第43話「残響の廃都」
セルリアール王国、王都ブラッデインの朝は、生者も亡者も等しく照らす。
朝日が差し込む部屋でもなお、人狼の姿のまま立っているシグを、ゴンギは珍しげに眺めていた。
「……アレ?普通なら、夜が明ければ人に戻るんだけどな。」
本人であるシグですら「なんでだろうな?」と首を傾げるばかりだ。
月光薬を服用した状態でアンデッド化したからか、それとも、単なるゾンビではなく複数の霊体が入り混じった“ワイト”であるせいか。
分析する術はなくとも、結果だけははっきりしている。
人間に戻れば、シグはただの一般人。武術に秀でているわけでもなく、元素術の素質こそあるが、魔法学院で研鑽を積んだわけでもない。下手をすればシチューより非力かもしれない。
だが常時人狼の姿を保ち、疲労を知らぬアンデッドとして膂力を発揮できるのなら――それは間違いなく戦力として頼もしい存在だった。
「ゴンギ! 私だ、リブキだ、迎えに来たぞ。」
凛とした声に、ゴンギはゆっくりと宿の扉を開いた。
狭い廊下にはリブキとユーキが並び、さらにその奥にはゴロウスとユキミの姿がある。
安宿のため二人が横に並ぶのもやっとの通路から、仲間たちはぞろぞろと外へ出ていき、ゴンギも後に続いた。
「リブキよ、ここからは馬車で移動するのか? それとも……まさか元素駆動車を借りるつもりではあるまいな」
「ふふ、生憎そんな贅沢はできないさ。現役の王侯貴族でもない限りは、な。」
かつて貴族の娘であった彼女がそう言うと、皮肉なのか自嘲なのか判じがたい。
元素駆動車――火や風、土などの元素を封じた魔核を動力とし、平地でも山道でも滑るように進む魔導の車両。
冒険者ギルドが貸し出すこともあるが、維持費が莫大なため数は限られ、庶民の旅に用いられることは滅多にない。
「故郷は、ブラッデインからそう遠くはない。だが今は廃墟と化し、街と呼ぶのも憚られる……グリフォン便を使うとしよう。」
「ほう、空路か。だがあれも安くはないぞ? 貸し出す数も限られているはずだが、ここにいる全員分、レンタルするのか?」
「いやぁ、私とゴンギ、ふたりで十分だろう」
「うむ……よかろう。では新居の下見とするか。ただし、ネクロマンサーが一人で行くのは心許ない。シチューだけは共に連れて行くぞ」
グリフォン便は、巨鳥の翼と獅子の体を併せ持つ魔獣グリフォンが、空中を飛翔しながら輸送用の籠を運ぶ移動手段である。
籠は頑丈な魔獣の革と蔦で編まれており、二、三人ほどが腰を下ろせる広さがある。気球に似ているが、浮力ではなく生きた怪物の翼で持ち上げられる点が大きく異なる。
重量制限は厳しく定められているが、体重五、六キロのシチューをひとつ籠に入れる程度なら、咎められることはないだろう。
「マスコット代わリニ連れて行ってモ、敵ニ襲われたラドウするつモりナんダ?」
ミイラ男が思わず口を挟む。
「……長年ネクロマンサーをやっていると、な。アンデッドを一体も連れずに歩くのは落ち着かんのだ。この私の杖にはー13体の霊体が住んでるとはいえ、肉体を持つゾンビやスケルトンを、やはり一体は連れていたい。」
なるほど、クセのようなものか。
現代人が手持ち無沙汰になるとついスマホを触ってしまうように――それがないと落ち着かない、そんなところなのだろう。
ーーー
「残響の廃都」リギュースリー。
かつては十万を超える民が暮らした大街だったが、いまや瓦礫と灰に覆われた無人の廃墟。大地にはなお、災厄の爪痕が濃く刻まれている。
数年に一度、聖職隊が巡礼のごとくこの地を訪れ、鎮魂と浄祓いの儀を行うため、表立った白骨はほとんど残ってはいない。
しかし土を少し掘れば、すぐに眠りきれぬ死者の気配がにじみ出す。
街の中央には「鎮魂の塔」と呼ばれる慰霊碑がそびえ、風を受けると低く唸るように音を響かせ、訪れる者の胸を重くする。
「ギチュウ!チュー!」
元気よく瓦礫の山へ飛び出したシチューは、ゾンビでありながら鼻をクンクンとさせ、主人――ゴンギのほうへ振り返った。
「どうした? チーズでも嗅ぎつけたか、シチューよ……いや、それより。まだ鎮まらぬ魂が、そこらじゅうに漂っておるな」
「そうなのか? ……私には見えぬが」
アンデッドモンスターとしてのゴーストやレイスであれば、一般の目にも映る。あれらは霊体を纏い、半霊半物質の存在だからだ。
だが、生身の魂そのものは、感応の資質を持つ者でなければ視認できない。
彼らは基本的に物質界へ干渉することはなく、死した人間の残滓――残留思念に過ぎない。
アンデッドとなって襲いかかるわけでも、呪いとなって取り憑くわけでもない。死者葬で呼び出すのも、この存在達だ。
「それでも、大半は”あちら側”へ還ったのだろう。被害の規模を思えば、魂の漂う数は少ない方だ。やはりベヒーモス――私が目にしてきた伝説級の魔獣の中でも、ひときわ広範囲を破壊する力に秀でた種だな」
「伝説の魔獣を見たことがあるのか?! というか、ゴンギ。あなたは何者なのだ? たしかギルドでは、えっと...」
「――“ホールドマスターズ”だ。伝説の魔獣は、何度か戦ったし、私の仲間のビーストテイマーが使役したこともある」
「はっ!? 使役……だと!? 伝説の魔獣だぞ!?」
冷静沈着であるはずのリブキの声が裏返る。
何この人……。そこら辺のスライムやら鳥を手懐けた、みたいな感覚で言ってるのか?
ビッグラットの亡者・シチューは、そんな緊迫をよそに、ひげをくしくしといじっているだけだった。
「まぁ、選ばれし強者にとっては、そう珍しいことではない。それより――我が新居となる予定の屋敷はどこにある?」
ベヒーモスと同格の存在を、使役したことすらもあるゴンギ。共に歩むなら、これほど心強い存在はない。
「待っていろ……景色がだいぶ変わってはいるが、案内する。こっちだ」
リブキは多少道に迷いながらも、淡々と先頭を歩いてゆく。
後ろからゴンギとシチューがついてくる。ゴンギは瓦礫に足を取られがちだが、意外にもシチューは軽快に跳ね回るように進んでいた。
目印になるような教会や酒場などは破壊しつくされているが、転々と残った民家も窓は破られ、扉はこじ開けられた痕跡がある。
おそらく、あれはベヒーモスの仕業ではない。あの巨大な四肢で、こんな細部だけを狙って壊すはずがない。
人がいなくなったこの街に、金目の物を求めて彷徨った盗賊たちだろう。
「たぶん、このあたりだ。父よ、祖父よ、今こそ使わせてもらうぞ。解除の呪文は……」
リブキは小さく息を整え、思い出したように静かに詠唱する。
「愛・眼・碌・絆・護・誓!」
――次の瞬間。
二十メートルほど先の空間が、ふっと揺らいだ。
そこに突如として屋敷が姿を現す。透明化が解け、重厚な屋根が現れる。屋根の一部には、例の物体――《ヴェール=オブ=ドラペリア》が無造作にかけられ、風に飛ばぬよう巨大な石で押さえられていた。
「おお……! あれが……!」
ゴンギは、歓喜の声を抑えきれなかった。




