第24話「死んだけど、何か質問ある?」
夕暮れ。
空がオレンジ色に染まりはじめ、森の木々が長い影を落とす頃。
「もうすぐ森を抜けて、王都の外周が見えるか?」そんな希望がうっすら見えてきたその矢先。
ガサリと前方の茂みが揺れ、次いで後方、左右――
気づけば四方を“それ”に囲まれていた。
「……持ってるだけの金貨、銀貨を、全部置いていきな」
「その魔道具もなァ!」
ザラついた声に振り向くと、そこにいたのは――
武装したオークたちが1、2、3.....。5体。
体格はどれも人間の一回りは大きく、
肌は暗緑色で、下顎からは太い牙がむき出しに飛び出している。
目つきはギラつき、鼻息は荒く、獣のような体毛が肩から腕にかけて生い茂っていた。
上半身は毛皮を無造作に巻きつけ肩当てを装備した、いかにもな蛮族スタイル。
「ギチュゥゥ……!」
先に反応したのはシチュー。
耳を伏せ、尻尾を低くし、威嚇の唸りを上げる。
「オークか……我々は、ただ王都へ向かっているだけだ。
それに今は生憎、たいした金を持ち合わせていない。他を当たってもらいたい」
ゴンギは、ジロリと一体のオークを睨み据え、ゆったりとした口調で言い放つ。
「何ィ……!?」「ナメた口ききやがって!」「上等だよォ」
オークたちも一斉にこちらを睨みつけ、唸るように声を放つ。
獣のような息づかいと、湿った森の空気が混ざり合い、空気が急にひりついた。
おそらく彼らは、今まで同じ手口で旅人たちから物を巻き上げてきたのだろう。
威圧に屈し、金や物を差し出す。そういう“前例”を想定していたのだ。
だが──今回は違った。
沈黙が数秒。
次の瞬間、苔を踏みつける音とともに、一体のオークが一歩、前に出た。
手にはスリングを構えており、手つきに迷いはない。
「ならちと痛い目、見てもらおうか……命が惜しけりゃ、言うことを聞くんだな」
ビュッ──
空気を裂く風音とともに、小石が凄まじい速度で飛ぶ。
その弾丸が捉えたのは、俺たちのマスコット……じゃなくて、巨大ネズミのアンデッド、シチュー。
「チュギイィィィ!!」
不気味な悲鳴が森に響き渡った。
アンデッドだから痛覚はないはずだが、まだ生前のクセが抜けていないらしい。
わかるよ、気持ちは。
本能めいた反射で上がったその声は風に乗って、木々の隙間を震わせながら響き渡った。
「ぬっ……!」
ゴンギが、鋭く目を細めた。
その眼差しはスリングを放ったオークと、シチューを交互に射抜くようだった。
「もっかい言うぜ、金目のモンだけ置いてきなァ!」
今度は、より強く腕を振るう音。
二発目の石弾が、一直線にゴンギの腹部を狙う。
だがその直前、ゴンギはローブの裾をひらりと翻し、風を読むかのように半身を逸らした。
まるで、そこに飛んでくることを知っていたかのような、無駄のない動き。
オークの狙いは間違いなく正確だった。
あの石弾の軌道は、完璧にゴンギの胴を捉えていた――はず、なのに。
わずかな動きで、それを避けたゴンギ。
アンデッド任せで自分は動けないタイプかと思ってたけど……
あいつ、地味に機動力あるじゃん。
感心も束の間──
「ザスッ」という重い音が背後から聞こえた。
振り返ると、後方にいたあの後輩スケルトンが、一本の長槍で背中から串刺しにされていた。
刺したのは、また別のオーク。表情にまるでためらいはない。
槍の穂先を支点に、スケルトンの体が地上から持ち上がる。
肋骨の一部は損壊し、メリッとやや鈍い音を立てていた。
「…よっ!」
軽く声を添えながら、その槍をブン、と風を裂く勢いで横薙ぎに振り抜く。
スケルトンが木に強く叩きつけられた。
背骨や肋骨の破片がパラパラと散る。
痛覚も感情もないはずだが、バタバタと手足を暴れさせるその姿は、
どこか虫めいていて、正直……不気味だ。
「ちっ……」
ゴンギが小さく舌打ちを漏らす。
「面倒だな。殺すか?」
吐き捨てるような独り言は、ローブの陰に吸い込まれていった。
誰にも聞こえなかったはずだが、場の温度が、ほんの少し下がった気がした。
その瞬間、構えるようなポーズを保っていたミイラ男は、たまらず声を張り上げた。
「おイ!ゴンギ! この状況、どうスレバいいンだよ!?」
シチューに突進されたときのトラブルとは明らかに性質が違う。
これはアレだ、ピラミッドの奥で“王の間”の扉を開けた瞬間、壁のレリーフの目が全部がこっちを睨んできて、「合言葉を述べよ」と言ってきた――そんな種類のやつだ。
……なんならその目全部から、ビームが放たれてる緊迫した状況。
――そして。
「ッ!?……」
あ……れ?……お……レ……?
「ザンッ」という音が、どこか遠くで鳴ったような気がした。
直後、俺の視界が“すうっ”と横に滑る。
いや、滑ったんじゃない──回転したのだ。視界が歪み、右から左へ森の木々がぐるりと巡る。
足元・・いいや、「腹から上」が、ふわりと宙を浮く感覚。
そして、次の瞬間──
ドン。
世界が一気に静止し、視界の下半分に湿った苔と土が広がった。
そこが俺の“終着点”だった。
何が起きたか。いや、今ので分かった。
さっき俺の左側に陣取っていた三人目のオーク。
そいつが横に大きく振るったのは、刃こぼれだらけの巨大な戦斧。
乾いたミイラ男の胴体は、あっさりと真っ二つに──水平断裂されたわけだ。
その現実を視界が捉えた瞬間、ゴンギの動きが止まった。
「……っ!」
息を呑む音が聞こえた気がした。
彼の顔に、はっきりと“動揺”が浮かぶ。
見開いた目はわずかに震え、唇が乾いたように微かに開く。
「さぁ……!お前の配下のアンデッドはこれで」
オークが、そう言い切らない内に、
次の瞬間には絶命し、その姿は地面に崩れ落ちていた。




