9.どんな誤解だ!
白百合の間の前に着くと、準備を終えたらしい部屋係の女中たちとマーサが控えていた。
ねぎらいの言葉とともにマーサにトランクケースを渡し、入ってすぐの来客用の応接間へとルーディエを招く。
「魔法学院の卒業生のミス・ルーディエだ。無詠唱魔法の使い手で、自分の身も守れる」
ルーディエが優雅に一礼すると、女中たちから感嘆の息が漏れた。
今日から双子の家庭教師として来てもらった、と続ける前に、鼻をすんすん啜る音に気づく。
見れば、マーサがハンカチを手に涙ぐんでいるではないか。
「どうしたマーサ。情緒不安定か」
「いいえ旦那様。このように素敵な方がいらっしゃっただなんて。マーサは感激しているのです」
「……ああ、そうだよな。苦労かけたな」
苦節半年、いったい何人の家庭教師に見限られ当たり散らされ、三下り半を突きつけられたことか。
屋敷の主人である俺に対してすらああなのだ、侍従たちへの態度など想像に余りある。
双子たちから身を守れる術があり、惨状を知ってもなお務めてくれて、双子たちが倣ってくれればどんなにいいかと思うほどの上品さ。
そりゃ感激もしよう。
「女中頭のマーサだ。部屋係は誰が担当を?」
ずらりと並んだ女中たちを見回すと、マーサの隣にいた年若いおさげ髪の女中が少し緊張した面持ちで名乗り出た。
「部屋係のアネットと申します。ミス・ルーディエ。こちらで何か気をつけることや要望はございますか? 食べられない物などは」
「とくに何も。食後にこの葉でお茶を飲むくらいでしょうか。お湯を頂ければ自分で淹れますので」
なんで植木鉢持ってきてんだとは思ったが、飲用なのか。
わさっと葉の茂るそれは、見たところ何の変哲もない、どこにでもあるハーブだ。
公爵令嬢ともなると、育て方や茶の淹れ方にもこだわりがあるのかもしれん。
「ルーディエ、学院へは通いだったか?」
はい、と首肯するルーディエに、俺は小さく唸る。
寮生活の経験がないとなると、これは本人の気づいていない要望が後から出てくるパターンだな。
「何かあれば遠慮なく、アネットか俺に言ってくれ」
俺はそう言い、応接間の暖炉上に置かれたベル型魔道具を指し示した。
応接間の奥の部屋にはベッドに鏡台、書き物机とティーテーブル、クローゼットに暖炉、続きの間にはトイレと浴室も備わっている。
公爵家の部屋と比べれば雲泥の差だろうが、せっかくならと、いくつかあるゲストルームのうち一番眺めのよい部屋を指定したのだ。
ルーディエもちょっとくらいはいい目を見たっていいだろうと思っての、今俺にできる唯一で最大限の配慮だった。
ルーディエは応接間の窓辺に鉢植えを据えると、窓の外へと目を凝らした。
屋敷の庭園の先には小高い丘と薬草畑が、その奥には山野が広がっている。
山裾には青々とした湖水が映え、空をくっきりと映し取っている。
夜は星明りが、朝になれば湖面に霧が溶け、また違った景観を見せてくれるから、多少は楽しめるだろう。
「気に入るといいんだが」
「十分すぎるほどですわ。旦那様のお心遣いに感謝いたします」
窓を背に柔らかく笑むルーディエにも、元教え子に旦那様呼びされるのにもようやく慣れてきた。
あとは双子がなんとかなってくれることを祈るだけだ。
「まああ、もうそのように呼ばせているのですか。旦那様も隅に置けませんね」
アネットがルーディエを部屋の案内に誘う間に、マーサがなんとも嬉しそうな顔でこそこそと話しかけてくるのだが。
呼び名に早いも遅いもあるのか。
「ん? 何の話だ。家庭教師なんだから別におかしくないだろ」
マーサはこぼれそうなほど大きく目を開け静止した。
そんなに見開いて目は乾かないのか。
「……わたくしはてっきり、奥様になられる方がいらしたのかと」
「いやいやいや、んなわけあるか……っ」
「転送の魔道具をお渡しになられたのでしょう?」
「学院の卒業生を、家庭教師にと誘っただけだ」
「そんな……それに、白百合の間とおっしゃいますから、わたくしどもはもうそのつもりで」
マーサはほかの女中たちと頷きあっている。
「なんでだよ。ミセス・ピークのすぐあとにあの部屋は使えねえだろ。ほかの空き部屋より準備に手間もないだろうと、おまえたちに気を遣ったんだ」
どんな勘違いだとは思うが、思い返してみれば俺はマーサたちに家庭教師だと紹介していない。
前任がやめたその日に後任が来ることなんて一度もなかった。
家庭教師でもない、女性一人客が上客用の部屋をあてがわれるとなれば、その誤解もやむなしなのか。
……ってことは何か?
部屋までの道すがら、そわそわと寄せられた侍従たちのあの視線。
俺は屋敷の皆に嫁さんを見せびらかしながら屋敷内を渡り歩いたみたくなってるのか??
どばっと顔に熱がたまるのが、自分でもわかる。
今の会話、ルーディエに聞こえてなかっただろうな。
慌てて盗み見ると、アネットに促され、奥の部屋のクローゼットを開いて中を確かめているところだった。
よくやった、アネット……っ!
ホッとしたのもつかの間、ルーディエがこちらを振り返る気配がして、俺はぐるんと顔をそむけた。
「旦那さま、この部屋にはどのような魔道具がございますか?」
「お、おおー。こいつで確認してくれるか?」
眼鏡をむしり取るように外し、後ろ手に突き出す。
あたりまえだがルーディエまで届くわけもなく、白百合の間にしばし沈黙が満ちた。
徐々に下がり行く眼鏡をマーサが受け取り、ルーディエへの送達をかって出てくれるまで。
戻ってきたマーサへと、小声で頼む。
「……マーサ、訂正を頼めるか」
「まあ、訂正がご入用で?」
「バカ言え」
いるに決まってるだろ。




