愛という名の毒
Xで地の文がどうとか冗長がどうとか話題に上がってて、他人事じゃねぇ!と思った也。
冗長鬼長いのに、読んでくださってて本当に有難うございます。
(ますますこの人と一緒にいるの怖くなったわ! な、なんとかして逃げられないかな……!?)
馬車はそこまで早くはないけど、動いているところから飛び降りるのは……精神的にはワンチャン行けなくもないけど、肉体的にはどうだろうか。
しかも外は暗いし、場所が特定できないと帰りつくのは至難の業。それに、降りた場所が不安定だったら寝間着に裸足の私には大ダメージだ。
「さあさあ、お喋りはここまでにしましょう。そろそろお休みください。まだ先は長いですよ」
どうにか出来ないか考えていたら、大きく膨らんだ革袋を差出される。とぷんと聞こえた音と揺れ具合を鑑みるに、水が入っているようだ。
喉がカラカラだし、出来ることなら飲みたい……でも、今出されたものは飲みたくない!
「い、いや、キャロライン……だいじょ」
「いえ、寝起きですし、喉が乾いたでしょう。少しでもいいのでお飲みください」
断ろうとしたものの、差出すどころか目の前に突き出される。
笑顔のままなのに、無言の圧力を感じる。受け取らざるを得ない。
(し、しょうがない……飲んだふりするか……)
恐る恐る受け取って、栓を開ける。爽やかなレモンの香り。
とはいえ、革袋の口を舌で押し留めて水が口に入ってくるのを防ぐ。
――その時だった。
舌に、硬いものが触れた。
(何!?)
水しか入っていないと思っていたから驚いて、革袋を口から離す。だけど少し慌てすぎた為、手元を狂い注ぎ口から水が溢れる。急いで手を当てて逆流を防いだが、その拍子、水とともに何かが掌に転がり出た。
(なんだろ、レモンの種か、な…………!?)
指先で摘み上げてよく見てみる。
丸みを帯びた、小さなそれは――ナッツだった。
その時、思い出した。
意識不明の中で出会った光の玉の言葉。
『現在進行形で、アマーリエ様の身体にはその食べ物が摂取され続けているんだ』
てっきり、最初に倒れた時のアレルギー反応が継続しているって意味かと思っていた。
だけど、よく考えたら、違う。
今。まさに今。
私は、再びアレルギー物質を摂取させられそうになった。
幼い頃から世話をしてくれていて、アマーリエの好き嫌いだけでなく、アレルギーもきちんと把握している筈の、その相手に。
なんで? どういうこと?
辞めさせようとしたから?
喉の奥がひゅっとなる。
呼吸が浅くなり、酸素が欠乏したように目の前がチカチカと点滅した。
(落ち着け。まだ、確定じゃない)
ナッツを隠すように握り込む。
そんな私の行動を、キャロラインはどう見ているのかが気になって、チラリと視線を向ける。
キャロラインは——笑顔のままだった。
「どうなさいました、アマーリエ様? おかしなものは入っていませんよ。だって、わたくしの愛情をたくさん込めたレモン水ですから」
……”わたくしの愛情“ってなに……。
その台詞から、キャロラインへの疑念が深まった。
飲む気は完全に失せた。
どうにかこの場を切り抜けられないか考える。
対してキャロラインは私が水を飲むのを待っている。
お互いの動きを見るように視線が絡みあった。
落ち着け、落ち着け……。
深呼吸を繰り返す。目を逸らさない。相手の圧に負けてはいけない。集中するのは心臓の音じゃなくて目の前の相手……。
(……あ……)
――まるでこれは、三十年以上嗜んだ剣道の試合のようだ。と、頭を過った。
その所為というかお陰というか。
試合相手に挑むような、変な度胸が沸いてしまった。緊迫感はそのままだけだ、頭の中はクリアになっている。
(……いつまでも逃げ続けるわけにはいかない)
ここで黙れば、きっと私は慎重さを言い訳にした末に繰り返されてしまうかもしれない。
キャロラインの平民たちに対する恨み骨髄に達する様子を目の当たりにした今、屋敷にいる平民たちだけでなく、領民たちにも危険が及ぶかも知れない。
特に、ニーヴェル、ヨツバ、ミツバ、ニーナ。
キャロラインの狂気は、まず間違いなく彼女たちに向かうだろう。
(……今ここで、なんとかしかない)
喉が焼けるように渇く。
それでも、唇を開いた。
「……キャロライン。この水、ナッツが入っている」
「気の所為ではないですか?」
私の決死の問いかけに、キャロラインはさらりと返してきた。
「いえ、おそらくは砂糖ですわ。ただのレモン水だけでは味気ないでしょうし、少し甘みを足そうと……」
「キャロライン」
それどころかそれらしい理由を付けてくる。
勿論、終始笑顔のままで。
言い訳であることは百も承知。だから、最後まで聞くことなく、台詞を遮り、掌に乗せたナッツを差し出した。
「これが、水と一緒に出てきたよ」
その瞬間、キャロラインの顔から笑顔が消えた。
いや、笑顔だけじゃない。
あらゆる感情を消し去ったような無表情。
だが、光の失った黒い瞳は真っ直ぐ私のことを見つめていた。
「……なんてことかしら。慌てて準備をしたから、潰したりなかったのね」
事もなげに、自白する。
あまりにもあっさりとした台詞に、私は言葉を失った。
「でも、わたくしと離れようとするアマーリエ様が悪いんですよ。あんなことを言わなければ、あんな目に遭わなかったんですから」
「……解雇された恨み? それで殺すつもりだったの?」
「そんな、まさか。アマーリエ様には、少しずつ体調を崩していただいて、穢らわしい世俗から、切り離して差し上げるつもりでした。
そして、療養を名目に、わたくしと別荘で暮らすのです。
ああ、勿論そこに行ったらナッツは絶対に食べさせませんよ。そうすれば、わたくしたちは二人でずぅっと楽しく暮らせて、もう二度と離れられませんからね」
「……なんで、そんなことを?」
「アマーリエ様は、わたくしの敬愛するバレンシア様の一人娘であり、バレンシア様によく似ておられますから」
答えになってない。
でも、なんとなくキャロラインはアマーリエの母……バレンシア側妃に対して狂信的な愛情を抱いているということはわかった。
そしてキャロラインは、私を殺すつもりはなく、ただアレルギーを利用して領主としての機能を奪い、隔離するつもりだったということも。
キャロラインの言葉は、私の理解を越えていた。
「でも……少しずつ食べさせていたのが悪かったのかしら。耐性が付いてしまったのですね」
言われてみたら、確かにキャロラインが持ってきたデザートとか食べた後は具合が悪くなっていたような気がする。
てっきり過労とか月のものかと思ってたけど……。
屋敷にいた頃の私の体調不良は、キャロラインが仕掛けたものだったとは。
(なんだっけ、そういう病名あった筈? 代理ミュなんとか……)
「でも、そんなこと、もうどうでもいいじゃないですか。これからは、わたくしと二人で、ずっと仲良く暮らしましょうね」
「……側妃を……母を、裏切るの?」
「バレンシア様を裏切る気など、微塵もありませんわ。でも、バレンシア様は、アマーリエ様を怖がってるから……」
「怖がっている?」
「そうなのです。そこだけはわたくしも腑に落ちません。こんなにもバレンシア様にそっくりなアマーリエ様を、あんな似ても似つかないドブネズミ女に似てると思うなんて……アマーリエ様はバレンシア様によく似たガーネットの瞳。対してあの女はドブネズミの血の色。全く、似ておりませんよねぇ」
同意を求められたけど、そんなこと知る由もない。
それにしても、バレンシアはアマーリエのことを、怖がってたのって本当か?
(だって幼少期、バレンシアはいつも王と一緒に……一緒に?)
思い返してみれば、バレンシアはいつも王と一緒にアマーリエの元を訪れた。
で、王妃に怒られて父王があまり来なくなると、バレンシアも来なくなり、一人で来たとしても娘に素っ気無くなっていた。
つまり、夫の前ではアマーリエを可愛がっていたように見せてたけど、実はアマーリエと会うのが嫌だった……?
それも、あの女とやらに似ている所為で……。
(いや、あの女って誰だよ! ドブネズミ女とかめちゃくちゃ悪口言われてるけど……)
稀代の悪女シャーリーンなのかな? でも、バレンシアは彼女に圧勝してるんだから、怖がるってこともないと思うけど……。
「やっぱり、心労を重ねざるをえない王族の暮らしが悪いのでしょうか。いずれは、バレンシア様もここに呼んで三人で暮らすのもいいかもしれませんね」
そう、名案だと言わんばかりに明るい声を上げられる。
それが、“正しいこと”だと信じて疑わず。
「それまで、わたくしのこと、お母様と呼んでくれてもいいんですよ」
ぞわり、と全身に冷たいものが走る。
その言葉の奥にあるのは、忠誠でも献身でもない。
……独占だ。
お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)




