第29話「こんな家具があってたまるか。」
あたりはすっかり夜の帳が下りていた。
街道沿いの松明に照らされた、王都の城門。
門の上には兵士が二人、交代の時刻らしく眠たげな目でこちらを見下ろしている。
「止まれ。許可証を確認する」
無骨な声とともに、ランタンを持った衛兵が近づいてくる。
……当然の反応だ。
夜中に、中年の怪しいローブ男と、巨大ネズミ、カタカタとぎこちなく歩くガイコツ、ミイラ、そして毛むくじゃらの腐りかけたオークを引き連れて来たのだ。警戒されるなというほうが無理がある。
だがそこは、我らがゴンギ。
淡々と、皮で綴じられた許可証を差し出す。
表紙には、王都の印章──双頭の龍のような紋が押されていた。
まるで“職質マスター”の肩書を持つ常連のように、ゴンギは完全に機械化した抑揚ゼロの声で自己紹介を終えた。
対する衛兵たちは、当然ながら眉間にしわ寄せまくり。
何より問題は、我々随伴メンバーのビジュアルだ。
──巨大なネズミ(漂う腐臭?)、
──骨だけの人型(ずっと無言)、
──包帯ぐるぐる、時折目を赤く光らせる俺、
──そして死亡直後のゾンビオーク。
もうこれ、カタギな集団なわけがない。
「ネクロマンサーか…まぁいいだろう。」
ちょっと風変わりなネクロマンサーということで認めてもらえた。
「……そちらの、包帯を巻いた男は?」
「特級呪物。移送中。重要な研究対象だ。下手に触れると祟る。死ぬ」
「ひっ……は、はあ……」
「触ったら終わりだ。ちなみに、後ろのネズミとオークは、このミイラに無礼を働いて──こうなった」
「ヂュウ!!」
「あっ、はい」
シチューが呼応するように金切り声を上げ、ザンギリも“ゾンビ界の良識枠”みたいな表情で頷く。
けれど、それが逆に効いたのか──
衛兵は目を泳がせ、「この連中、深掘りしたら絶対ろくなことにならん」という、
官僚系NPCが生まれつき備えている“危険回避レーダー”をフル稼働させはじめた。
そりゃそうだ。
逆の立場でも「うっかり関わると死ぬ劇団」みたいな一団はノーサンキューだ。
実際、そんな危険な地雷は…このミイラ男だけなのだが。
ひとしきりの問答の末、ようやく門番の手にしたランタンがゆっくりと左へ傾けられた。
すると、城門脇に仕込まれた錠前が「カシャン」と重々しく解かれ、鋼鉄と石の門扉が静かに開きはじめる。
「通ってよし。この時間帯は、スリに気をつけろよ」
半ばあきらめたような声とともに、一行はついに──王都の土を踏んだ。
第一層市街。広い石畳と高くそびえる木造や白石の建築群。
夜の王都は、死者たちを迎え入れた。
◇ ◇ ◇
街灯代わりの光灯石──あれも魔道具らしい──が、ポツポツと浮かんで照らす石畳の通りを進むなか、
このネクロマンサーとファラオの集団とは違う“異形”ともすれ違った。
まずは、背中に羽根を持つ鷲の魔獣──たぶん、グリフォンってやつだ。
鳥と獣のいいとこ取りな、ファンタジー界の就活無双系
──を連れた、これまた凛とした顔で歩く、魔道具で装飾した女だ。
あれが、<魔獣使役者>っていうんだろう。
なるほど、あのグリフォン、たしかに威風堂々。
のっしのっしと四つ足で石畳を歩く姿は、
品格と尊厳の塊だ。ファラオもそう思います。
……で、そのあとに出くわしたのが……もはや実家のような安心感すらある、
歩くガイコツ6~7体をゾロゾロと引き連れ、静かに足音もなく歩く、若い青年のネクロマンサー。
すれ違いざまにこっちを三度見してたけど……
同業者からしても、ファラオを引き連れてるのは異質のようだ。
うん、まあ分かる。
思ってたよりも王都の夜は、思っていた以上に“異形”に寛容だった。
キャーッ!と叫ばれたる覚悟はしていたが、意外にも誰もこちらに驚きの声をあげる者はいなかった。
慣れてるのだろう。
魔獣も、亜人も、アンデッドすらも。
「ここが人間の街……でごわすか」
ザンギリが、街灯に照らされた看板をじっと見上げながら、ぽつりとつぶやいた。
「オークって、こういウ街にはアンまり来ナいノか?」
ザンギリはちょっと腕を組んでから、
「ま、基本は集落っすね。人間の街とか、普通は寄らないんでね」
やたら社会科見学感のあるテンションで答えた。
オークやゴブリンといった亜人は、
山のほうとか、谷とか、森の奥地とか──
そういう“人目のつかないワビサビ空間”で、細々と暮らしてる。
人間との交流は、ほとんどない……って
……あれ?
じゃあ俺たちから金巻き上げようとしてたのは、何?
異文化交流イベント?
あとシチュー。
お前は本当に、“飲食系の人間”からのウケが悪い。
夜の屋台通りを歩いていたときのことだ。
ひとりのオッチャンが、焼き鳥の串を片手に上機嫌で歩いてたんだけど──
シチューと目が合った瞬間、
「ひっ……!」
って言って、串をポロッと落とした。
見た目がちょっとアレなのは認めるけど、
大丈夫、大丈夫。慣れたら可愛いモンよ。
そんな怯えるほどのもんじゃない──ほら!
……って心の中でフォローしてる間に、オッチャン、屋台ごと消えてたけどな。
屋台ごと。マジで。
◇ ◇ ◇
街灯に照らされた石畳の道を、どれほど歩いただろうか。
ようやく、──いかにも“庶民派”って感じの小さな宿屋にたどり着いた。
看板は片側が欠けており、「みい屋」の「い」が虫に喰われたみたいになってる。
建物は木造二階建て。ところどころ壁の板が反り返っていて、歴史を感じるというより“放置されてる感”が強い。
でも──
今のは、これくらいがちょうどいい。
なにせこのネクロマンサー、“金欠”という名の亡者だ。
生前からの蓄え?そんなのピラミッドに置いてきたわ。
受付の老婆が俺を見て、
「ネクロマンサーかい? うちはね、アンデッドの分も追加料金いただくからね」
と、すこぶる商魂たくましいことを言い出し、
ゴンギが「そいつらは家具!家具扱いでいいはずだッ!」と必死に抗議。
「でも歩いてるし」
「寝るときは動かない!」
みたいな押し問答を繰り広げていた。
たぶん、若干揉めてた。
けど夜も更けてたし、他に空いてる宿もないから、最終的にゴンギは渋々了承して、
部屋へ通された俺たちだが・・・
……はい、狭いです。めっちゃ。
けれど無機質な石の台でもなければ、ファラオの棺でもない。
──やっと“人間らしい”場所で寝られる。
ワクワクしていた矢先、
期待は、ゴンギの口から放たれたグロテスクな一言によって粉砕された。
「では、お前達は外で適当に寝ていろ。」
…..は?
十秒にも満たない沈黙が場を支配する。
まるで、ラムセス2世とヒッタイトの戦争の開戦宣言みたいな空気だ。
「えっ?ソイツぁどういう……」
いいぞ!ザンギリ。
この乾いた喉では絞り出せなかった疑問を、不満を、
まるで鞭のように、ビシッと投げつけてくれた。
一方のゴンギはというと、咳払いを一つ。
「いや……その、だな……ゴホン。この宿の敷地は自由に使っていいらしい。裏庭もある。……ビーストテイマーの魔獣が一体いるらしいが、まあ気にするな。
ああ、それと。骸骨は無機物だから家具ということで、部屋に置いてもいいそうだ」
アンデッドたちは顔を見合わせた。
そして、腐った脳みそ──いや、冥力でかろうじて動いてる頭をフル回転させて考える。
つまりこういうことらしい。
「部屋に人数分入ると追加料金がかかる」→「お前ら、外で寝てくれ」
……うん、ちょっと待って?
つまり、「王を屋外に寝かせる」ってことですよね?
ツタンカーメンを軒下に放置するようなもんだぞ?いいのか?ゴンギよ…
シチューの耳が「しょぼん」と垂れ、
ヒゲがだらん……と、重力に逆らわず下がるのを、俺は見逃さなかった。
こいつ、見た目はゾンビでも、情緒はだんだんペット寄りになってきてる。
……ああそうか。
さっき城門前でゴンギが「良い宿に泊まれるかどうかは賭けだが……」って3〜4回くらい不安げに呟いてたの、
あれって宿代の話じゃなかったのか。
“泊まれる人外をどこまで誤魔化せるか”って話だったのか。
くそ、やられた。ミスリードだった。
内側に渦巻く乾いた怒りが、ゆっくりと言葉になる。
「……呪ウぞ」
転生してから初めて、“ほんのりマジでイラつく”場面に遭遇した俺は、
静かに、でもはっきりとそう言い放った。
「ごっ、ごめん!!!!なさいっ!!っぃ!!」
ゴンギは汗だくになりながら、即座に両手を合わせて地面に額を擦りつけた。
さすが、死者を復活させるのも早ければ、謝罪も高速。
ミイラとオーク(アンデッド)とゾンビッグラット、
奇妙な3体は、渋々部屋を出て、敷地の庭へと向かった。




