第36話「ワイト」
ワイト――元は王族の亡骸に、複数の悪霊が巣食った存在。
その素体が持つ生来のカリスマ性や聖素を操り、国を支配しようとするアンデッドだ。
「オオアアアアァ…ウッ…グアア!」
目の前で苦しげに咆哮するウルフワイト。
「ほう、アンデッドになりたての割には、かなり威勢がいいな。」
両手で頭を抱え、地面をのたうち回る。
「ふむ……魂を六つも詰め込まれれば、こうも不安定になるか」
蘇生主の口調は冷ややかな分析に終始している。
その時――
遠く、露天街の奥まった路地の方から、
「はぁっ…はぁっ……くそっ、妻が……死んで…!」
荒い息を吐きながら、野菜売りの男が駆け込んできた。
人狼に切り裂かれ倒れている中年女性のもとへ膝をつき、声を詰まらせる。
「人狼は私が殺した。……被害者の身内だな?」
「おお、あなたが……なるほど、やはり強いネクロマンサーだ。
ええ……私の妻です」
男は涙をぬぐいながら、ゴンギの問いに答えた。
「そうか。魂が霊喰いに堕ちぬよう、一時的に霊体として蘇らせたが……身内ならば少し待て」
ゴンギは低く呟き、ネクティル・フォルマではない術式を紡ぎ出す。
「今から使うのは、霊剥ぎの中級ネクロマンシー。」
「ネクロマン...なんて?」「死霊術だ。」
「えっ?!あ、っはい。 妻は、助かるのでしょうか…?」
「案ずるな。 たぶん、大丈夫だ。」
「たぶんって…」
「今まで2回しか実践したことがない。 なぁに、古代のファラオを復活させるために、独自に蘇生術式を組むよりは、ずっと簡単なことだ。 退いてろ」
呪文めいた言葉を口の奥で転がしながら、人狼の胸元に指先を添える。
すると、その指先から小さな光球がふわりと浮かび、胸から抜け出した。
彼はすかさずそれを小瓶へと封じ込め、男に差し出す。
「これで間違いないな?」
瓶の中には、かすかに女性の面影が揺らめいている。
年の頃は二十代後半か、髪をきちんとまとめ、頬には年相応の皺。
「あぁ……ミモア……間違いありません。私の妻です」
「では持って行け。……適切な供養を頼む」
「はい……これから教会へ向かいます。ネクロマンサーさん、本当に……ありがとう。 遺体は…」
男が妻の亡骸の足を持って運ぼうとすると、ゴンギが眷属へと声をかける。
「ザンギリ! 力仕事だ。手伝ってやれ。」
「了解でごわす!」
男は涙を拭い、ザンギリと共に遺体を運んでいく。
――かっこいいな。
ミイラ男は、ゴンギの職務を全うする姿に、思わず感心してしまった。
同じように、別の者の遺族が現れては、ゴンギが瓶に移した魂を受け取っていく。
「……これで三人分になったか」
瓶の中には、三つの魂が収められていた。
人狼の元の魂――シグ。
彼に恋され、そして殺された女、シーミア。
そして、その父親の魂。
三者の想いは絡み合い、今や「ウルフワイト」として一つの姿に結びついてなお存在している。
「……さっきの会話で、女と喉を裂かれた男は親子だと言っていたな。
となると、その男の妻――つまり女の母親が、やがて現れるかもしれん」
ゴンギがぽつりと漏らすと、横合いからぶっきらぼうな声が飛んだ。
「たぶん、それはないと思うぞ」
「……ふむ? お前は誰だ」
振り向けば、魚屋の帽子を被ったオヤジが立っていた。
つい先ほどまで、ポーション屋の隣で店を広げていた男だ。
騒動の最中には、店先に立てかけていた長柄の掃除道具――モップめいた棒で人狼に立ち向かおうとした豪胆さを見せていた。
「俺は魚屋だ。殺されたのはシーミアだろう? あの子は本当にいい子でな。父親の手伝いをいつもしていたが、たまに俺にも話してくれたよ。
母親は十年以上も前に魔獣に襲われて死んだってな。だから、家族はあの父親だけだったんだ」
そこでオヤジは唇を噛み、吐き捨てるように言った。
「……まったく、あのゴミクズ野郎――っと、口が悪ぃな。シグとか言ったか? 最低の糞狼だよ」
ゴンギは軽く目を伏せて頷く。
面倒だな、と内心で思う。
もし親族が生き残っていれば魂を引き渡す手もあった。
だが供養する者がいない以上、このウルフワイトは当面、自らの支配下に置いて使役するしかない。
当のウルフワイトは、アンデッドでありながら膝をつき、ぐったりと動きを止めていた。
露天街を荒らした怪物が再び蘇ったと知り、最初こそ人々の顔は恐怖に染まっていた。
だが、先ほどの魂のやりとりと、ネクロマンサー流の丁重な弔いを目の当たりにし、表情は徐々に和らぎつつある。
「……まぁいい。デモンストレーションとしては上出来だな」
ゴンギはぼそりと呟き、傍らに控えるミイラ男とシチューへと静かに視線を送った。




