アルバイトではあれ、滅多にないチャンス
カヤは学習机にほおづえをつき、白い羽根を見ている。
それはピリポから渡された一本の羽根だった。
道端に落ちているカラスの羽根に似ている。
もっとも、色はホワイトバージョンだが。
数時間前、宙に浮かんでいるピリポを目にしたとき、カヤの口から漏れ出たのは悲鳴ではなくため息だった。
ふわりと舞い降りたピリポの姿に、カヤはなぜかホッとするような安心感を覚えたのだった。
「この人は悪い人じゃない」
と直感が告げたと言ってもいい。
いまのいままで悪い人に追いかけられているという緊張が一気に緩んでため息となったようだ。
ピリポはどうやら、カヤが
「中学生には天使のアルバイトは負担が大きい」
と考えたと受け取ったようだった。
だからファミレスを飛び出したのだろう、と。
ピリポとしては「アルバイトではあれ、天使になれる滅多にないチャンス」を提供しているつもりだったので、カヤのその誤解を解こうとして追いかけてきたのだった。
誤解をしているのは自分自身ということにはもちろん気づいていない。
だからこそ、満面の笑みでピースサインができたのだ。
ピリポは路上で「滅多にないチャンス」を何度も強調したあと、カヤに一本の羽根を渡した。
「もしアルバイトをする気になったら、この羽根を三回振ってくれたらいい。すぐに行くから」
そしていま、その羽根をカヤは見つめているというわけだった。
「どうしようかな……」
と言いながらも、カヤの心は決まっていた。
天使のアルバイトを引き受ける。
それは、ピリポが言うような滅多にないチャンスにレア度を感じてのことではなかった。
夕食時、父が漏らした一言が背中を押したのだ。
「たまには牛肉が食べたいなあ……」
そう言ったあと、父はハッと口をおさえる。
思ったことをつい言ってしまうのは父の特性だった。
そのすぐ後に取り繕うように付け加える。
「カヤもさ、剣道がんばってんだから、牛肉食べて強くならなきゃ」
「牛肉食べると強くなれるの?」
「だって、猪突猛進って言うじゃん」
「………」
どうやら、猛進の「モウ」からくる発想らしい。
最初の「チョ」はどこに行ったのよ、とはカヤは言わない。
改めて、いまは亡き母がいかに愛情深かったかを実感するだけだ。
「そうね。じゃ、明日はスキヤキにしようか」
「やた!」
「ところで、天使の仕事ってなんなんだろう?」
ふとそう思い、カヤはスマホで検索してみた。
しかし出てきたのは意味がとらえにくい内容ばかりで、肩をすくめる。
ただ、天使とキューピッドの違いだけは分かった。
ま、いいか。
次に会ったとき、ピリポさんが教えてくれるだろう。




