第30話「虫食いリビングデッド」
柔らかな朝日が、王都ブラッデインの石畳に斜めの光を落としていた。
塔の先端に備えられた鐘楼からは、時を刻む低い鐘の音が響き、衛兵たちの点呼の声、商人たちの荷車を引く音が街の静けさを徐々に溶かしていく。
そんな王都の朝は、彼ら三人の若き冒険者達が抱える緊迫した思考とは裏腹に、穏やかで整然とした日常として幕を開ける。
高く幾重にも築かれた城壁と、その内側に段状に広がる街並み。
中央にそびえる王城は、白く磨かれた塔を空に突き立てており、朝の光を受けて輝くその姿は、遠く郊外の野からも望めるほどだった。
その王城の麓――
そのふもとにある冒険者ギルドにも、ぽつぽつと人の出入りが始まりつつあった。
受付横の掲示板には、羊皮紙に記された依頼が規則正しく並び、わずかな風に紙同士が擦れ合う音がかすかに鳴る。
「薬草の材料採集――指定は北の森」「巨大蜥蜴の討伐および捕獲」「旧王都跡に現れた幽霊達の調査」「隣町への貴族の護送依頼」などなど。
軽い仕事から危険なものまで幅広く、だがどれも報酬は妙に“現実的”。
生きるため、何かを守るため、あるいは誇りや意地のため、冒険者たちはそれでも挑む。
この街では日々、生と死の境界線が、無言で張り替えられている。
そんな掲示板のすぐそば、三人の冒険者が向かい合っていた。
「でも、もう……それしか方法はないと思うよ!」
そう口火を切ったのは、魔術師――ユーキ。
わずかに早口で、しかし言葉は明瞭だった。
喉奥に感情を詰まらせるような声が、静かな朝の空間に鋭く差し込む。
「……目的は、あの村を守ることなんだよね?
どうせやるなら、1%でも可能性のある道を選びたい。
希望は薄いけど、今日一日、雰囲気ありそうな人に声かけまくってみないかい?」
焦燥と決意、そして諦めきれない願いが、その細い肩を震わせていた。
興奮のあまり顔の筋肉が引きつり、目元が歪む。
この表情が出たときのユーキは、いつだって真剣だ。
その言葉は、目の前の女騎士――リブキに向けられている。
銀色の鎧に包まれたその姿は、凛として動かない。
腰まで届く金髪が、窓から差し込む陽に柔らかく照らされ、朝の光の中でかすかに揺れていた。
「無茶だ……今から仲間を集めるなど、そんな……」
リブキの声は低く、どこまでも冷静に響いた。けれどその奥には、言葉では覆いきれない苦しみが滲んでいた。
あの村娘の言葉――ベヒーモスが通過するはずの小さな村。
もし今、何か行動を起こさなければ。そこには確実に“終わり”が訪れる。
「出立は、当日の早朝。それで十分間に合うはずだろ。 今日を含めれば、まだ二日ある」
ゴロウスが口を開いた。
腕を組んだまま、大地に根を張るように動かないその巨体が、わずかにユーキのほうへ傾いた。
「……それにな。ギルドが今朝公開した進行ルートを見る限り、ヤツの歩みは少し遅れてるみてーだ。
原因は不明だが、ぬかるみか、他に何かあるのか知らねえが……とにかく、“若干の余裕”はある。
ギリギリの話だがな」
その声音は、祈りというよりは、現実の中に縋るための根拠をひとつずつ拾い集めているようだ。
希望に縋るのではない。現実を見据えた上で、糸をつなぎとめている。
リブキは言葉を返さず、ただ掲示板の一角に目を向ける。
『【禁域】討伐任務:一時停止中』
そこに記された文字は、壊滅したAランクパーティー・“紅鳥の加護”の名残だった。
あの衝撃がギルド全体を、そして王都を震わせたのだ。
その現実の中で、たった三人で命を懸ける。
それは無謀だ。けれど、誰かがやらねばならないのなら。
「……もし、“何か”が変わるなら…いや、変えられるなら」
ぽつりと、リブキがつぶやいた。
その顔には依然として険しさが残っていたが、同時にどこか、静かな安心感も灯っていた。
ゴロウスも、ユーキも。結局のところ、この二人は最後まで戦ってくれる。命を賭して。
ならば――私も応えなければならない。
「もし、一人でも……戦える者が現れるのなら……」
最後まで言い切ることはなかった。
けれど、二人には十分に伝わった。
「じゃあ、決まりだな」
ゴロウスが大きな背を掲示板に向ける。
ギルドの扉の方を向き直りながら、呟くように言った。
「雰囲気を持ってるヤツ……か。言ってみれば、変わり者とか、頭のネジが外れてるとか……」
「ちょっと待って、それフォローになってないよね……?」
ユーキが半笑いで返す。
「でも、そういう連中が、歴史を変えたりするもんさ。…だよなぁ? リブキ。」
リブキは視線を掲示板から外し、朝の光が差し込むギルドの出入り口を見つめる。
人影がいくつか通り過ぎ、依頼を手に取っては去っていく。
その中に――まだ見ぬ誰かが、いるのかもしれない。
この日この場所で、奇跡の種が蒔かれるのかもしれない。
「あぁ、そうかもしれない。」
リブキが言った。
背筋を伸ばし、銀の鎧がわずかに音を立てる。
「きっと、誰か現れる。 ……あの化け物の通過で起こる悲劇から、村を救う。」
その表情は、かすかな光を宿したように明るい。
「うん」
「おう!」
三人の声が交差する。
それは、死地に赴く者の諦念ではなく、
たとえ薄氷の上でも、最後まで歩みを止めず、運命に楔を打ち込もうとする者たちの、静かな決意だ。
それぞれの一日が、静かに始まっていた。
* * *
いやもう、昨夜から今朝にかけての出来事は、全体的に困惑の連続で──
まさかこんなスタートになるとは思わなかった。
まず昨晩。
ミイラとザンギリ(ゾンビ)、シチュー(ネズミ、ゾンビ)という“鮮度の悪い三点盛り”が、
裏庭の石畳で、収集直前の燃えるゴミ袋のように身を寄せ合いながら一夜を明かした。
……本当はシチューは寝る必要なんてないんだけど、さすがに夜中に他人の敷地を縦横無尽に駆け回られるのはまずい。
だから抱きかかえて、落ち着かせてやった。
裏庭には先住民、ファンシーな魔獣――<カーバンクル>ーーゴンギが言ってた、
ビーストテイマーの使役獣、リスかウサギのような、尻尾がもこもこした魔獣、
シチューよりもやや小柄なソレが、うたた寝してたんだけど、
アンデッドたちの姿を見た瞬間に、「ひっ!?」って顔して石垣にジャンプして避難。
完全に「不審者に遭遇した地域猫」状態。
……ほんと、ごめんな。
そんなのは、まだ朝メシ前レベル。
朝、最初に起きたのはシチュー。
「ギィィーー!!」と鳴きながら、空中の何かに飛びかかったり、噛みつこうとしてて。
……何かいるのか?
寝ぼけてる?夢は見ないハズ、アンデッドだから。
てか、ゾンビネズミの見る夢ってなんなんだよ。美味しそうな配線でも出てくるのか?
で、俺も起きて──寝相は完璧よ?
ちゃんと胸の上で両手をクロスして、石壁にもたれかかりながら安らかな寝顔。
ファラオとしての品格、そういうところで差をつけたい。
……で、朝の日差しを優雅に浴びてたらさ、
隣でグースカ寝てたザンギリが、もう、ひどかった。
ハエ。
びっしり。
まじで、「新たに出土した地下神殿に集まる太陽信仰の司祭たち」ってレベルで、ザンギリに群がってた。
いや、どこの信仰対象になってんだよ!怖すぎだろ。
思わずガチで二度見したあと「え、えっ、あっ…そういえば俺達死体だったわー」って、
冷静に納得して。
後からゴンギが解説してくれたんだけどさ。
「寝てる間のアンデッドは、冥力の循環が弱まって、虫や小動物に“ただの死体”として見なされやすくなる」──だそうだ。
普段は、身体に流れる冥力が盾になってくれて、
腐敗は止まるし、ハエやネズミー小さい方のやつなーからも「これは食いもんじゃない」と無意識に回避されてるらしい。
……けど、おい。そんな重要なこと、先に言ってくれよ!
「アンデッド、寝るとちょっと腐る」ってさ、なにその冷蔵庫のコンディションに左右される系。
だってコシャリでも一晩くらい常温でいけるぞ?
あ、エジプトの国民食な。米と豆とマカロニをトマトソースで和えて、上にフライドオニオンかけたやつ。
スパイスが香って、意外と腹に溜まる。うまいぞ、あれ。俺のミイラ前の好物、ベスト5に入る。
ゴンギはすごい落ち込んでいた。
「これはネクロマンサーとしての初歩的なミスだ……」とか言って、
墓よりも深く反省してた。
しばらく人里に出ず、研究漬けだったからこその弊害、
どうやら本来は、アンデッドって「ちゃんと棺に入れて寝かせる」らしい。
これなら冥力も逃げにくいし、虫や小動物にも荒らされないし、見た目も安心。
──なるほど。棺桶で寝るのはちゃんと意味があったわけだ。
あの立派な古代エジプト風の棺は、あの地下室に置いてきちゃったけど、
次からはちゃんと棺生活、復活させようと思った。
ゴンギがあの杖で、改めて冥力を流し込んでくれたおかげで、
ザンギリの身体に産みつけられてたハエの卵とか、全部“魂の火力”で焼却済み。
曰く、「冥力の循環が戻れば、大抵の害虫や菌類は消し飛ぶ」とのこと。
……そういう話はもっと前にして?
で、肝心のこのファラオ様に虫害がなかったのかっていうと──まさか、無傷なわけがない、心が。
うん、心が。
石垣にもたれかかってザンギリを揺すってたら、手元や足元から
「クシャ……カシャ……」って、やな音が聞こえてきてさ。
そっと視線を落としたら、自分のまわりに──そうだな、だいたい20匹くらい?
大小さまざまな虫が、仰向けで死んでんの。足ピーンってなってるやつ。
……あのな。
つまりこうだ。
俺を食おうとした虫たちは、呪いによって「死んでた」。
「ファラオ、虫にも容赦しない」の図、完成である。
ハッピーエンド?……どうだかね。




