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第22話「カノプス壺に住む日々」

「……私は、昔、冒険者だった」

ふいに、ゴンギが遠くを見る。


「冒険者?」

探検家みたいなモノかな……?

ピンと来ずに思わず聞き返す。

ゴンギは少しだけ口の端を動かし、一呼吸おいて、静かに語り始めた。


「この世界の理に抗い、金と誇りを天秤にかけながら生きる者たち。魔獣を倒し、亜人を撃退し、要人を護送し……あるいは、時に人を討つことすら厭わぬ、影と光の両方に足を浸す職業だ」

その声音には、懐かしさと、どこか遠い後悔のような重みがあった。

「ギルドと呼ばれる組織に属し、そこに集う者らは皆、強く、そして逞しかった。剣士、魔術師、狩人、盗賊……死霊術師。その顔ぶれも、目的も千差万別。だが共通していたのは、“生きるために戦う”という意志だな」


地下室のひんやりとした空気のなか、言葉だけが静かに響く。

それはどこか詩のようだった。

まるで、遠い昔の酒場を思い起こさせるようなーー


「同業者が命を落とす話など、日常茶飯事。昨日まで肩を並べていた者が、翌日には報告書一枚で処理される。……それが、この世界で“冒険者”と呼ばれる者たちの生き方だよ」


何も言えずにいた。

普段のゴンギから、こんな風に“生”を語られるとは思わなかったから。

ロウソクの光は、ひび割れた天井を照らし、薄く崩れる石壁を黄金に染めた。

地下室の灯りが、ゴンギの表情に揺れる陰影を作る。

かつて見た焚き火の明かりを、思い出すかのように、彼は続ける。

「……仲間がいたよ。五人。皆、歳は近かったな。」

声の奥には、もう触れることの叶わぬ記憶の火種――灰になってなお、わずかに残る余熱のようなものが、ほのかに宿る。


「古墳に幽霊屋敷(ゴーストハウス)、呪われた森に、忘れられた遺跡――ありとあらゆる“死”の気配がある場所を巡っていた。

定住はせず、野宿と安宿を渡り歩く。……まあ、私はどちらかといえば、墓所の方が落ち着いたがな」


「あンタ、当時から寝床が墓カよ」


「私は死霊術師(ネクロマンサー)だぞ? “理想の物件”という意味では最高だ。静かで、騒音もなく、時折ゾンビが遊びに来るだけだ」


なんかもう感覚バグってるな。でも続く言葉に、少しだけ切なさがにじむ。


「……私も、随分とわがままを通したよ。『この呪われた墓石を調べたい』『この棺を一晩見張りたい』だのと。

仲間は付き合ってくれたが……百をゆうに超える、絶叫霊(バンシー)の集団に襲われた夜は、さすがに怒られたな。

一人が本気で泣いて、武器を投げ出して逃げた。あれは、ちと悪かったと思っている」

「ちと、カ?」


「ほんの少しな」

その言葉の裏に、失ったものの影がちらつく。

「ハッハッ」と、最後だけ妙に明るく笑ったゴンギの顔が印象に残ってる。

肩をすくめるように笑う。たぶん、ゴンギなりの“懐かしさ”ってやつだろう。沈黙のあと、彼はゆっくりと天井を見上げた。


「……それでもな。今の方が、より“文明的”である」

「文明的ッテ……こノ地下室が?」

「近くに川はあるし、火もまあ使える。そして何より、隣人はファラオだ」

「ちょット待て、最後が一番不穏なンダが!? あト、文明ってもっト明ルイもんじャナかった!?」

「否。外界はうるさいし、税金は取られるし、朝に町娘が鐘を鳴らす。

それに比べればここは静寂に満ち、屍体を見て薄気味悪いと罵られることもない。平穏そのものだ」


「じゃア……コう、なンか魔法とカで柱ヲ修繕したら、まだイケるんじゃねエノ?」

ふと、天井に目をやる。

棺の真上。天井の中央。そこには、ぱっくりと裂けた地割れが走っていた。

そして今も、その隙間からはぽろり、ぽろりと、細かな土砂が落ち続けている。


これが古代エジプトの王墓だったら、テンションもバステト神もぶち上がりだ。

だが現実は、自分の寝床であり歴史的遺物である棺の真上に、パラパラと死の前兆が降り積もっている状況。

そう、笑えない。


「たしかに……魔法で修繕を請け負う業者は存在する」

ゴンギは顎に指を添え、じわりと視線を滑らせる。そして一考しながら

「だが、ダメだな。高額すぎる。ぼったくりだ。」

彼は、ひとつ溜息をついて、ぽつりと呟いた。



「……いや。むしろ、これは“時”なのかもしれん」

「私はかつて──仲間たちと、ある約束を交わした。古い、あまりにも古い誓いだ」

「これを機にもう動く時なのかもしれん。ファラオよ、お前はお前で、この暗い地下室の“歴史的置物”として私と暮らす未来が望ましいか?」


「……やメロ。“歴史的価値は高いが居住価値はゼロ”っテ評価をつケられソうだ」

思わずぼやいたその瞬間、不意に――


ミシッ……。

頭上の裂け目が、わずかに広がる音がした。


「ちょ、今ノ聞こエたか!? 天井、今“あの音”シタよナ!? ミシッて! “ミシッ”はダメなヤつダぞ!」

「……うむ。そろそろ本格的に、文明へと回帰する時期かもしれぬ」

「遅イ! 文明なンテ...もう二周遅れで回ってルよ!」

数千年前のミイラが言うのもなんだけど、と、言ってから四秒後に思いつつも。

「“ふつうの家”……本当に、どこかにあるのだろうか……」

ゴンギは、まるで「失われたオベリスク」でも探すかのような声で呟いた。

そう、それはまるで――古代遺物。幻の建築物「ふつうの賃貸住宅」。


「日当たり良好、風通しもよく、魔法障壁つきでカビも生えず、近くに市場もある……そんな物件が、どこかに……」


そこまでいくともう“セト神がバカンスに選ぶレベルの物件”じゃねぇか

「……“礼金ゼロ”だったら完璧なのだが」

「こいツ本気ダ……!」

不穏なミイラはそっと、自分の棺を部屋の隅に引っ張っておいた。

念のため、次の“ミシッ”で天井が降ってこないように。


「なあ、ゴンギ……いっソ、村とか町とカデ部屋借りるってノは……」

「無理だ。今は金がないんだぞ? シチューはペット扱い、貴様とスケルトンは“家具”だと言い張れば、私ひとり分の宿泊代で済むかもしれん。……が、それでも定住するには足りん」


「……家具っテ!」


ネクロマンサーって、みんな”こう”なのか?……それとも、ゴンギだけ?……

こいつは、こういう「使える死体は資源理論」を表情をひとつ崩さずに語るんだよ。


「ならイっそ、俺も働こうカ?

とりアエずゴンギ以外にも言葉が通じるナら、簡単なバイトなら俺にもデき……アっ!」


言いかけてから、口を閉じた。


もし、上司が俺にキレたら?

同僚が俺をバカにしたら?

客が「おい、この包帯入りスープを出したの誰だよ」なんて文句つけてきたら?

胸ぐらでも掴んでこようものなら?……


間違いなく、その店は“曰く付き”の物件になる。

ゴンギは街から追放、俺は伝説の呪われしミイラとして永遠に語り継がれる。詰んでる。

金を稼ぐどころか、お尋ね者になり、冒険者達から追われる日々になるかもしれない。


「いや……いい」

ゴンギも、その未来を幻視したのか、微妙な顔で返事をした。

……ですよねー。


――そんなわけで、

土壁からは、さながらナイル下流の浸食みたいに、ぽろぽろと砂がこぼれる。

天井の支柱は、“カノプス壺の蓋”──ミイラの内臓を入れてた壺のように、

まさに「開いたら終わり」って感じで、ギリギリの状態を保っている。



落ちてくる砂粒の数だけ、俺の寿命(物理的な)が削られてる気がしてならないけど――

まぁ、俺なんてもう“アヌビスの帳簿”に名前が載ってる身だ。

ここはドンと構えとくのが正解か。

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