7.いまだ慣れず
「さっそく双子たちへ紹介をと言いたいところだが、……あいつらは外だろうなあ」
ミセス・ピークを追い出せたと、存分に羽を伸ばしてやがるに違いない。
子守女中に持たせている【位置感知】の魔道具でだいたいの位置は掴めるが、女中を撒いていれば元も子もないしな。
「まずは部屋の手配が先だな」
俺は一言ルーディエに断わり、ソファから立ち上がると、執務机の上に置かれたベル型の【通信】魔道具を手に取った。
取っ手の背についているダイヤルを回し、通信先を女中頭に合わせてから魔力を込めリンと鳴らす。
部屋の手配とは言っても、今しがた立ち寄ったばかりの家庭教師用の部屋は泥汚れがひどいものだったからな……あれはすぐに片づけられる代物ではないだろう。
下手な空き部屋を用意させるよりも、普段から来客に備えているゲストルームの方が早いか。
なんてことを考えながら応答を待っていると、ベルの反響音がふつりと途切れた。
「はい! こちら、マーサでございます!」
代わりに聞こえてくる、初老の女中頭のつんざくような声に片耳を塞ぐ。
屋敷に設置されている伝声管と混同してしまうのか、マーサは何度言っても声を張り上げてしまう。
このベル型魔道具は音を飛ばすだけで、音量の調整機能まではつけていないというのに……。
俺は鼓膜を守るためにベルを遠ざけるしかない。
「マーサ、俺だ。……悪いが少し声を抑えてくれると助かる。今何を?」
「ミセス・ピークの残された足跡に、女中たち総出で取り掛かっております」
まあそうだよなあ。
家庭教師の部屋どころか、屋敷内に点々と続く泥汚れを瞼の裏に浮かべて、俺は眉をしかめる。
「悪いが来客中でな。白百合の間に案内したいんだが、どのくらいで準備できる?」
「まあ、これは気づきませんで」
「俺の魔道具で執務室に直行させたからな」
正門からの来客であれば、魔道具を介して女中頭と執事長がわかるようになっているが、今回はそうではない。
気づかないのも当然だ、と言い置けば、なぜかマーサはベル型魔道具の向こうで息をのんだ。
「……お客様は、何名いらっしゃいますか」
「女性一人だ」
「! 10分ほどお時間をいただければ、直ちに」
小一時間はかかる見込みでいたが、えらく早いな。
10分程度なら図書室や勉強室あたりを見て回ればちょうどいいだろう。
「助かる。それじゃ屋敷内を案内しがてら向かうとするよ。何かあれば連絡くれ」
なんとか鼓膜を守り終え、盛大なため息とともに通信を切る。
俺はベル型の魔道具を腰のベルトに吊るし、ルーディエを振り返る。
「思ったよりも早く部屋の準備が整いそうだ。案内がてら屋敷を見て……って、どうした?」
ルーディエは行儀よく腰かけこちらを見やったまま、銀の目をぱちぱちと瞬かせている。
「いえ、少し驚いてしまって」
マーサの声のでかさにか、と言いかけて思い至り、腰に吊るした魔道具に目を向ける。
「ああ、こいつを見るのは初めてか。そういや学院でも事務方くらいしか需要なかったからな」
魔法が使える者──すなわち、貴族だが──しか入れない魔法学院では、教師も生徒も【伝達】魔法で事足りるのだ。
とはいえ【伝達】魔法では速度も範囲も魔力量次第になるし、手紙を送り合うようなものだからタイムラグが生じてしまう。
会話による迅速な意思疎通が図れる魔道具ならそこそこ需要があると思ったんだが、数が必要になるのと双方にダイヤル設定が必須ってことで普及しなかった。
魔法の使えない使用人は屋敷内に張り巡らされた伝声管を使うか、足を運べばいいってことで、使用人を多く抱える貴族の屋敷にも需要がない。
ただ、爵位をもたない振興の富裕層には喜ばれているらしいし、この屋敷特有の魔道具ってわけでもないのだが。
ルーディエが知る由もないわな。
「これなら誰でも、どこにいても使えるからな。さすがに侍従全員分はないが。ミス・ルーディエと部屋係にも持たせよう。使い方は見ての通りだ。初めは慣れないかもしれないが、侍従たちのためにも使ってくれると助かる。……あと、普通の声量で十分伝わるからな」
ある意味、マーサとの会話はいい使用例になっただろう。
念のため釘を刺すと、ルーディエは心得たとばかりに微笑んだ。
んじゃ出るか、と俺がルーディエのトランクを持ち上げると、侍従が慌てて手を伸ばしてくる。
「旦那様、ご案内は私どもがいたします」
「ああ、いいって。図書室あたりにも立ち寄るし、ついでにあいつらの罠も解除していくし。部屋を案内したらあいつらに紹介するつもりなんでな」
俺は侍従の申し出を断り、鉢植えも抱えようとしてルーディエに掌を見せた。
「ん。そっちも」
「ありがとうございます。こちらは私が。軽いものですし、旦那様の両手を塞いでは申し訳が立ちませんもの」
「あー、……まあ、両手が塞がってたら双子の襲来に対処できないしな」
ルーディエの『旦那様』呼びにびくりと揺れてしまった手を、ごまかすように閉じる。
くそ、慣れねえ。
とはいえ今さら呼称を変えろと頼み込むのもおかしな話だ。
意地張ってないで、最初からほかの呼び名を提示しておくんだった。
管財人のドミニクに不在の間の仕事の采配を任せ、……最後にドミニクの震える肩を小突くことも忘れず、ルーディエと二人で執務室を後にした。




