悲鳴をあげるために、息を深く吸い込む
「ソーリー! ツケといて」
「あっ、お客様! お待ちください」
という声を背後で聞きながら、カヤはファミレスを飛び出した。
外はすっかり日が暮れている。
きっと父は空腹を抱えてカヤの帰りを待っているに違いない。
ムダ過ぎる時間を過ごしてしまった。
溺れる者は藁をもつかむというが、そもそも溺れている者にとって藁はなんの役にも立たないことをカヤは思い知った。
(いくらなんでも、そういういかがわしいアルバイトなんて無理)
そう思いながら、小走りにファミレスから遠ざかる。
背後から
「待て食い逃げ」
「ノー! 誤解だよ」
「だったらなぜ逃げる」
というやりとりが聞こえてきたが、もちろん無視した。
あのチャラ男が追いかけてきていることに恐怖を感じる。
このまま拉致されて、無理矢理コスチュームを着せられて……という想像までしてしまった。
横断歩道を素早く渡り、コンビニの角を曲がって、住宅街に入る。
(どこかに棒のようなものが落ちていればいいんだけど)
万一の場合、それで抵抗して時間を稼ぐ。
街灯の明かりは頼りないが、大きな声を出せば、誰かが警察を呼んでくれるだろう。
カヤは冷静に判断しながら走り続ける。
スピードを出しすぎると息があがるので、セーブして走った。
背後への注意は怠らない。
いまのところ追いかけて来る気配はない。
きっとファミレスの人に路上でねじ伏せられているのだろう。
そうあってほしかった。
(私も共犯だと思われたらイヤだな)
しばらく、あのファミレスには近づかないようにしよう。
もうすぐ家に着くというところまで来た時、頭上でバサバサッという羽音がした。
ふだん聞き慣れているようなカラスやハトの羽音ではない。
もっと大きな……。
ふと見上げると。
「え?」
そこにピリポがいた。
真っ白い羽根を広げ、宙に浮かんでいる。
ニコニコと笑いながらピースサインを向けてくる。
思わず足を止めたカヤの鼻がカレーの匂いをとらえた。
きっと、近くの家の今夜の献立なのだろう。
別の家からは焼き魚の匂いがただよってきた。
子どもがお風呂場ではしゃぐ声も聞こえてきた。
そして、宙に浮かんでいるチャラ男。
住宅街のありふれた日常におけるハッキリとした異物。
ピリポは朗らかな笑顔で言った。
「中学生でも心配ないって。簡単なバイトだから!」
カヤは悲鳴をあげるために、息を大きく吸い込む。




