第25話「突如発揮された、新たなる権能(チカラ)」
「ザンギリが……死んだ!?」
「な、なんかやべえ……っ!」
先ほどまで威圧的だったオークたちの顔色が、みるみるうちに変わった。
戦斧のオークが、力尽きた獣のように地面へ崩れ落ちたことで、
残りのオークたちは明らかに動揺している。鼻孔を荒げ、ギョロつく眼球には不安と戦慄、口元の牙が小刻みに震える。
「しっかりしろ!」
一体のオークが、倒れた者の体を抱き起こそうと手を伸ばした──その瞬間だった。
いつのまにか、ローブをまとったネクロマンサーの杖から召喚されたのだろうか。
不気味な霊体――上級悪霊が、生者を包む瘴気のように、ぬうっと現れ、
周囲に「死」の気配を濃く漂わせていた。
「お前も、死ぬか?」
追い討ちのように、苛立ちを帯びた冷ややかな声が、眼前の人間の男から浴びせられる。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
オークは情けない声を上げ、持っていたスリングを放り投げて背を向けた。
そして、後ろも振り返らずに森の奥へ全力で駆けていった。
「チッ……得体の知れない術だ、退けッ!」
残ったボス格のオークが、鋭く舌打ちすると、右腕を高く掲げて振るう。
その動きが合図となり、他のオークたちも蜘蛛の子を散らすようにその場から散開して逃げ出した。
森の空気が、ようやく静まり返った。
その中心で、ゴンギは直立したまま、ただただ真っ二つになったファラオを見つめていた。。
顔には汗がにじみ、ローブの下からは微かな震えが伝わってくる。
息は細く、不規則だ。
「さて……これは……どうする?切断系の攻撃であれば一応、冥力を注ぎ込むことで繋がるハズだが…」
死んだオークに、彼は一瞥すらくれない。
呪いの発動――それ自体には、すでに“慣れ”があった。
目の前でシチューを屠り、アジトへ侵入した男をも葬ったーー魂が宿る前すらも宿していた、
この世界の因果律から外れた、理不尽な現象。
静かだ。
このミイラ男ーーファラオは、安いアンデッドではない。
命からがらヌビトの古代遺跡の奥から盗み出し、
独自に改良した死霊術式を組んで、蘇生に挑んだ。
成功する保証などどこにもない賭けだった。
いや、狂気と紙一重の実験と言ってもよかった。
いずれ肉体の損傷が修復可能かどうか――
時間と設備の整った場所で、慎重に検証するつもりではあった。
だが、まさか今とは。
準備も整わぬ森の中。
予期せぬ事態に巻き込まれ、半ば強制的に、修復の可否を試される羽目になるとは――
ゴンギは、音もなく立ち上がる。
ともかく、やってみるしかない。
杖を構え、彼は体を走る冥力を先端のドクロの部分に集中させる。
そして、ゆっくりと両断されたミイラの腹部にかざすーーかざそうとした、
そのときだった。
静寂を割るように、「シュル……シュル……」という、布のこすれるような小さな音が耳に届いた――ような気がした。
上半身と下半身を包んでいた包帯が、
まるで何かに導かれるように、するすると伸び、螺旋を描いて接続しはじめる。
白い繊維が、柔らかく、しかし決してほどけぬような密着で縫合され、
切り口だった場所に、一筋の光が走った気がした。
視界がグワン、と急に切り替わったと思った次の瞬間、
"俺"の身体は一つに――戻った。
「……ほう」
低く呟いたゴンギの声には、驚きと感嘆が滲んでいた。
死霊術師として、数多の死者と歩んできた彼であっても、
今、目の前で起きた出来事は――記録にも、記憶にもない現象だったのだろう。
ゴンギは足元の草を踏みしめ、迷いのない足取りでこちらへ駆け寄った。
「ファラオよ……意識はあるか? 喋れるか?」
続けて、隣にいたシチューまでもが「ヂューッ」と短く鳴き、まるで“無事でよかった”とでも言いたげに、合いの手を入れる。
「……ウん。」
痛みはなかった。
重さも、不快感も、欠損に伴う違和感すらない。
さっきまでの出来事が、夢だったのではないか――そう錯覚してしまうほど、肉体は何の変化もなかったかのように、完全だった。
現実感は希薄で、どこか遠い。
“斬られた”という事実が、記憶の底で泡のように曖昧になっていく。
まるで――机から転がり落ちた消しゴムを、ただ拾い上げたかのように。
それだけのことだったように、錯覚してしまう。
「……あ」
ふと視線を落とし、思わず声が漏れた。
さっき、斧の一撃に巻き込まれて吹き飛んだはずの右腕。
前腕の断面から伸びた幾筋もの包帯が、静かに蠢きながら接合し、
肉でも骨でもなく、ミイラ特有の乾いた繊維が、裂け目を縫い戻すように絡みつき――
すでに、蘇生前から折れていた左手の小指のように、元どおりになっていた。
「まじカ」
あの驚いた顔からして、この再生は死霊術ではないのだろう。
ただ黙って状況を注視しているーそんなゴンギの対応が、それを物語っている。
俺は――
このミイラとなった肉体に、いかほどの力が宿っているのかを、まだ知らない。
知らされていない。
あるいは、知ることすら許されていないのかもしれない。
さきほどの再生は、単なる呪いの副産物か。
それとも、未だ深く沈黙する“王の肉体本質”が、ひと筋だけ漏れ出した徴なのか。
ただ、ひとつ。
ひとつだけ、確かに感じ取ったものがある。
それは、この異世界の空気の底から伝わってくる、形なき意志ーー精神的な直感だ。
――おまえは、この地に“在れ”。
砂の記憶に封じられし王よ、
その魂は一度甦ったがゆえに、もう二度と眠ることを許されぬ。
そう言わんばかりに、
この世界そのものが俺という存在を、呪いのくさびで縛りつけているようだ。
遠い古代の文明の残響が、時を越え、命のあり方すら超え、
なおも俺をこの地に繋ぎとめている、そんな感覚….。




