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第42話「ミイラ男ですが、酒場で乾杯してます。」

酒場――「オスウッド亭」。


王都の中心部、石畳の大通りに面した場所にあり、王都内で二番目に広いとされる大箱だ。

重厚な扉をくぐると、すぐに樽が山のように積まれ、天井の梁からは干されたハーブやガーリックがぶら下がっている。

無数のテーブルが整然と並び、中央の巨大な暖炉の周りでは旅人や兵士らしき男たちが酔っ払って笑い、どこかの吟遊詩人が竪琴をつま弾いている。

空気は酒と肉と煙草の匂いが入り混じり、少しむせるほどだ。


そんななか――。

「かんぱい!」


全員が一斉にグラスを掲げる。

どうやら異世界でも、酒を飲む前には乾杯するらしい。

今となってはゴンギに筋肉を移植してもらったおかげで、右手を難なく持ち上げてグラスを掲げることができた。

椅子に腰かけ、一同とグラスの縁をカチリと合わせる。

――ただそれだけの光景なのに、ミイラ男が参加している、というだけで妙にシュールだ。

古代の王が棺から甦り、元の自分と同じくらいの年代の若者達と「かんぱーい!」している。

他の客もチラチラとこちらを見ては、肩をすくめたり、口元を覆って驚愕している。そりゃそうだろう。知性のあるアンデッドが人間と晩酌してるなんて、異世界でも滅多に見ない光景に違いない。

言い出しっぺはアイツだ。人間でありながら、オークのザンギリよりも巨躯の熱血漢、ゴロウス。

「酒の場でしか語れないこともある」とか言い出し、ゴンギも「確かにそうだな」と妙に乗り気だった。

要するに、異世界でも“飲みニケーション”は健在らしい。


シグは、昼間の騒動がある。人狼はそもそも一般的には理性を失って人を襲う魔物だ。

いらぬ誤解を避けるために、外で待機してもらっている。

シチューも入口のガラス越しに、寂しそうな顔でこちらを覗いていたが――すまん、ゾンビとはいえ、酒場に巨大ネズミはどうやらご法度らしい。


「皆さん、いけるクチっすか?! 私も、グイグイ飲むっすよ〜!」

代わりに加わったのは、リブキではない、別の女性冒険者だった。

茶色のミニスカートにショートボブ。腰には短剣と、薬草の瓶をじゃらじゃらと下げている。

半森人ハーフエルフで耳が良く、あの会話を盗み聞きしていた。

そのまま小走りでやって来て、ぽつりと一言。


「私も、その戦いーーーベヒーモス討伐に、同行させてほしいっす!」


名をユキミ・リノーニアと名乗ったとき、冒険者側の元素使い、ユーキがハっとして、すぐに仲間と顔を見合わせた。

「ユキミ・リノーニア……さん。リノーニアって、まさか――」

「そうっす。アタシは、先日壊滅した《紅鳥の加護》のサブリーダー……オニキス・リノーニアの姉っす」

あの瞬間、空気がぴりっと張り詰めた。

思考できるアンデッドたちにとっても、彼女が討伐に加わる理由は明白だった。

「……紅鳥の炎は、まだ完全には消えていなかったのだな。ユキミ、是非ともよろしく頼む。

私はリブキ。“剣に灯る光”のリーダーだ。アンデッドも居るが、快く迎え入れよう。我らには、あの魔獣との深い因縁がある」

「むう……なぜ、もう私が同行する前提なのだ?」

ゴンギの最もなツッコミに、ミイラ男は思わず吹き出した。

――思わぬ経緯でユキミ・リノーニアが一同に加わったが、語るべきことは一つしかない。

そう、ベヒーモスだ。


リブキたち“剣に灯る光”は、地を歩く災厄――超巨大なカバの討伐を目的としていた。

小さき村を守るため。彼ら自身の過去に、決着をつけるため。

だが、その相手は伝説に名を刻む魔獣。格上パーティーすら葬り去ってきた、まさしく悪夢そのものだった。

だからこそ――彼らは目の前の男を仲間に迎えたかった。

元・歴戦のネクロマンサー、ゴンギを。


「人狼を一瞬で仕留めるだけでも大したもんだが……そいつをそのまま配下に組み込んじまうとはな。

そのぶっ飛び具合も、俺たちは評価してるぜ」

ゴロウスの直球な褒め言葉に、ゴンギは片手のグラスを軽く揺らし、フッと口元を歪めた。

「……三十八万か。三十八万シヌ」

低い声で告げられたその数字に、一同は思わず息をのむ。

「プラチナランクの冒険者を一人雇う依頼料は、せいぜい数万シヌといったところだろう。もちろん常に高額報酬が舞い込むわけでもないが……」

ゴンギは淡々と続ける。

「その相場を踏まえても、私ひとりに三十八万。――まったく、破格にもほどがあるな」

「もちろんです、ゴンギさん。惜しみなく支払わせていただきます」

そんな中、場の空気を読まない悪役声が割り込む。

「ナぁ、ユーキ。俺達さ、実ハ金ヨリも……新しい家ガ欲しイんだけド。新居ッテ、どれくらイノ金デ買えるモンなンダ?」

「ひっ!? え、えーっと……」

突然振られたユーキは、背筋をのけぞらせながら必死に頭を回す。

「と、土地にもよりますけど……定住できる場所を探してるんですね?! ざっと八百万シヌあれば、そこそこの家は建てられると思いますが……」

「おい、ファラオよ。勝手に生活事情を暴露するのはやめろ。

……だが、確かに我々は古い森の地下室を棄て、新しい拠点を作ろうと思っている。あそこではザンギリとシグを入れるスペースが無いからな」

ミイラ男はハッとした。

思えば最初は、シチューとゴンギ、そして部屋の隅に転がす程度のスペースしかいらないスケルトンしかいなかった。

だが今では、新たな配下が加わっている。とくにシグはゴロウスよりも巨体だし、この世界のオークというのも、一般的な成人男性よりは大柄だ。

ネクロマンサーの支配力があれば、彼らを外で寝かせることは可能かもしれない。

だが――夜な夜な文句が噴出することは目に見えている。ファラオとしても、怒りに任せた睡眠妨害はされたくないものだ。

何より、知性のないアンデッドならばともかく、あの二人を翌日回収されるゴミのように外に放り出しておくのを日常にするのは、道徳的に考えられるものがある。


「家、か……」

リブキがぽつりと口を開いた。

「もし私の故郷が無事であれば、屋敷をひとつくらい提供できたのだがな。だが先ほど話した通り、あの街はベヒーモスの襲撃で……今はもう人が住んでいな――ん!?」

リブキの声音が急に途切れ、短い息が漏れる。

ミイラ男とゴンギは、思わず視線を合わせた。

――屋敷を「提供できた」とさらりと言ってのけるあたり、やはり彼女はただの冒険者ではない。

なるほど、育ちの良さが漂っていたのも納得だ。

「家なら……俺の居た村にも、使ってない家屋はいくつかあったさ。ベヒーモスを倒した英雄となれば、首長だって喜んでそれらを差し出しただろう。土地も畑もな。もっとも――故郷そのものが、あの獣に踏み潰されて、跡形もなくなっちまったが」


ゴロウスの声音には、かすかな悔しさが滲む。だが十年の歳月がその傷を鈍らせ、今は淡い郷愁とともに口にできるようになっていた。

「僕の実家があるんだけどね。今はおばあちゃんしか住んでなくて、一階のスペースなら丸ごと使ってもらって構わないよ。ただ、王都からはかなり遠いけど」

「おいおいユーキ、いくらなんでも、おばあちゃんと同居はねえだろ」

「あはは、さすがに、アットホームすぎるね。それに考えてみれば、人狼とオークのアンデッドに、ミイラさんも一緒じゃ、少し刺激が強すぎるかも……あれ、どうしたのリブキ? なんか考え込んでない?」

顔をわずかに赤くしたザンギリも、ちらりとリブキの方を見る。

ゾンビになっても酔えるのか? まあ――ミイラ男の身でも、酒はそれなりに染みる。乾いた身体に、じわりと熱が回るのがわかる。肝臓健在のオークゾンビなら、生きてる奴と変わらない感覚で飲めるのかもしれない。

「……もしかすると、屋敷なら提供できるかもしれん」

リブキが低く呟く。一同は驚きの表情を浮かべる。

ただ一人、ゴロウスだけはハッとしたように目を見開いた。

同じくベヒーモスに故郷を滅ぼされた幼馴染だからこそ、かつて交わした言葉から何かを思い出したのだろうか。

「私の故郷――ロアクティールは滅び、跡地にも足を運んだことがある。だが、確か……父が」

脳裏に、父が使っていた魔道具の姿が蘇る。

――【”覆界の絨毯”】(ヴェール=オブ=ドラペリア)。

目玉が飛び出るほど高価な逸品で、所持しているのは強欲なコレクターか、よほどの貴族くらいだろう。

その布は、覆ったものを透明にし、さらに浮遊させて隠匿することができた。


王都ブラッデインの徴税官は、周囲の小さな街からも容赦なく取り立てていた。

正しく納めても、次には新たな名目で課税され、やがて土地も屋敷も没収される。

父はそれを嫌い、屋敷ごと“消す”道を選んだのだ。


「つまり……屋敷そのものが、まだどこかに隠れて浮いてるってことっすか!?」

「……そういうことだ」

酔ったユキミの質問に返されたのは、揺るがぬ岩のように重い声。

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