砂糖水
あれは十三年前――――竜也が五歳の時のことである。彼はこの時期に正体不明の感染症にかかり、心臓病を患った。この当時から、すでにメディカによる治療は普及していた。もし彼が普通の家庭に生まれていたのなら、心臓の病を治すことも容易かっただろう。
しかし、彼の父親はそれを認めなかった。
元々父子家庭で育っていた竜也は、母親の顔を知らなかった。こともあろうに、彼の父親は親マグスの過激派であり、更には宗教にも入り浸っていた。父親の歪な正義感は、その実の息子にも降りかかった。竜也が何を訴えても、彼がメディカの使用を認めることはなかった。
そんな中、竜也は毎日のようにある液体を投与されていた。
「竜也……これを飲みなさい」
「もう砂糖水は要らないよ。それより、早くメディカによる治療を……」
「駄目だ。マグスを犠牲にするわけにはいかないし、自然の摂理を逸脱した治療は認められない。とにかくレメディを飲み、徳を積み、神様にお祈りを捧げてさえいれば……お前は救われるはずだ」
父親はそう言い張り、彼にレメディと呼ばれる液体を与えただけだった。無論、レメディには万病を癒す力はない。竜也はそれを理解していたが、それでも父親を言いくるめることができずにいた。
結局、彼の心臓病は悪化の一途を辿った。彼は日に日に咳き込む頻度も増え、吐血も繰り返した。そのたびに父親はレメディを差し出し、神に祈りを捧げるばかりだった。この時、竜也はすでに、正しい医学の浸透していない世の中を憎みつつあった。
当然、竜也はレメディを飲む日々に不満を抱いていた。
「父さん! いい加減にしてよ! 僕の心臓、全然よくならないじゃないか! 神様なんかいないし、砂糖水なんかじゃ病気は治らないよ!」
「お前が反抗的な態度を取るから治らないんだ! お前が徳を積まないから、罰が当たったんだ!」
「お願いだよ……父さん。頼むから、病院に連れて行ってよ……」
「冗談はやめろ。医者はただ薬を売りたいだけだ。そんな連中を信じて金を出しても、いいように搾取されるだけだぞ!」
「父さんは……おかしいよ……」
彼の心臓を治す前に、その父親の思想を正す必要があった。しかしまだ幼い彼には、父親を説き伏せられるほどの話術はなかった。
心臓に重い病を抱える竜也は、学校に通うことができなかった。彼は通信制の学校に在学し、病に苦しみながら勉強に励んだ。
「僕が……正しい知識を身につけないといけない。父さんは……間違っているから……」
それが彼の考えだった。あの父親を反面教師とし、彼は必死に勉学に励んだ。その姿を見てもなお、父親は彼を認めはしない。
「何故お前の病気が治らないか、わかるか? お前が甘えているからだ! お前の努力が足りないからだ! 神様がくださった試練に感謝しろ! 苦しみほど尊いものは、この世にはない!」
結果が実を結ばないことは、神の意志である――――それが父親の教えだった。その教えは竜也の心臓病を悪化させるだけでなく、彼の性格をも屈折させていった。
やがて竜也が十二歳になった頃――――彼の父親はリベリオン・マギのテロによって死亡した。
ようやく父親から解放された竜也は、親戚に引き取られた。彼の病状を重く見た親戚は、すぐに彼を病院に連れていった。こうして竜也の体を脅かしていたウィルスは消滅したが、それでも心臓の細胞までは再生できなかった。結局、適切な治療が大幅に遅れてしまった彼は、心臓に後遺症を背負って生きることとなった。
悲劇はそれだけにはとどまらなかった。
「堺竜也さんの余命は……もって後十年でしょう」
医者は竜也に、余命宣告を言い渡した。竜也の中で、父親に対する怒りがこみ上げた。この日から、彼は正しい医学の普及を切に望むようになった。




