第38話「ミイラ男に新たな後輩」
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魂の状態にあるはずの身に、時間の感覚など存在しない。
それでも不意に、意識が渦を巻くように浮上し――重力に引き戻される。
虚無から現へ、暗闇から肉体へ。
己が形を取り戻す感覚に、シグは狼狽した。
気がつけば夜空の下。
レンガの屋根瓦の下、夜気の冷たさが毛皮を撫でる。
人狼の眼は、夜の闇すら明瞭に映る。
見慣れた街並み。醜さゆえに嘲笑われた、あの故郷・王都。
露天街ではない。少し離れた、路地裏。
「……あれ? なんで……俺は、生きてる? あれ……?」
かすれた声で呟き、シグは自らの爪を見つめる。
「目覚めたか、我が眷属のアンデッド――ウルフワイトよ」
冷酷な声に振り返れば、月影に立つローブの男。
その刺すような双眸と、無造作な短髪には覚えがある。
「…てめぇ……俺を殺したネクロマンサー……。
なるほど、今度は俺をアンデッドにして……死ぬまでコキ使う気ってか?」
「ふむ、半分は正解だ。 だが勘違いするな。こうなったのは――そもそもお前自身の業だ。
お前に殺された者どもの魂を弔ったのも、この私だ。尻拭いをしてやっただけのこと」
「チッ……だとしても、敵に敗れて従わされるなんざ……変な気分だな」
爪を構えようとする意識が一瞬よぎる。
だが、瞬時にそれは霧のように消えた。 もはやこの男は敵ではない。
本能が、直感が、魂が告げていた。
目の前に立つのは主人であり、支配者。
「そうだゾ!」
横から割り込む、不気味な声。
振り向けば、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた異様な存在。
呪物のような影が、まるで人間のように腕を組み、得意げに喋っている。
「……なんだこれは……? これも……アンデッドなのか?」
「そうさ。まぁ、すぐ慣れるだろう」
「さすがゴンギどん!
アンデッドの心を掴んでトリコにするのが、うまいうまい!」
声の主は、筋骨隆々の毛むくじゃら。
赤い光を帯びた双眼をギラつかせるオーク。
だが、ただのオークではないと直感した。
死臭を纏い、同じ「向こう側」の気配を放っている。
――コイツもまた、アンデッド。
「……ザンギリよ、馬鹿にしてないか? 本心か?」
「モチロン本心でごわす! アッシ、本心しか言えない性分でごわす。 こんなふうにアンデッドになっても!」
返答と共にオークの瞳が妖しく光る。
「シーミア…」
そんな奇妙な一団とのやり取りの最中、ふと口にだす。
「案ずるな。シーミアとその父の魂は、叔父が後日引き取るそうだ。先ほど、牧師に魂を剥離させ渡してきた。」
「本当か!? それならよかった。あいつらだけでも、安らかに眠ってほしい…」
「ほう…興味深いな、どういう心の変わりようだ?」
「意識だけの時のこたぁ、正直よく覚えてねえんだ。 けど、俺はあの娘に許されたと思う。 父親のほうは、どうだか、自信はイマイチねえけどな。」
「なんデ、そう思ウんダ?」
ミイラ男が割って入り聞く。不気味な見た目だが、意外と親身だ。
「わかんねーよ、なんとなくだ。 …バカだよな、本当に、俺ァ。 最後に一言、受け入れてほしかった。 ウソでも好きって言ってほしかった。 あの娘は、優しかった。俺が会った人間の中で一番…な。 そんな女に最後まで拒絶されんのが、怖かった、世界に否定される気がして。
…他にやり方は、あったはずなのにな。 情けねえなぁ。」
かすかに己の腕に残る、彼女を絞殺した感覚を思い出し、後悔の念に駆られる。
「ほう…? ”意識だけのこと”と今言ったな、魂の状態で、シーミアと意思の疎通をしたということか?」
ゴンギが、やたら興味深そうにシグに近づく。アンデッドや悪魔について、この世界でわかっていることは全てではない。
特に、霊体や魂といった非実体の話となると、客観性のある実験結果などがまだなく、熟練のネクロマンサーである彼にも知らないことが多かった。
「オ、オウ。 だから、なんとなくそんな感じがするってぇーだーけーよ。」
「そうか、まぁ、これから長く共にする身だ。 ジックリと聞かせてもらおう、ウルフワイトよ。」
「一応、俺の名前はシグっていう。この名前をつけた両親のことなんざ好きじゃねえから、その…ワイトとかいう呼び方でも構わんが」
「じゃあ、おいどんはシグどんって呼ぶでごわすよ!」
「ウルフワイトは、職業名みたイなモんだロ。 ナらシグ、よろシくな!」
「ギチュー!」
今度はビッグラットか…。しかし、なんだってコイツらは、死んでるのにこんなに愉快なノリで…バカみたいなやつらだ。
最終的には確かに彼女と心が通じ合った、そんな確信がある。 こんな救いようのないモンスターにでも、心を開いてくれようとした。
なら、それに応えてやるのも、悪くない。 もし自分のように、醜さから迫害されているヤツがいるなら、そいつを助けてやってもいい。 そんなヤツを理解してやれるのは、生まれてからずっと蔑まれた俺くらいだろう。 悪い意味で元の容姿なら、誰にも負けるつもりはない。
「……今までの償いとして、気色悪いネクロマンサーの元でタダ働きか。 悪く無いかもな、こういう余生も」
小さくつぶやくと、死者たちが一斉に振り向いた。
「今、少し笑ったでごわす!? シグどん、いよいよ打ち解けてきたでごわすな!」
「償いとカ言ウなヨ! 俺たち全員、罪人ミタいじゃネーか!
あとコイツ、かなリ俺達に無茶さセるかラ、気をつケろよ!」
「人聞きの悪いことを言うのはよしてもらおうか、ファラオよ?」
「ギチュー!」
いつのまにか、ビッグラットも居る。
「うるせぇ…! 調子に乗るな!」
そう言いつつも、口元は否応なく緩んでいた。
死んでなお、仲間と呼べる存在を得られるとは思いもしなかった――。
孤独と絶望しか知らなかった人狼の心には、ほんの少しの未来が生まれた。




