国家権力
その日の晩、奏美は再び愛恋のもとを訪ねた。彼女は先ず、その日の出来事を語った。彼女の話を聞き、愛恋はすぐに納得する。
「確かに、ここ数日の間、御鷹を見ていないね。監獄の場所はもうわかっているのかい?」
奏美は答える。
「ああ、わかっている。だが下手に今のドクター・マガミを刺激すれば、御鷹の命が危ないだろう」
今は下手を打てない状況だ。彼女が頭を悩ませている傍ら、瑞葉と紅蓮も真剣な顔をしている。二人にとって、御鷹は唯一心を許せる人間だ。
紅蓮は言う。
「とにかく、ドクター・マガミはオメェに圧をかけてきたわけだろ。オメェに探りを入れられた瞬間にな。そいつは紛れもなく、アイツがクロだという答え合わせじゃねぇか」
彼女の言い分に、その場にいる全員が頷く。やはり真上玲作を疑って損はなさそうだ。奏美は話を続ける。
「その上、多くの情報が検閲に引っかかっていた。まるで、国を挙げてドクター・マガミを庇っているかのようだった。彼はおそらく……政府と癒着している。そして、彼がワタシの動きに勘づいたということは……非常にまずい」
そう語った彼女は、この上なく神妙な表情をしていた。瑞葉は恐る恐る彼女の顔を覗き込み、質問する。
「つまり、どうなるのですか?」
部屋一面に、不穏な空気が漂う。強大な敵の存在を前にして、彼女たちは着実に不安を募らせている。奏美は瑞葉の方に目を遣り、質問に答える。
「彼は元から、ワタシを監視していたんだろうね。彼の体はワタシの発明品で出来ているし、彼の正体を最初に暴けるのもワタシだろうし、何より彼を倒しうる技術力を持つのもワタシだから」
「要するに……貴方と会話した私達も……」
「そうなるね。もうこれ以上、何も知らないフリを通すのは無意味だ」
状況は絶望的だ。何もしないわけにもいかないが、下手に行動を起こすわけにもいかない。このままでは手詰まりである。紅蓮は音を立てて壁を殴り、玲作に対する怒りを露わにする。
「アイツは……ドクター・マガミは、人間とマグスが敵対することを望んでやがる! 多くの者が傷つくことを! 多くの尊厳が踏みにじられることを! 多くの命が散ることを!」
怒号は集落に響き渡った。周囲の全員が黙り込む中、紅蓮は叫び続ける。
「聞いてるか、ドクター・マガミ! オレは必ず、オメェをぶちのめしてやるからな! オメェの狼藉もここまでだ!」
無論、当の玲作がこの様子を監視していたとしても、彼女に恐れをなすことはないだろう。何しろ、今優位な立場に在るのは、紛れもなく彼なのだ。
「……それじゃ、ワタシは研究所に戻るよ」
奏美はそう言い残し、愛恋の住む集落を去った。
数日後、一人の人間の男が集落を訪れた。彼はスーツを着こなしており、上品な佇まいをしていた。そんな彼を出迎えたのは、愛恋だ。
「……君は、一体?」
「政府関係者です。奏美さんがいる時と場所では、上の者に監視されてしまいますので……彼女のいない今のうちに話しておきたいことがあります」
「……つまり、君は上の者に背いているわけだね」
相手が味方であることを確認し、彼は安堵の微笑みを浮かべた。政府関係者を名乗る男は、すぐに話を切り出す。
「政府は桜神靱がマグスウィルスを撒いた張本人であることを知っています。しかし戦争や人体実験、人身売買や医療などは経済を回すため、人間とマグスが敵対している現状は政府にとって好都合なのです」
「なるほど……」
「そして奏美さんの予想通り、真上玲作と桜神靱は同一人物です。しかしこれらの情報の全ては、政府に隠蔽されています。国民の憎しみや差別感情を一つに束ねれば、それが愛国心となり、金となり、科学の進歩を促しますから」
奏美が推測していた通り、やはり玲作は政府と癒着していた。




