯姿で出勤してきたのだ。

いや、変な意味じゃないんだが、あの姿を思い出すと、確かに少しドキドキするかもしれない。だがそれは、あくまであの子だからであって、決して自分の性癖に包帯プレイが追加されたわけではない。全ての元凶は、目の前のこのオークだ。

こいつが、ミイラなんだから同じミイラの女がタイプなんじゃね?!などと突拍子もないことを言い出したせいだ、うん。俺は決して、変態ではない。

……などという、側から見れば生産性の無いやり取りを経て結論が出たのは、

どうやらザンギリもミイラ男も、生前と好みは大して変わらないということだった。

もっとも、アンデッドになってからも“ムラムラ”が発生するのかは、正直まだわからない。

リブキのような美形の女騎士が目の前にいても、ミイラ男は微動だにしない。

彼に至っては、もう心も身体もカラカラに乾いている。

――おそらく、もう立つことも、流れ出ることもない。

体液どころか、砂しか出てこないのだから。

物理的にも、性的にも、完全に“終わってる”のだ。

...決戦前に語る話題としては最低ランクにくだらない。

だが、“死してなお生きる”とはどういうことなのか。

そんな問いを笑いに変えて話せるのも、ある意味、アンデッドらしい絆なのかもしれなかった。


シグがここにいたら、きっとこう言っただろう。

「おいおい、なんだ、面白そうな話してんじゃねぇか、俺の好みはなぁーーー」と。

……だが今回は、あいつは留守番だ。


まず、人狼化についてだが、シグ自身が「人間の姿に戻ろう」と念じると、すぐに戻ることができた。

アンデッド化の影響なのか、どういう理屈なのか本人にもわからないが――とにかく、今の彼は自在に姿を変えられる。

その人間の姿のまま、彼は宿に残り、交渉ややりとりを担当する“留守番役”となった。

……が、問題はその見た目と中身のギャップだ。

あのオラついた口調とはまるで別人で、

「へ、へぇっ、あっし、シグでして……あの、改めまして、よ、よろしくお願いします……! あぁ、ゴンギさんに、ザンギリさん、そして呪物のミイラさんですよね。記憶はちゃんと共有されております、えぇ、覚えておりますとも……はは、き、昨日自分がやらかした大罪のこともね、この腕と爪に感覚がクッキリ残ってるんですよぉ……あぁ、シーミア……なんで俺は、あんなことをぉおおお……!」

と泣き出してしまったので、一同は完全にお手上げだった。

アンデッド(ワイト)化で中身まで変わるとは思わなかったが、本人いわく「いや、もとからこうなんすよ。キャラが変わるんす」らしい。どうやら、人間の姿になると人格スイッチまで入れ替わる仕様らしい。

そして問題の「人間の時の顔」だが――

あいつ自身、ずっと気にしていたからどんな醜悪な顔が出てくるかと思えば、まぁ、なんというか……うん。


丸い鼻はぷっくりと膨れ、頬はもちっとしていて、目は小さく三日月。

口元もやや前に出ていて、髪の生え際はかなり後退していて、耳も形も左右で大きく違う。

全体的に「子供に殴られまくって崩れた菓子パン」みたいな印象だった。

いや、決して悪人面ではない。ただし「容姿端麗」という言葉とは真逆の方向に全力疾走している。

俺は俺でミイラだし、ザンギリは人間の男の”美”の基準はピンときてないようで、コメントしづらいものではあったが、

ゴンギは一言。「ひどい顔だな、なんだそれは、私は蘇生をちゃんと成功させたハズだが…なぜ顔面がそのように劣化している?...まさか、近くにファラオが居た影響か?それとも、ワイトとして蘇生させるのが久々だったので手順をミスって...」などと、真剣に顎髭を触りながら分析し始めたので、「ひ、ひどいっすょ〜!あるじぃ〜!うぅう」などと、また泣き出しそうになる始末だった。


……他人の見た目をどうこう言うのは良くないとミイラ男は思う。

だが、あいつは昨日、何人か罪のない人を普通にぶっ殺している。

なら、ちょっとくらい言ってもバチは当たらないだろう。

最終的に、なんとか宥めて宿を頼んだ、というわけだ。


「……そろそろかな?」

ユーキがぼそりと言うと、革袋から腕輪のない腕時計のような、金属と水晶でできた魔道具を取り出した。針がカチカチと小さく動いているのが見えた。初見でも一目見て分かった、時計だ。あれもさぞお高いのだろう。

そして俺の脳裏に、ふと古代エジプトの知識がよぎる。


(そういや時計って、エジプトの頃は星の動きで時間を測ってたな……紀元前5000年からそんな知恵あったんだぜ?星空見ながら「今、3時っスね」みたいなノリで。いやまぁ、砂時計や水時計もあったけど……)

思わず独りごちながら、魔道具の針を眺めてしまった。

この世界では、時間を測るのも魔法頼りっぽいが……もしここでもヌビトがルーツなら、ちょっと嬉しいぞ、個人的に。


「うわっ、ワイバーンだ!」

ユキミが突然、空を指さした。

見ると、遠くの霧の上空を、長い首とコウモリのような巨大な翼を持つシルエットが悠然と羽ばたいている。


「ワイバーン……?」

俺が復唱すると、ゴンギが頷いて解説を始める。

「龍に似た魔獣だが、龍とは異なり翼と前肢が一体化している。基本は温厚だが、敵対すれば厄介だな。特に子育ての時期は...。火球を吐くもの、毒の爪を持つもの、音波で攻撃するものなど様々」

なるほど、つまりはコウモリのデカいやつか。討伐難度の高いヤツがうろついているのも、このスウィン渓谷らしい。


「予定通りなら、ベヒーモスがこの辺りを通過するはずだ」

ゴロウスが周囲の霧を見渡しながら言った。

その視線は鋭く、わずかな動きも見逃さぬように細められている。

彼の言葉を合図にしたように、場の空気が凍りつき、霧が酒場のジョッキの泡のように静かに広がっていった。


さて……いよいよか。

ミイラ男は、無意識に自分の心臓に手を当てた。

どうせ干からびてるけどな。

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