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第39話「闇夜に交じる」

「さぁ、もうすっかり深い夜だ。そろそろ宿に戻らねばな、お前達。」

「深いというか、もはや真夜中でごわすよ? ゴンギどん。」

「そうだな……大変だったのだぞ? シグよ。あれから被害者達の遺族に魂を引き渡し、シーミアの叔父とも”風話ふうわ”でようやく連絡を取ったのだからな。」


風話ふうわ。風の元素を媒介として声を運ぶ技術。

熟練の術者であれば、直接声を風に乗せて十数里(数十km)先まで届かせることができる。

ただし、山岳や嵐といった風の乱れる環境下では音が歪み、途切れることも多い。


この術に特化した魔道具――「風話水晶」や「語風の指輪」と呼ばれる品を用いれば、術者の力量に関わらず安定した通信が可能となり、200kmを越える距離を隔てた者同士でも会話できると伝えられている。

もっとも、同時に複数人と話すことは難しく、基本は一対一。軍や商会では重宝されるが、その分希少で高価である。



「だーっ! わぁーったって! だからよぉ、その分これから働けばいいんだろ。命令に従えばいいんだろ? やってやるよ。どうせ俺ァ、人間からも太陽からも切り離された身だ。」

「ふむ……まぁ、そういうことだな。」

「悪い思い出しかねえこの身が朽ちるならそれはそれで本望だ。だが、てめぇが先に寿命で死んで、干からびた顔を拝めるなら、それはそれで最高に爽快だ。」

「ほう……口の利き方には気をつけることだな。二度目の死は、さらに惨いぞ?」

「言ってくれるじゃねーか、あるじ様よォ。」

「オい、あんマりバチバチに喧嘩するナって……シンプルに不穏だかラ。」


ゴンギとシグの応酬が、夜の王都に冷たく反響する。


だがその裏で、噂はすでに広がりつつあった。

人狼の行いは確かに最悪の殺戮だったが、その後始末を果たしたネクロマンサーの「死者葬」には、人々の関心が集まっていた。

明日以降、客が押し寄せてもおかしくはない。


――そうなれば、ゴンギにもようやくまともな家が手に入り、自分にも小さな個室くらいは与えられるかもしれない。

ミイラ男は乾いた脳髄で、淡い空想を膨らませる。


「ファラオよ、そう甘くはないのだ、商売というものは。」

考えを見抜いたのか、それとも同じ夢を描いていたのか、ゴンギが諭すように言った。

「確かに、我らは良い印象を町民達に与えた。だがそれはあくまで人狼退治の功績であって、もともと需要の少ない死者葬に、明日から客が爆増するとは限らん。」

……やっぱり考えていることは同じか。


「デもサ、絶対に顔とか覚エラれただろ。他の死者葬屋よりも絶対に……あっ!」

ファラオは思わず声を上げた。ライバルの死者葬を意識するより前に、そもそも人が死なねば成り立たぬ商売ではないか。

戦乱のように大量の死者が出れば引っ張りだこかもしれないが、そんな緊迫した状況で「死者と語りたい」と望む者は少ないだろう。

やはり、需要は限られているのだ。


「そうでごわすよ!! おいどんも似たような物々交換をやってたことがあるでごわすが、商売いうのはいろいろ考えることが多いでごわす!」

ザンギリが唐突に合いの手を入れる。

「アッシの村じゃビッグラットの肉は最初バカ売れでごわした。だが供給しすぎて皆”もう飽きた”ってなって、今度はパイナップルが流行ったでごわす!」


「ギ、ギチュー……!」

話を聞いていたシチューがまた小さく震える。

ファラオはそっと包帯の手で小刻みに揺れる忠臣(チューしん)の背中を撫でた。


「大丈夫だ、シチュー。お前ノ肉は誰も食ワネぇよ。少なクトも、俺タちハな。」


亡者の会話に、夜風がひゅうと吹き抜ける。

少し離れたレンガの壁から、影が這い出す。


「…一応、落ち着いたようだよ。じゃあ、行こうか。二人とも。」


そんな様子を、魔道具――暗視鏡(ミッドナイトアイ)で見守っていた冒険者のひとり、ユーキが仲間に合図を送った。

安物で片眼しか映せない代物だが、暗がりを覗くには十分だった。


無言で頷いたゴロウスが一歩前へ。リブキがその中央に立ち、ユーキも並ぶ。三人はネクロマンサーたちの元へ歩み出す。


「はじめまして。」


突如、見覚えのない女騎士に声をかけられ、ネクロマンサーはぎょっと振り返った。


「んん?…騎士の知り合いは居ないが、誰だ?こんな夜更けに。 もしかして、死者の遺族か?」

「冒険者じゃねえのか? 今さら俺を討伐しにきたか?」

シグもじぃっと、騎士とその横に立つ二人の男を観察する。


「だがよ――ハハッ。俺ァもう、とっくに討伐されちまってんだ。 見ての通りのアンデッド。 他を当たってくれ、な。」


冗談めかして言ったその言葉は、乾いた笑いと共に夜気に溶けた。冗談なのか自嘲なのか、聞く者には判別しがたい。

そんな軽口を受け流し、細身の男が一歩前へ出て言葉を紡ぐ。


「コホン…えっと、僕らは冒険者チーム“剣に灯る光”。僕が一応、副リーダーのユーキ。彼女がリブキ。 デカいのがゴロウスです。」


それはまるで、何度も口に出して練習してきたかのような、淀みない名乗りだった。


「オぉ…! すゲぇ、映画とカに出てきそウな、立派な武器!」

ミイラ男は、現世ではコスプレや映画でしか目にしなかったような冒険者の装備に、思わず興味を惹かれ、一歩踏み出した。

ギルドでは不気味がられ、ゴンギの冒険者資格剥奪もあって、今までゆっくり眺める余裕もなかった異世界の戦士の装備。


「ウッ!オイオイ…」

咄嗟にゴロウスが盾と斧へ手を伸ばす。

しかし、ユーキがすぐに「落ち着け」と手で制した。

「悪ィ、つい。 どうもあのミイラ野郎、苦手でな…。 近づかれるだけ、寿命が減る気がする。」

「それはわかるけど、ゴロウス…。 ここでネクロマンサーからの印象を下げすぎると、終わりだ。」


小声で話しているが、この乾いたボディは存外よく聞こえる。

…人狼アンデッドよりも、俺のほうが怖がられてんのか? やっぱり、呪物特有の“ヤベぇオーラ”って、全人類共通で察知できるのかなぁ…

いくらなんでも、生きてる連中から“怪異認定”の視線を浴び続けるのはまだ慣れねぇよ。

心まで干からびるっつーの。

(――あ、もう干からびてたわ。)


そんな空気を切り裂くように、女騎士――リブキが問う。

「“死者葬”をやっていたな。見物させてもらった。私達は、その死者葬を依頼したい。 ただし、少し特殊なものだ。」


「…ほう? 遺族ではないのか。見物?なんのために? いつから覗いていた?」

「えっと…最初から、です。ギルドを出た時から――」


「何?」

鋭い警戒の視線を投げるゴンギ。

それを察したゴロウスが慌てて言葉を被せる。


「おいユーキ!全部正直にぶっちゃけるやつがあるか! えーっとまあ、その、アンタらの実力を見込んでっつー話でな!」

「実力?…ギルドにいた時には、死者葬の話など一度もしていなかったはずだが」


ザンギリがうんうんとうなずき、ゴロウスは「ヤッベ」と小声で舌打ちしつつ仲間に目をやる。余計ややこしくしてしまった。


「いや、あの…」

ユーキは必死に次の言葉を探し、ゴロウスは焦り、どうにも不器用な空気が漂う。

その時、リブキが突如声を張り上げた。


「もう一度言う!依頼をしたい! 三十八万シヌを出す!! ネクロマンサー、引き受けてくれるか!」


その声は夜の石壁に反響し、中空に響き渡る。


「えっ…もう金額!? 早くない!? 切り出すの早すぎでしょ、リブキ!」

「う、うるさい! お前たちがそんな調子だから、こうするしかないのだ!」


ユーキのツッコミに、少し頬を赤らめて言い返すリブキ。

当のネクロマンサーは――ぽかんと口を開けたまま硬直していた。


隣に立つアンデッドたちも、表情は読めぬはずだが…空気が一瞬止まった気がする。

ただひとり、人狼のアンデッドだけは頭をかきながらぼそり。

「…三十八万だぁ? ……クッソ大金じゃねェか。」

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