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第21話「このミイラ、読書家につき」

あの後、さらにリハビリを重ねた俺は――ミイラの身体でありながら、ゴンギの「ネクロマンサー的改造手術」のおかげもあって、生前のように歩き、振り向き、小一時間程シチューにオモチャを投げて遊ぶくらいまでには回復していた。

いまではすっかり、ゴンギが買ってきた歴史書や文献の一部を、地下室で食い入るように読み込む始末である。


異世界の文字は、不思議な記号や、時折見覚えのある漢字のようなものも混じっていて、正直なところ、見ただけではまるで読めない。

だが不思議なことに、目で追っているうちに、その意味がじわじわと頭の中に浮かび上がってくるのだ。

まるで脳内に直接翻訳されるような感覚――。


どうやら異界からやって来た者に対して、自動的に言語を理解させる“何か”が働くらしい。

最も、本の内容と整合性が取れている根拠はない。

しかし、自らの脳内だけである程度つじつまの合う文章をスラスラ生成するような能力は生前も、この乾いた脳みそにもあるとは思えい。 半ば確信めいた動作で次々とページをめくっていく。


ミイラ男が、自分自身の埋葬方法や古代の風習についての本を、じっと読んでいる――我ながら、なんともシュールな光景だ。

“ミイラ取りがミイラになる”ということわざがあるが、少しずつこの世界に染まりつつある。


そんなある日のことだった。


「……金が無いな」


ゴンギは石床にあぐらをかいたまま、革財布を開いてため息をついた。

言葉のあと、地下室の天井からポロリと砂埃が落ちてきた。……おそらく偶然ではない。あまりに空気がそういう空気だった。


アンデッドの食費はかからない。

だが、ゴンギは普通の人間だ。生きていて、ちゃんと生活している。

ろうそくの芯は短くなり、インクは擦り切れ、保存食の瓶には謎の菌が繁殖していた。

もはや、地下室全体の空気が「そろそろ潮時なんじゃないか?」と囁いている。


思えば、「もっと古代文明の本が読みたいから、新しいの買ってきてくれ」と頼んだとき、妙に嫌そうな顔をしていたのも、これが理由だったのだろう。

本来なら、自分の所持アンデッドに関する知識は貪欲に集めるはずなのに。


「……そろそろ、この地下室に住むのも、限界かもしれん」

ゴンギがぼそりと呟いた。

死者の書の一節みたいな、“旅立ちの呪文”感があったが...。

大丈夫か?今にも死後の世界にチェックインしそうなテンションじゃん。

「なンでマた急ニ?」

ゴンギは言葉もなく、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

顎で「んっ」と示す。――見ろ、と言わんばかりだ。

ミイラ男はそれを受け取り、隣のシチューにも見えるように少し低く掲げた。どうやら、この部屋の見取り図らしい。


「この前、お前が外でリハビリしている最中だったと思う。天井の支柱が、とうとう三本目までヒビが入っていた。帰ってきてから気がついたのだが……。」


ゴンギは神妙な顔で語り出した。

曰く、この地下室は、はるか昔、もう記録すら霞むほど前にゴンギの師匠――いや、そのまた師匠が、アンデッド化したドワーフに命じて掘らせたものだ。

当時の構想は「闇の術者の隠れ家」。

風水も耐震も、そんなのは要らぬ、と切り捨て、何よりも優先されたのは“隠れやすさ”。

そうして効率とロマンだけを追い求めた結果……耐久性など顧みられることはなかった。


「そろそろ、まともな家に住んでもいい。部屋がいくつかあって、陽が差し込み、天井が崩れず……棺の置き場所に困らない家がな。」

「最後! 今“棺の置き場所”っテ言ッタよナ!? どこノ不動産屋がそンな条件で探しテくれるんダヨ」


思わず突っ込むが目の前には、例の棺がドンと鎮座している。

言ってから気づいたけど、確かにあれは捨てるわけにはいかない。

一応、毎晩は棺に入って眠るようにしてるし(ちゃんと両腕を胸の上でクロスして、ね)、単純に古代文明から発掘された遺物としても相当価値のある品だろう。

もっと詳しい学者が調べれば、まだまだ新しい事実が掘り出されるかもしれない代物だ。

本来であれば、こんな人間の生活空間に乱雑に置かれるものじゃない。

厳重に封印され、学者たちが白手袋をはめてそっと調べ、特別展示のスポットライトを浴びながら人々の前に現れるべきものだろう。


「ふむ。死霊術師(ネクロマンサー)たるもの、部屋には棺、屍体、墓石、そして古びた頭蓋が並び、梁に蜘蛛の巣がかかっているのが当然だ。」


ゴンギは、そんなことをさらりと言ってのける。どうやら「ネクロマンサーらしい私生活」まで含めて、彼にとってはロマンの一部らしい。

人目のないところでも徹底してヘンなやつは、やっぱり本物の変態なんだなと、しみじみ思う。

……でもまあ、棺を邪魔だからって捨てられることがなくてよかった。ほんの少しだけ、安心した。



「ほんデ、ずットこコニ住んでタってわケか? ……金ハその、いつもそンな無イ生活だったノカ?」

地下室の真ん中で、床に座り込む俺──

「ミイラの埋葬と発掘」なんて本を片手にした、生粋の“ミイラ男”が目の前の男にぶっきらぼうに問いかける。


ミイラになってから、どれくらい経っただろう。

たぶん、一週間は過ぎた。

この男――ゴンギの地下室には、カレンダーの類いなんて置いてない。

外に出ても、広がるのは森ばかり。人の気配は遠く、他の人間と顔を合わせるような機会もない、静かすぎる生活だ。

一応、何キロか歩けば小さな村があり、さらに歩けば町もある。


しかしゴンギの食糧は、ほとんど森からの調達だ。

まだ薄暗い早朝、ひとりで籠と杖を手に森へ入っていく。

腰に吊るした網袋に、木の実やキノコ、食べられそうな野草を次々と摘み入れ、陽が高くなるころには地下室へ戻ってくるのが常だ。

毒の有無は、摘み取った葉や実を指先で軽く揉み、香りを嗅いだり、口元に近づけて確かめたりする。

その手つきは無駄がなく、まるで森に生きる獣のようだ。


時には竹のような植物を切り出して作ったであろう、釣竿を拵えて川へ向かうこともある。

水面に影を落とさぬよう、忍び足で進み、枝の先に垂らした糸が僅かに震えると、静かに引き上げる。

釣果は必ずしも多くないが、釣れた魚は水場の石の上でさばき、内臓は森の獣への施しとして残していく。


ある日、シチューも釣りに参戦したことがあった。

川に飛び込み、口に魚をくわえて、満足そうに戻ってくるその姿。

狩りもできるのか、あいつ……。


地下室の裏手には、申し訳程度の畑があり、いくつかの野菜が植えられていた。

最近ではそこに、後輩スケルトンが駆り出されている。

骨だけの体で鍬を握り、カシャカシャとぎこちなく土を耕している姿は、どう見ても間の抜けた光景だったが、ゴンギはごく当然のように指示を飛ばしていた。


洗濯は近くの川で済ませる。

汚れたローブや寝具を担いで川岸まで歩き、岩に叩きつけて汚れを落とし、清流ですすいで干す。

乾かしている間も、手元のメモに蘇生陣――ネクティル・フォルマ――の新しい術式案を書き留めたり、ぼんやりとアンデッドの研究書を広げて読んだりしているのを見かけた。


変な奴だが、意外に勉強熱心で、己の高みを目指す姿勢には一分の迷いもない。

何日か共同生活をしてみて、そう感じざるをえなかった。


火を起こすのだけは、苦手らしい。

ネクロマンサーである彼は、冥力を操ることはできても、炎や風といった元素の魔法は使えない。

この世界では、ほとんどの人間がなんらかの魔術をひとつは使えるが、それぞれ扱えるのは基本的に一種類だけ。

だから森で小枝を集め、火打ち石を叩き、気長に煙を上げていた。

あるいは、渋々ながらも高価な「魔導具」を取り出し、カチリと火花を灯していた。

それは現代でいう、ライターの上位互換のような道具だったが、使うたびに魔力が削られるらしく、顔をしかめながら使っていたのを覚えている。


そうやって、ひとつひとつを手ずから行い、どんな作業も無駄に丁寧に積み重ねる。

ゴンギの暮らしぶりは、まさに森の奥にこもる隠者そのものだった。

都心の喧騒の中で育った人間から見れば、映画やドラマの中で羨望されるような自然暮らし――いや、自給自足なので、理想を超えて「ガチ」なのだが。


「私はな……この生活も、嫌いではない。

だがな、野山でのんびり暮らすために、お前――ファラオの遺体を回収し、自前の新術で蘇生させたわけではないのだ」

ゴンギはまるで、カルナック神殿の回廊に残されたヒエログリフのように、古く重い夢を語り出した。

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