8.お人柄ときたもんだ
道すがら、そこここで侍従たちが作業の手を止めてルーディエを盗み見ているのがわかる。
バレバレだぞ、しっかり仕事しろと声をかけてやりたいが、俺自身が仕事をほっぽって案内に出ているだけに何か言えるはずもない。
これまでは入れ替わりの激しい家庭教師に気にも留めない者も多かったが、ルーディエは田舎領主の元を訪れるには異質なのだろう。
すっと姿勢よく伸びた背筋に、所作や立ち振る舞いが──それこそ瞬き一つに至るまで──品がいいのだ。
一目でそれとわかるほど育ちが良さそうだからなあ。
……双子たちも感化されて、少しはお淑やかになってくれるといいんだが。
廊下を進み、階段を上がり、勉強室と図書室に立ち寄る。
どちらも入る前に双子のしかけた罠がないか眼鏡で隈なくチェックし、あれば解除するなどという危険物処理班のような動きを繰り返す。
朝一で解除して回ってもこの有様か……。
そりゃミセス・ピークも避けられまい。
取り外した貴石の数と込められた効果の内容にげんなりする俺を、ルーディエが怪訝そうに眺めている。
まずいな、これじゃただの不審者だ。
「説明もなしに悪いな。眼鏡に【看破】の効果をつけている。誰の作ったどんな効果の魔道具かを判別できるから、双子の罠も見破れるってわけだ」
「学院でもかけていらっしゃったものですよね」
「ああ。結構便利だぞ。街をぶらつくだけで魔道具開発のヒントが得られるんでな」
「商品化はされていらっしゃるのですか?」
「需要ねえだろ」
あるとすれば俺のような魔道具師くらいで、必要なら各々作っているだろう。
頭一つ分下からしげしげと見上げられ、逸れぬ視線に我知らず眉根がよる。
何かおかしな返答だったか?
「少しお借りしてもよろしいでしょうか」
「はあ……?」
人のかけている眼鏡を、それも年頃の令嬢が望むものだろうか。
「まあ、度は入ってないが……別にこれでなくとも、数日もらえば予備を準備できるんだが」
先ほど突き返されたばかりの唯一の予備は、レンズにヒビが入っている。
ルーディエ用に新調したっていいというのに、ルーディエの眉がわずかに下がったように見え、……俺は眼鏡をハンカチで拭った。
「まあ、このように見えるのですね」
蔓が少し緩かったか、ルーディエはずり落ちそうになる眼鏡の蔓に手を添え、室内を見渡した。
壁一面を本棚で埋め尽くす図書室は、魔法も労力も必要としないようになっている。
ルーディエの視界の右側には、俺の名とともに文字がずらずらと浮かんでいることだろう。
足を踏み入れると灯る明かりや、必要な場所に出てくる梯子、図書検索できる司書台帳、定期的に本を虫干しする棚、入れれば本が棚に戻る返却箱やなんかの説明が、それはもう事細かに。
「今出ている文字は、目に見える魔道具のものだ。引き出しを開ければまた別の魔道具の説明が出る」
魔道具の数が予想を超えたか、眼鏡の奥で銀の目がしばたたく。
一部屋だけでこれなのだ、屋敷内はおろか、領地中ともなると相当な数になる。
ルーディエは部屋内を見渡す中で、自身の荷物にそっと目をやった。
「あくまで魔道具の研究と識別用につくったものだからな。あいつらの罠も魔道具ばっかりなんで、魔法にまで気を配らなくていいぞ」
トランクケースに【軽量】や【空間】の魔法でもかけているのかと思い、そう告げれば、かしこまりました、とにこやかに返ってきた。
数ある魔道具のうち、ルーディエは司書台帳に目を留めたようだ。
開かれたページには侍従たちの字で『過去5年分の気候』やら『付与失敗例』だのが書かれ、そのすべてに取り消し線が引かれている。
この台帳は、探したい資料の特徴を書くと該当する書物が本棚からごそっとせり出してきて、書いた文字に取り消し線を入れれば取り出さなかった本が棚に戻るというものだ。
単に探しやすくするだけで、魔法のようにほしい本を手元に引き寄せられるわけじゃない。
ルーディエからすれば、なんでまたこんな煩わしい効果をと不思議なのだろう。
俺も一応貴族の端くれなんで魔法で十分なんだが、侍従たちはそうもいかない。
「『この類の本を』って頼むことが多いんでな、いろいろ試して今はこの形だ。ルーディエは【探索】魔法でいいぞ」
そう告げた先のルーディエは、静かに柔らかくほほ笑んでいる。
「魔道具だらけだろ?」
眼鏡をかけたままの笑みに心当たりは一つしかない。
『視界が遮られる』との言葉がよぎり、俺は肩をすくめてみせた。
「はい。高度な技術と種類に驚きましたが、一番は魔道具の性質に。ベル型の魔道具も、この場のいずれもがご自身の助けになるものでなく、侍従の仕事を楽にするためのものと拝察いたしました。旦那様のお人柄あふれるお屋敷だと、改めて実感しておりましたの」
お人柄、あふれる。
まさかそんな風に褒められるとは思わず、俺は何度か瞬いた後、じわじわとやってくる面映ゆさに首をかいた。
「あー、……魔道具ってのは本来そういうもんなんだ」
「学院ではそのように教わりませんでしたわ」
「……需要がないからな」
どんなに生活を楽にできる便利な魔道具でも、複雑な効果であるほど量産はできず、多くの人の手に届く値でなければ商売として成立しない。
公共の事業を除くと、買い手はもっぱら爵位のない富裕層か金持ちの貴族となるのだが、彼らは用途が限定される魔道具より、何にでも対応できる使用人を雇う方が都合がいいのだ。
そして、貴族たちは自身が毎日使うものに同じ魔法をかける手間を惜しむ。
結果として、学院のカリキュラムは、重たいドレスの【軽量化】やポケットの容量を増やす【空間】といった、貴族生活の補助を目的とした単純な効果付与に限定されることになる。
すべての人の暮らしを楽にできる可能性を秘めながら、その希少さゆえに必要としている者に行き渡らない。
魔道具師の抱える悩みどころだ。
「まあ、あいつらがつくるのはこんなのばっかだがな」
回収した貴石を掌に載せてルーディエに見せる。
双子の名とともに並ぶ文字は、床板の粘着性を高めるもの、扉に鍵をかけて閉じ込めるもの、本棚から本を落とすものと、どれも下手すりゃ怪我に繋がるものばかりだ。
しかも家庭教師に対象者を限定した形で。
「……悪いな、こんな有様で」
「いいえ。旦那様のご意向を汲む魔道具ではありませんが、八歳にして対象を限定できるのはやはり旦那様のお血筋かと。けれど、それほどまでにガヴァネスを拒否する理由は何なのでしょうか」
「あいつらの考えてることは俺にはさっぱりだ」
兄夫婦が健在だったころはもっと普通だったと思うのだが。
「それで、眼鏡は使えそうか? すぐに入用なら蔓を直す。予備が用意できるまで使っててかまわねえぞ」
そう問えば、ルーディエは静かに眼鏡を外した。
「今はやめておきます。ガヴァネスとして生かす前に、旦那様の魔道具を知ることに夢中になってしまいそうですので」
まったくもって、嬉しい断わり文句だ。




