6.じゃあそれで
元教え子たちの婚約破棄騒動どころか浮気騒動まで俺の作った魔道具がきっかけだった……というけっこうな衝撃からひとまず脱したわけだが。
すわ雇用契約を詰めようという段になり、俺はカーティスからよこされた封書にまたも目を剥いた。
この封蝋には見覚えがある。
家庭教師の講習や斡旋を行っている協会のものだ。
「おい、これって……」
「短期間ではありますが、ガヴァネスの講習を受けてまいりました」
中に入っていた三枚の書状のうち、一枚は講習の修了証明書だった。
記された講習期間は2週間とある。
カーティスが放逐されてから今日までの期間とほぼ一致する。
俺はてっきり、パーティーで話していた『進みたい道』を見て回るなり、頼りになる誰かの元を訪れていると思っていたのだ。
「たしか、やりたいことをいくつも挙げてなかったか?」
「少しでもお役に立たねば、恩返しにはなりませんもの。実践経験は間に合いませんでしたので、そちらはどうかご了承ください」
カーティスは申し訳なさそうに言うが、ほかで家庭教師として雇われればこんなにすぐ屋敷へ来られない。
どこにも立ち寄らず、屋敷に向かうための必要最低限を考え、下準備にあててくれていたのだ。
礼だとしても、義理がた過ぎるだうに。
ちょっと染み入りながら同封の推薦状に目を通すと、協会の代表者サインとともに、カーティスの経歴や授業可能な科目がしたためられていた。
詠唱学に魔法史学、魔法薬学、魔道具学……といった類は、魔法学院卒なので、まあわかる。
問題は次だ。
マナーやダンスにはじまり、周辺8カ国の語学と文化、文学、数学、物理学、幾何学、歴史、経済学、家政、生物学、考古学、地政学、天文学、絵画に各種楽器の演奏だと?
えっ、怖……うちの給金で雇えるのか?
最後の一枚は科目ごとの給金一覧だったようで、恐る恐る薄眼で見てみればミセス・ピークの半値くらいになっていた。
ほかでは習うことのできそうにない科目こそそれなりの値段だが、それでも激安だ。
「逆ぼったくりか?」
「適正価格と伺っております」
思わず口を飛び出したつっこみに、カーティスが冷静に返事をくれる。
つまり新人価格というわけか、えげつねえ。
とはいえあの双子たちの相手をお願いするのだ、危険手当の上乗せくらいは許されるだろう。
「八歳になるお二人の姪御をとのことでしたが、ご希望の科目はございますか」
「うーん、あいつら独りでに魔道具づくりを始めててな、魔道具学と数学と母国語は大丈夫だと思う。マナーはいるな、絶対。あとは……悪いが、俺にも何が必要かわかってなくてな」
俺は過去の家庭教師から双子の学習状況の報告を受ける機会もなければ、姉妹がいたわけでもない。
いち令嬢として何がどこまで必要なのか見当もつかないのだ。
「前任者方はどういった内容を?」
「あー、……」
俺が答えに窮した意味を、どうやらカーティスはミセス・ピークの惨状と照らして汲み取ったらしい。
すぐに質問を切り替えてくれた。
「奥様の教育方針は」
……そういや、卒業パーティーで話が出た際、俺は否定も肯定もしなかったんだったか。
「少し前までお気楽な次男坊だったもんでな」
暗にまだ独身だと示せば、これは失礼を、と返ってくる。
常日頃『いいかげんに奥様を迎えてください』『いつまでも次男気分じゃ困ります』と訴えてくる侍従たちの視線がうるさい。
『少し前どころか、もう半年になりますよね?』と言わんばかりだ。
おいこらそこ、今そんな話じゃねえから。
「では、ノーラッド先生ご自身がどのようになってほしい、といったご希望はございますか?」
「ああ、それならまあ……伯爵令嬢として社交の場や魔法学院であいつらが困らないようにしたい、かな」
「では、お二人の状況を把握してから決めましょう。なお、期間は三か月ほどと考えておりますが……短いでしょうか」
三か月。
そりゃ理想は長けりゃ長いほどありがたいが、カーティスが望んでいた独り立ち生活に俺が割り込んだ形なのだ。
これだけのスキルを持っている者を、恩返しだからという理由で長期間留め置くわけにはいくまい。
雇用主との交渉も段取り良く進めるところを見ると、家庭教師以外でも十分やっていけそうだしな。
「十分だ、助かるよ」
なにせ歴代の家庭教師で二週間もった人物がいなかったもので。
無事に三か月続けば、茶会に出られるくらいのマナーは身に着けるだろう。
「それじゃ、契約書は詳細が決まり次第したためるとするか。これからよろしく頼む。あー、っと」
公爵家とは縁が切れたわけで、カーティスと呼ぶわけにはいかないだろう。
紹介状にこっそり目を走らせると、本名のつづりを少しだけ弄ったサインが綴られている。
何て読むんだ。
「ルーディエとお呼びください、旦那様」
「わかっ……だ、旦っ?! ……いや、それは……」
少しばかりまずい気がする。
「正式に雇用主となるのですから、私もそう呼ぶべきかと。いけませんでしたか?」
なんてことない様子のカー……もとい、ルーディエにたじろぐ。
公爵家ほどの由緒ある家であれば家庭教師は使用人という位置づけで、それ以外の呼称は認められていなかったのだろう。
俺の屋敷でもそう呼ぶ家庭教師もいたし、その時は気にも留めていなかったが、俺は教え子だったルーディエを使用人扱いする気にはなれない。
となると、同じ言葉でも違って聞こえるわけで……
『呼称なんて、伯爵でもノーラッド卿でもいいだろう』
そう言ってやればいいのに、照れも何もない教え子を前にして俺ばかりが動揺するのもどこか癪で、じゃあそれで、と返した声は無様にも上ずっていた。
視界の端でドミニクが肩を震わせていたので、後でその肩をはたこうと思う。




