第44話「対になる伝説の魔獣」
「待っテる間、ヒマだナ」
ミイラ男は、両手を頭の後ろで組みながら、宿の中庭でぶっきらぼうに放った。
「おい、ならよぉ。自由行動しちまうか?! ゴンギのヤローも見てねぇし、少額なら金は持ってる。生前から蓄えてたやつだ。
商店でうまいモン食ってもいいし……ちと外れに行きゃ、少し“大人な店”もあんだよなぁ」
「おっ!シグさん! 人狼の割に遊び人っすね!」
ユキミは目を細め、にやりと笑って突っ込む。
「てかアンデッドがそういう店に行ってどうするんすか? ゾンビ娘とか、レイス娘とか? 趣味がディープすぎるっすよ!」
場が少し和んだところで、ゴロウスが腕を組んで低く唸る。
「なぁオイ、アンタは昨日騒ぎを起こした人狼だぜ? ぶらぶら出歩くのはマジでやめたほうがいい」
「僕もゴロウスに賛成」
ユーキは肩をすくめつつ、口角を上げて皮肉を足す。
「でも――人狼に留守番をさせて、僕らで出歩くっていうのはアリかもね」
「なにぃ?……おいおい、これから共に神話のカバと戦おうってのに、冷たい生者たちだこと。な、嬢ちゃん」
「はいっ! でもゴロウスさんの言ってることは正しいと思うっす! 人狼さん、この昼間でもその格好ですし、あんまり人目につく場所はやめたほうがいいと思うっすよ!」
「まぁ……それは確かにそうかもしれねぇな」
シグはしぶしぶ頭を掻き、観念したように言った。昨日の今日で、民に弁解してくれるゴンギも今は居ないのだから。
ザンギリといい、シグといい――ゴンギは死人を復活させるのがやけに早い。
腐敗や損壊がほとんど進む前に蘇らせてしまうから、シグだってザンギリだって、パッと見では生きてる状態と区別がつかない。
人間なら肌の色や目の濁りで「ああゾンビだ」と気づけるが、オークや人狼となると異種族だし、人間の街では正直、骨が剥き出しとか頭皮がズル剥けとかじゃない限り見分けは難しい。地下室じゃそんな自分のことを、奴が得意げに語っていたのを思い出す。
――「蘇生のタイミングこそが、ネクロマンサーの腕を分けるのだぞ」ってな。
ファラオの復活は、二千年以上も経ってからだったけどな。
「そうイヤ、ベヒーモスって、伝説の魔獣ダなんダ言われてケドさ、”リヴァイアサン”とハ何か関係ガあンノか?」
乾いた特級呪物――ミイラ男が、酒場での三人に声を投げる。墓場での二人ではない、生きてる冒険者たちにだ。
彼は地下室にいたとき、ゴンギから「ファラオの遺体を盗んだ経緯」を聞かされていた。
雇った学者の仲間や盗掘者と共に遺跡から逃げ、
帰路の船で、巨大な海竜に襲われ――仲間もろとも、ファラオの遺宝である黄金の冠を海の底に沈めたのだ。
その海竜の名が――リヴァイアサン。
(そうか、あの“仰々しい言い方”……これのことだったのか)とミイラ男は、今朝宿の庭で目覚めた後に思い出したのだ。
「この辺りの陸地を支配するのがベヒーモス。なら、海を支配するのはリヴァイアサンです」
ユーキが解説を差し込む。
今日は珍しく「ひっ」と飛び退く気配もない。
物理的な距離は相変わらず妙に遠いが――それでも、一緒に酒を酌み交わした仲だ。
テレビで特集されるような“観たら死ぬ系呪物”にでも、少しは耐性がついたのかもしれない。
「リヴァイアサンは巨大な海蛇のような海竜で、全長はベヒーモスのおよそ3倍。口からは津波のような水流を吐き出し、掌ほどもある鱗は魔法も矢も弾き返す。さらに魔魚や魔蛇を操る能力を持つ――あのカバと対になる魔獣ですね。……ミイラさんは、ご存じなかったんですか?」
「って、ユーキさん! そのリヴァイアサン、もう死んでるっすよね?少し前にニュースになってたっす」
ユキミが驚いたように口を挟む。
「そうでごわす。オークの村にすら報せが届いておったでごわすよ。だがファラオどん……あんた、リヴァイアサンを知っておったでごわすか?あんな伝説級の化け物が死ぬって、一体誰の仕業でごわすか...」
「……?」
ミイラ男は、まるで豆鉄砲をくらった鳩のように困惑する。
異界出身だから情報がズレている――そんな単純な話ではない。死んだとか
「ゴンギは言っテたゾ」
乾いた声でミイラ男が口を開く。
「確かに船を襲ったのはリヴァイアサンだッテ。しかも、それが何ヶ月か前ッテ。アイツの仲間にはビーストテイマーがいタ。魔獣には詳しかったはずだカら、間違いじゃないと思うガ……」
「確かに、大きな海竜系の魔獣といえば、他にもシーサーペントや大海蛇なんかが居ますけど、ゴンギさんなら倒せちゃいそうですしね。」
「んん? じゃあ死ぬ直前に襲われたのか? そりゃ悪運だぜ」
ゴロウスが眉をひそめる。
「確か二ヶ月前だ。ヌビト近郊の海域で死骸が浮いてるのをギルドが発見した。討伐跡もなく、寿命なんてあるはずもない伝説の魔獣が、突然死んでたんだ。しばらく街中が大騒ぎだったぜ」
――二ヶ月前。
ミイラ男は息を飲む。
ヌビト、海域、突然死――。
ゴロウスの口からヌビトの名が出るだけで、胸の奥が妙な熱で満たされた。
ゴンギが地下室で語っていたあの光景を、嫌でも思い出してしまう。
船で運んだファラオの冠は、あの時、魔獣に襲われて海に落としたのだと。
悔しさと無力感でどうにかなりそうだった記憶が、再び喉元にこみ上げてくる。
――今は、そんな感傷に浸ってる場合じゃない。
「二ヶ月前……ダと……? そウ、そのくらいの時期だト、ゴンギも言っテいた。このファラオの亡骸を運んでいタ最中に……ト」
ミイラ男の乾ききった脳裏に、ひとつの可能性がよぎる。
息を飲むように、恐る恐る口にする。
「もしカして、ソれ、リヴァイアサンを殺したノは…俺カもしれナイ。」
一同が何を言っているんだ?という目でこちらを見る。
酒場で、ゴンギの口からこの体に宿る「呪い」の話はある程度共有されてはいた。
そして、物心がついた時からミイラ男の頭部には少し凹みがあった。
ゴンギの話によると、リヴァイアサンに襲われた際に棺が大きく船の上で揺さぶられ、ガンっとぶつかり、棺も少し損傷。この遺体にもこのように外的ダメージが残ったという。
つまりは、地下室で金目のモノを漁ろうとして、ミイラボディを意図せず傷つけてしまい、今はゴンギのスケルトン兵となってしまった侵入者と同じ現象が、あの伝説の魔獣にまで及んでしまったのでは――?
「あんだって?!」
「ミイラさん!それって...!」
「マジっすか!ヤバいっす!」
「……つ、つまり、でごわす!」
ゴロウスが、ユーキが、ユキミが、驚愕の色を隠せないまま、睨むように見据える。
ザンギリは特に、己がこの呪いを身で受けたからか、一層震えていた気がする。
彼らの反応こそが、その可能性の高さを物語っていた。
呪いのミイラ男。
気づかぬうちに、伝説の魔獣を一体葬っていた模様。
そっと頭の左側に手を当てる。
――やっぱり、凹んでいる。
じわじわと怒りがぶり返すが、もう死んでいるのなら……恨みはすでに晴れたのかもしれない。
「ウソみてぇな話だが……俺みてぇに人間が人狼になったり……“呪い”ってやつは、理屈じゃ説明できねぇ現象が多い。あのリヴァイアサンに、魔法や武器の痕跡が一切なかったのは事実だ。だから尚更、街中がひっくり返るほどの騒ぎになってた。」
「元素系の魔法でも不可能ですね。外傷なく伝説級を討つなど……アンデッドなら聖術で外傷無く消すことも可能ですが、伝説の魔獣に対してそんな技が使えるなら、もはや神話級でしょう。とすれば”呪力”、どちらにせよそれが事実なら、後世に語られるレベルだ」
ユーキは興奮気味に続け、ゴロウスへ話を振る。
「僕ら、ギルドの食堂で議論したよね!リヴァイアサンは呪いで死んだんじゃないかって!」
「あぁ。外からも内からも傷ひとつ無し。寿命でも討伐でもない。だから街は大騒ぎだった。……だが、そんな怪物じみた呪術師に心当たりが、誰にも無かったんだ」
ゴロウスが低く答える。
沈黙。
一同は、ミイラ男を「頼もしい」と思うと同時に――無言で距離を三、四倍ほどあけたのは言うまでもない。




