表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
諸般の理由につき押しかけガヴァネス始めました  作者: さと
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/9

2.計画的犯行でした

「災難だったな」

先生こそ、という言葉を飲み込む。

魔道具科の授業でしか関わりなどなかったというのに、最後の最後でとんだ巻き込まれ事案だったろう。


ノーラッド先生はその高い背で私を周囲の視線から阻むように立つ。

エスコートに慣れていないのか、先生はまちまちな歩幅で広いホール内をぎこちなく歩む。

学友とも兄や父とも異なる、大人の男性の手。

差し出された手首を彩る装飾時計は、場にふさわしく品のよいものだ。

先生が左利きということもはじめて知った。

そのくらいに私は関わりの薄い生徒だった。


どんな仕組みなのか、ダンスホールを出たとたんに指の先まで魔力が満ちるのがわかる。

「迎えを頼みますわ」

一言断わってからなじんだ魔力を掌に込め、光る蝶を外へと飛ばす。

会場まではアレクセイの馬車で訪れていたために、今の私には戻る足がない。

屋敷の御者へと迎えをよこすよう、蝶に伝令を向かわせたのだ。

これでさほど待たずにすむだろう。

エントランスまでの道すがら、淡く光りながら夜闇に溶ける蝶をぼんやりと眺めていた先生が小さく独り言ちる。

「……あんな使い方させるためにつくった魔道具じゃなかったんだがな」


察するに、ダンスホール内の【魔法規制】はどうやら先生が手がけたものだったらしい。

これほど広いホールをカバーするほど大掛かりなものを、私は他に知らない。

卒業という門出を万全の態勢で祝うために力を尽くしてくださったのだろう。


「ノーラッド先生のご厚意を無碍にしてしまい……たいへんなご無礼を」

「カーティスが謝ることじゃないだろ」

「どうかご安心を。シスカさんには同じ魔法を使う弟妹はいらっしゃいませんので、向こう10年はこのような使用はされないかと」

「そんな先の心配なんざしてねえよ。カーティスこそどうすんだ、あんな衆目の前で。人の口に戸が立てられないことくらいおまえもよく知っているだろ」


先生の懸念もよくわかる。

パーティーには、卒業生を迎える企業やご両親も列席していた。

【魔法制御】を避けた王家や公爵の姿こそないものの、名のある貴族もお見かけしたほどだ。

いち学院のパーティーといえども、小さな社交場に違いなかった。


「ええ、すぐに噂が広まるでしょう。すでに婚約の公示も済んでおりましたし、結婚式のひと月前の破談ともなれば、良くて生涯保養地に幽閉。ですが、このような場で恥をさらし、父に何の相談もなくお答えしたのです。放逐される線が濃厚かと」

「ほ……っ?!」

回廊の端に控える侍従らに聞かれまいとしたのだろう、大声を上げそうになった先生は慌てて周囲に目を走らせる。

「いくらなんでもそれはないだろ。無詠唱魔法の使い手がこの世に何人いると思ってるんだ」

「詠唱を省略できるというだけですわ。私はカーティス家ゆかりの【治癒】を使えませんし、お姉さまやお兄さま方が存分にお役目を果たしてくださっておりますもの。厳格な父のことですから、外聞の悪い娘など家の足を引っ張るものでしかないでしょう」


三大公爵家はその家独自の魔法こそが重用され、それ以外はたとえ長子であろうと後継たりえない。

ただし、稀に分家からゆかりの魔法を使える子どもが生まれることもあるため、養子として迎える際に恥ずかしくない家格と婚姻を結ぶことが通例となっていた。

父の顔に泥を塗り、家の名に後ろ足で砂をかけるようなことさえなければ。

実用性重視の魔道具を専門とする教師には考えにも及ばないものだったのか、こめかみに冷や汗を浮かべながら言葉を失っている。


「……悪い。せめてもっと早くに気づいて止めていれば……」

ようやっと絞り出した声は後悔が滲み、眉間には深いしわが刻まれていた。

先生はきっと、婚約破棄を中断させられなかったことに加えて、ご自身の作られた魔道具にまで責任を感じているのだろう。


「先生、どうか気に病まれませんよう。私はこの18年間ずっと、後継を残すためだけに生きる、意思のない人形でしたの。公爵家の名こそなくしますが、これからは学者を目指すもよし、彫金師に弟子入りするもよし。何か事業を始めてもおもしろいですし、魔法騎士団という手もありましょう。どんな道だって私の思いのままですもの」


わずかに浮かせた掌を透かしてみれば、指輪の外れた指の間は広く、見通しがいい。

きらびやかな灯りを受けて、この先を明るく照らしているようにも思う。

ふと視線を感じて隣を見やると、先生は驚いたような訝しむような顔を見せた。


「どうかされまして?」

「自虐的なんだか前向きなんだかわからんなと」

会場を出て気が緩んでしまったかしら。

巻き込んだ先生のお心を少しでも軽くとの思いから口にしたけれど、言葉に歓喜が滲み出ていたのだろう。

「まさかとは思うが、わざと仕組んでや……ああいや、今のは気を遣わせたんだよな。さすがに失言だった。忘れてくれ」


いいえ、先生。

アレクセイの言う『僕たちの願い』には、私も含まれているのです。


私は自由を、友人二人は愛を。

家や血に縛られた三人分の願いを叶えるには、本当に今日が好機だったのだ。

人の心を読むアレクセイと、人の心を操るシスカ。

自身の魔法を厭う彼らが惹かれ合うのは必然で、私は人形にはなりきれなかった。

各々の望むものを手に入れるため、友人たちは悪役を買ってでてくれたのだ。

二人の愛が魔法によるものではないこと、結婚間近で私が婚約者の座を譲ったことを公爵らの居ぬ間に公にできる、実に二年ごしの計画。

噂の種は瞬く間に枝葉を伸ばし、公爵家の力をもってしてもなかったことにはできないだろう。

先生には苦い置き土産になってしまうけれど、今ここで真相を告げることはできない。

失言を詫びる先生の隣で、私は小さく微笑むに留めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ