第14話「この命、君とならば」
一般的に、パーティーは5人編成が最も“理想”とされている。
回復と加護を担う聖術使い。
前線に立ち、刃と盾で道を切り拓く剣士や槍騎士。
魔力を操り、炎や氷を呼ぶ術士。
前衛に並び、敵の攻撃を一身に引き受ける闘士や盾士。
そして、戦場を俯瞰して支援や補助を行う《魔獣使役者》《死霊術師》《悪魔召喚師》、あるいは《影の道》に通じた《シーフ》。
戦いとは、単なる力と力のぶつかり合いではない。
それぞれが自らの“役割”を全うし、戦術の“舞台”を成すことで、初めて勝利が近づく。
だがその均衡が崩れたとき――戦場はただの地獄と化す。
6人、あるいは10人以上の部隊も存在する。
人数が増えれば、それだけ戦術の選択肢も増え、対応力や討伐成功率は飛躍的に高まる。
だが同時に、報酬の分配、宿代や移動費、装備の補充といった維持コストは重くなる。
さらに、戦場での目立ちやすさ、命令伝達の遅れ、判断の分裂といった戦術的リスクも無視できない。
そしてなにより、人数が多いほど誰かが怪我や病を患う確率も上がる。
その一人が崩れるだけで全体の士気は一気に冷え、戦線維持は困難となる。
集団であるがゆえに、脆い――それが“多人数編成”の隠れた落とし穴だ。
一方、2~3人という最小規模のパーティーも少なくない。
小規模ならではの緻密な連携、迅速な移動、潜伏や撤退の柔軟さ――
少数精鋭がもたらす自由さと効率の良さは、特定の任務では圧倒的な強みを持つ。
だが当然ながら、戦力の幅は大きく制限される。
前衛が崩れれば誰も代われない。回復役が倒れれば、誰がメンバーの傷を癒せるのか。
つまり、“役割”の穴を誰も埋められない状況が、常に死と隣り合わせでつきまとうのだ。
それらを踏まえて――多くの集団がたどり着く最適解が、5人構成なのだ。
機動力、火力、支援力、持続力、柔軟性。
その全てを、最も安定した形で備える“黄金比”である。
かつて、リブキたちもそうだった。
だが今、彼らは三人。
ヘンリスを欠き、ブームストを欠き、それでも背中を預ける仲間はまだ居る。
戦力としては未完成、だが――それでも、信頼だけは削れていない。
火が灯り、酒が注がれ、言葉が交わされるこのひととき。
それは希望の未来、あるいは“死”に備えて、最後に交わす“人の言葉”かもしれない。
それでも彼らは、杯を交わしながら、明日の戦いへと歩みを進めている。
ーーーー
煤けた木の梁と、褪せた旗。
床には無数の靴音が刻んだ傷跡が走り、カウンターの奥では太った老店主が静かにグラスを磨いている。
明滅するランタンの灯りが、赤銅色の光で壁に歪な影を投げかけていた。
樽酒と油、獣の毛皮と灰の混じった匂いが、どこか懐かしさすら感じさせる。
それでも、ここには“戦場に赴く者”だけが持つ、独特の緊張が漂っていた。
「……俺たちにゃあ、帰る故郷も、家族も居ねえ」
そう言ったきり、ゴロウスは口を噤んだ。
「俺の家族は、お前たちだ」――
その言葉は、喉元までせり上がりながらも、照れ臭さから心の奥に押し込められる。
その巨体には酔いが回っているのか、頬に赤みが差し、目の奥の熱が鈍い光を帯びていた。
「確かにねぇ」
と、軽い調子で応じたのは、ユーキ。
彼の声には、酒と諦念と、どこか遠くを見るような空気が滲む。
「ヘンリスまで抜けたときは、さすがに思ったよ。
『……これで終わりかな』って。
でもさ、それでもこうして飲んでる。
僕たちは、たぶん“切れない縁”で繋がっちゃってるんだよ。
……腐れ縁ってやつ? いや、絆かな」
6杯目の酒を啜った彼の頬にも、やや紅が差していた。
しかしその目は静かで、鋭く、どこか寂しげだった。
「……お前たちは優秀だ」
リブキは、グラスを置いた。
その動作一つ取っても、どこか騎士然とした品格を纏っている。
「ゴロウス。お前の肉体と勇気は、何度私たちを守ってくれたかわからない。
ユーキ。お前の魔術がなければ、数多の敵に囲まれたとき、突破などできはしなかった」
「……リーダーに褒められるの、なんか照れるんだけどー」
ユーキはそう茶化しながらも、目は伏せたままグラスの縁をなぞる。
「正直、解散してもお前たちなら他で通用する。もっと楽で、高報酬な仕事もあるだろう。
だが……お前たちは、まだここに居る。私の元に」
リブキの声には揺るぎがなかった。だが、それは同時に――どこか震えるほどに、静かだった。
「……って、最年少に“若い”とか言われてもなぁ……」
ゴロウスは思わず呟いて、グラスを持つ手を止めた。
彼の手は大きく、無骨で、今にも酒杯を砕いてしまいそうだ。
「つーか、ユーキの話ちゃんと聞いてたか? 俺たちには“鎖”があるんだよ。目に見えないけど、断ち切れねえ太いやつが」
「……絆、ね!」
すかさずユーキが訂正する。その顔には、皮肉と本音の両方が滲んでいた。
「おー、それそれ。利害とか報酬とかは、正直もうどうでもいいのさ。
生きてりゃ、酒も飲めるし、笑い話もできる。
でも、命張って隣に立てるやつなんて、何人もいねぇ」
「……私もそう思う」
リブキは、小さく呟いた。
酒の香りと、灯りの揺らめきの中で――
三人の会話は、どこかしら“別れ”に似た響きを孕んでいた。
静かな酒場の隅で、誰も聞いていないはずのその声が、壁に染みこむように、夜の王都に沈んでいった。




