学園の朝
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「王立アルテイシア学園に到着しました。馬車の停留所に向かいます」――御者の声と共に、馬車の歩みが遅くなっていく。
途端、私の心臓は一度、大きく高鳴った。
(とうとう来たぜ、乙女ゲームの舞台……!)
窓の外に見えるのは、白亜の校舎と、広大な庭園。 乙女ゲーム【クローバーの約束】のメイン舞台にして、この国唯一の学び舎――王立アルテイシア学園。これが世に言う聖地巡礼というやつだろうか。
(でもまさか、ゲーム開始時期に訪れることになるとは夢にも思わなかったなー)
初代学園長である令嬢の名を冠した、由緒正しい名門学園……なんて言われているけど、バルカン領に学校が出来るまで、この国には『学校』という組織はここにしかなかったんだから、比較対象もないのに名門も何もないよなぁと思ったのはここだけの秘密。
ま、なんだかんだ言って、ここは私の目的地ではないんだけどね。
「き、緊張する……!」
私の向かいに座っている、制服に身を包んだミツバはガチゴチに硬くなっている。
朝の男の子っぽさはどこへやら。後ろでざっくり束ねた編み込み混じりの纏め髪がめちゃくちゃ似合っている。
百人いたら百人が可愛いと叫ぶ、王道乙女ゲームのヒロインそのものの美少女だ。
「友達出来るかなぁ……」
「心配することないよ、ミツバは人懐っこいんだから。ルーベ中の住民と友達みたいなものでしょ」
「それは言い過ぎですよぉ」
「謙遜しなさんな。あ、買い物に夢中になって勉学を疎かにしないようにね」
「が、がんばります……!」
「ミツバはやれば出来る子なんだから、頑張り過ぎなくても大丈夫だって。気楽に学園生活楽しみなさいな」
「は、はい! ありがとうございます!」
なんたってミツバは乙女ゲームのヒロインだからね。彼女は心配しなくても大丈夫だろう。
……問題は、私の隣に座っている人物。
「ああ……! 行きたくない行きたくない行きたくなさ過ぎる……どうして貴族は学園に通うなんて決まりがあるのかしら……! お姉様と離れるなんて辛すぎる……!!」
私とミツバの和やかな会話の横で、ブツブツと呪詛のように不満を零しているヨツバ。
……ヨツバ、なんだけど……。
彼女の美しい金髪は今、染料で綺麗に真っ黒に染め上げられガチガチの三つ編みにされている。
耳の後ろから垂直に垂れ下がるおさげ髪からは、校則を遵守します! という鋼の意思が伝わってきそうだ。
……そんな校則、この学園にはないけど。
更に、彼女の魔性の美しさを顕した尊顔には、交易品でゲットしたという分厚い眼鏡が掛けられてる。
黒髪おさげプラス、見えてるのか謎な眼鏡。
この二大兵器によって、彼女の女神の如き美しい顔は見事に消滅させられている。
一言でいえば、くそダセぇ。
根暗なオタク女子といったらこんなイメージ、を体現したような姿がそこにあった。
(提案したのは私だけど……申し訳ない……)
父親譲りの魔性の美貌を持つヨツバ。幼い頃からその美しさに魅了された男たちに苦労をさせらてきたのだ。年頃の男女が集う学校なんかに行ったら、絶っっっっっ対に面倒事に巻き込まれる。学園ものの定番だ。
だから変装するべき! と提案したら……この姉妹、私の想像の斜め上を行く装いをしてきやがった。
まさかあんなパーティーグッズみたいな眼鏡が売ってるとは思わなかったわ。
ちなみに眼鏡はミツバも装着する。姉妹だからとヨツバの素顔を探ろうとする輩がいるかもしれないからね。
それによってミツバにもダサさが備わってしまう……折角髪型可愛いのに……。
「ヨツバ……寂しいのはわかるけど、もっとしっかりしないと。下手に弱いところを見せたら、食い物にされるからね?」
「人前では静かに勉強に勤しますので、大丈夫です」
「勉強だけじゃなくて、友達作るんだよ?」
「……前向きに検討します」
それ元の世界だったら信用できない台詞。
「もう、お姉ちゃんったら。いい加減、観念しなよ〜」
「だって……だって……!」
「たった一年なんだからいいじゃん。私なんて三年だよ? 年に一回帰れるかどうかだし、アマーリエ様にも、お祖母ちゃんにもお祖父様にも会えないんだからね。それに比べたら全然マシ!」
「!! ……そっか。そうよね……ごめんなさい、ミツバ……私ったら、自分のことばかりで、貴女の気持ちを考えてなかったわ……」
お見事。肝が据わってるなぁ、ミツバ。どっちが姉かわからなくなるわ。
ちなみにお祖父様ってパーシーのことね。
ちょっと想像できないけど、新しくできた孫たちにデレデレらしくて、すぐお小遣いあげてしまうんです……ってニーナが困ってたよ。老後資金は大事に取っとくべきだぞー。
二人とも、『もういい年だし長旅はきついから』とバルカン領で留守番をしてくれている。
孫達がいない初めての時間をどう過ごしてるんだろうなぁ。
私も早くバルカン領に帰りたい。そう思うくらいには、あの場所は私の故郷になってはいるんだよね。
不思議なもんだ。
そんな感慨に耽っていたら馬車が停まった。
どうやら馬車の停留所に着いたらしい。ガタゴトと足場用の階段を設置した御者が、恭しく扉を開けた。
途端、春風が馬車の中へ流れ込む。
外の世界の明るさに一瞬目が眩んだが、すぐに復活した視界に、すっと美しい所作をした人影が飛び込んでくる。
馬車の傍らに控えていたのは、見慣れた青年だった。
深い紺の髪を短く切り揃え、白を基調とした制服を隙なく着こなしている。
六年前の幼さはすっかり消え失せ、すらりと伸びた背丈と鋭さを増した眼差しが、彼を年齢以上に大人びて見せていた。
だが、青空のような瞳は変わらない。
「おはようございます」
かつて居丈高な生意気な声は、低く落ち着いた声色に変わっていた。
――ニーヴェルだ。
ニーヴェルはヨツバたち同様、私の屋敷で執事見習いとして留まっていた。でも彼はきちんと十六の年に学園に入学したので、私とも約二年ぶりの再会である。
挨拶と共に下がった濃紺の頭に向かって声を掛ける。
「頭を上げて。久しぶりだね、ニーヴェル」
「お久しぶりでございます、奥様。このような公の場でのご挨拶、申し訳ございません」
「いや、顔を見れて嬉しいよ。なんというか……大分洗練されたね」
ゲームでは長髪を一纏めにして、騎士見習いらしくガタイのよい男前なイラストだった。
でも、今目の前にいる彼は『髪は邪魔だから』と短く、無駄な脂肪も筋肉もない引き締まった体躯はまるでモデルのようだ。
そんな彼が目指すのは執事の道。
パーシーのような立派な執事になるのが目標だと目を輝せながら語っていた頃が懐かしいな。夢に向かって順調に進んでいるようで何よりだ。
「ありがとうございます。奥様は、お変わりないようで」
「二十代の間は、年を重ねても見た目はそこまで変わらないからね。さて、挨拶はこれくらいにしようか。ヨツバとミツバを迎えに来てくれたんでしょう?」
「はい。お二人のことは、このニーヴェルにお任せください」
頼もしく微笑むニーヴェル。うーん、成長が著しい。
話をそこで切り上げて、位置的にミツバに先に出るように促す。ニーヴェルの登場で緊張が解けたのか、例のクソダサ眼鏡を装着したミツバが元気よく飛び出した。
「ヴェル! 久しぶり! 元気だった?」
「……お久しぶりです、ミツバ様。ですが、ここは学園なので、愛称で呼ぶのはお控えください。その、周囲の目がありますので……」
「あ、そっか。ごめんごめん。改めて、ニーヴェル様。お世話になります!」
「はい。宜しくお願いします」
勢いのまま抱き着きそうなミツバを大きな手でやんわりと制止させるニーヴェル。雑な扱いだが、ミツバは全く気にした様子もなく満面の笑みを浮かべている。
かつての幼馴染としての距離感に苦笑しつつ、一礼しあう二人。仲良しだなぁ。
次はヨツバだ。ヨツバはご令嬢の礼儀作法に則り、階段を降りる補助としてニーヴェルが差し出した手を取ってゆっくりと馬車を降りた。
ニーヴェルの視線が馬車から降りるヨツバを映し出した途端――彼の涼やかな顔が見事にフリーズした。
「……ヨツバ、様?」
「お久しぶりね、ニーヴェル様? これからよろしくお願いするわ」
「……お久しぶりでございます。……なんというか、前もって手紙で聞き及んでおりましたが、これほどとは……」
「凄いでしょう?」
「はい……」
ヨツバの完璧な変装を前に、さしものエリート執事見習いも絶句。当のヨツバは何故かドヤ顔でニーヴェルに同意を求めていた。
「ニーヴェル、ヨツバのクラスは手筈通りになっている?」
「は、はい。ヨツバ様は私と最高学年の同じクラスに編入となります。ミツバ様は学年が異なるので目が届きにくいのですが、そちらのクラスには、私の方で目を掛けている者がおりますので、逐一報告させます」
「げぇ。監視されんの? 止めてー」
「う、うーん、心配だけど、逐一は確かにやりすぎかも? 何か面倒事が起こりそうな場合に時にしてあげなよ」
「前向きに検討します」
「そのセリフ本日二回目だわ……。と、兎に角、くれぐれも二人を宜しくね」
「勿論でございます。この命に代えましても、二人をお守り致します」
「う、うん……ニーヴェルも引き続き、学園生活楽しんでね」
まあ、バルカン公爵家の家紋入りの馬車で来ることで牽制してるから、下手に手を出す輩はいないと思うけどね。
姉妹をニーヴェルに託し、校舎に入ってく三人を見送ってから馬車を出発させ――ようとしたのだが、そこに一人の仕立てのいいローブを纏った初老の男性を「お待ちくださいー!」と声を張り上げながらこちらに駆け寄ってきた。
「はあはあ……お、お初にお目にかかります! 学園長を務めておりますヒューイと申します! バルカン公爵夫人、貴女の成し遂げられた教育改革の偉業は、王都の我が耳にも届いております!」
「が、学園長ですか。どうも、初めまして……」
まさかの学園長トップからの直々のアタック。思わず引き気味ながらも下手に挨拶してしまうのは元OLの悲しい習性。
「もし! もしお時間があるようでしたら、ぜひとも我が学園の教員たちへ、その素晴らしい学校経営やノウハウについてお話を聞かせてはいただけないでしょうか!?」
「ええっと、申し訳ございませんが、本日は今から王城へ参内する予定がございまして……また機会があれば……」
「おお、それは大変失礼いたしました! ではいずれ、わたくしの方から正式な招待状を送らせて頂きますので、宜しければご参加くださいませ!」
「ええ、はい。都合が合えば、是非」
なんとか学園長の猛アタックを笑顔でいなし、車を出発させる。窓から外を見れば、学園長がぶんぶんと手を振って見送ってくれていた。
学校経営が軌道に乗って上向きになるにつれ、その噂は他の領地にまで広がった。それで他所の領主からも話を聞きたいと声掛けされているんだよね。
ぶっちゃけ、偉い人たちとのお堅い話し合いはあんまり好きじゃない。
だけど、私たちが必死に形にした学校経営にこれだけ興味を持ってもらえたわけだし、この国全体の識字率底上げのためにも、ノウハウはどんどん広めていきたいところだ。
密かに決意した私を乗せた馬車は、次なる目的地―王城へと向かって滑り出すのだった。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




