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Hand to Heart 【side A】  作者: 亨珈
霍乱
168/169

真夏の夜の

一人称のときにしげくんだったのが山本・明憲だったのが山下です。

記憶の彼方だと思うので前もって補足説明(笑)

 ほんとはわかってた。

 柔らかいものが一瞬だけ押しつけられて、ゆっくりと離れていく。

「閉じこめておきてえ」なんて物騒なことを呟くから、全力で寝ている振りを続行するしかなかった。

 ――応えられないから、知らない振りをする。

 仲間でいたいから、気付かない振りをする。

 はっきりさせないのは、お互い様。



「合宿?」

 驚愕の声を上げたのは和明だけで、部室内の他のメンバーは、大野会長の知らせにもそう驚いた様子ではない。

「長めのセッションをするんですか?」

 小橋が眼鏡のブリッジを押し上げ、間野は「やりぃ」と指を鳴らし、佐藤は黙然と頷いていて、「久しぶりですねえ」と紅茶を給仕する山本は嬉しそう。

 山下はほのかに笑みを浮かべたようにも見えるが、まあきっと嬉しいんだろうなと察せられる程度で、微妙。

 寮生なのに合宿なんて意味があるんだろうかと首を傾げている和明に、大野は簡単に理由を教えてくれる。

「通常の部活動は夕方で切り上げるからね。日曜はそれぞれ別の用事があるし、結局短いシナリオしかやっていないだろう。そうじゃなくて、休憩を適宜挟みながら、丸々一日没頭してセッションするんだよ。たまにはいいだろう」

 学校内で見かけるときには淡々としていつも無表情に近い大野の表情は、部活動の際には少し緩んでいる。

 特に和明を見る眼差しは柔らかくて、それが自分だけにだと気付いていないのは本人のみだ。

 だけど他のメンバーだって似たようなものだったから、心の中でこっそり突っ込みを入れるだけで、誰も口には出さない。

「やっぱり視聴覚室を使うんですか?」

 それとも部室? と問うと、首を振る。

「なるべく寮に近くて、大人が居る場所の近く、ということで、教務員室の上の教室を使う」

 そこは二年生の教室で、部活メンバーの誰にも馴染みのない場所。返ってそういう方がいいのかもしれない。

 こうして、お盆で講義を中休みする生徒の多いとある平日に、徹夜でセッションすることになったのだった。



 夕食を取るために長めの休憩を言い渡されて、食堂でいつものように左に携、右に智洋と食事を済ませた和明。その後は入浴も済ませてから集合ということなのだが、当たり前のように智洋は落ち着きがなかった。

「ほんとに気をつけろよ。会長が傍にいないときにはもっと気をつけろよ」

 そわそわと部屋の中を彷徨きながら、支度をする和明にくどくどと同じことを繰り返す。

 いい加減うんざりするものの、愛だなあなんて嬉しくないわけないもんだから、和明はついつい微笑んでしまう。

「もう、いくらなんでも、全員揃っている中で変なことあるわけないだろ」

 小橋と間野だけなら甚だ怪しげなことをされているわけだけれども、それを智洋には言えないから、あっけらかんと笑ってみせる。

 うー、と唸りながら、智洋は和明を抱き締めた。

 寮と校舎に分かれて眠るなんて初めてで、帰省の日も合わせたくらい、この部屋にどちらかが居ないことなんて考えたこともなかった。

 同じベッドに居なくても、通路を挟んで隣に居るのと、建物自体が別なのとでは全然違う。もしも何かがあって和明が悲鳴を上げたとしても、ここまでは届かないだろう。

 そんな想像をしただけで、いてもたってもいられなくなる。

「智洋ー。そんなに俺のこと信用できない?」

 見た目よりも分厚い胸板の中でくつろぎながら、和明は苦笑した。

 恋人の心中が解らない訳じゃないけれど、ふたりきりで行った周一郎とのデートとは違う。なにもそんなに難しく考えることはないだろうに、と呆れてしまう。

「そんなんじゃ……」

 体を離して顔を見つめると、狼狽えた智洋と和明の視線が絡む。静かな和明の瞳に映る情けない自分を見て、智洋は「ごめん」と囁いた。

 前の晩も、帰省していたからそれぞれの実家で寝ていた。体を繋げるのは週末だけと取り決めていたけれど、せめて同じベッドで横になりたいななんて考えていたから、余計に寂しくて心配してしまうのかもしれない。

 眉を下げる智洋の首に腕を回して、和明はこつんと額同士をくっつけた。

「あんま変なことして本気で俺が怒るようなことになったとしてさ。そうしたら大野さんだって激怒するし、そうでなくても会長で学園から叱責されるのって大野さんじゃん。あいつら、中学から親しくしているみたいだし、大野さんのこと困らせたりしないと思うんだ。だからさ、心配いらねえって」

 諭すように見上げる和明に、智洋は半分目を伏せた。

 ぱっと見、ヤンキーぎりぎりのつっぱりくんで、髪なんてよくこの学園に受かったなっていう明るい茶色で。それなのに、和明の前では、まるで子供みたいにくだらないことで拗ねては束縛しようとする。

 いざとなると全身で自分を守ろうとしてくれる智洋が大好きなのに、どれだけそれを伝えようとしても、まだ安心してはくれない。

 仕方ないんだけど。

 心の奥底で、和明だって、もしもの心配をしている。いつまでもちょろちょろと身の回りをうろつく徹のことが気になるし、見ていないところでまた隠れて何か致しているんじゃないかって、不安になるから。

 だから、責められないし、怒ったりはしない。

 ただ、どうにかして少しでも信頼を得たいと思う。

 顔をすり寄せて、自分から唇を重ねた。ふにゅ、と暖かな感触とともに、触れた部分からこの気持ちが伝わりますようにと願う。

 少し開いた隙間から舌先だけ差し込んで、ゆっくりと唇を舐めた。縮こまっていた智洋がそれに応じ始めると、じわりと体温が上がり始める。

 足を絡ませるように体をぴたりと寄せて、薄いTシャツ越しに、互いに胸や腰を撫でさする。

「んっ……は、」

 仕掛けたのを後悔するくらいに、つい先刻まで自信なさそうにしょぼくれていた智洋に流されて翻弄される。

 きつく吸い上げられても尚零れる唾液が顎を伝い、下半身にまで伸びそうな手の平を捕まえて、寸でのところで制止する。

「こんなこと、智洋としか、したくねえから……だから」

 まだ吐息の触れる距離で囁くと、もう一度、今度は音を立てて智洋から唇を吸った。すぐに離れていくそれが寂しくもあるけれど、追いかけるわけにはいかない。

 いかなくちゃ、と囁くと、頷きながら智洋が抱き締め直した。



 まだ夜明けには少しある。寮は施錠されているから今更戻るわけにもいかず、片付けを済ませた後は、三々五々に部活メンバーは睡魔と戦っていた。

 テンションが高いセッション中はそんなものは微塵も感じなくても、経験値を配り始める頃から徐々に瞼が重くなり、運動した訳じゃないが喋り続けて疲れている部員たちは、あっと言う間に寡黙になり欠伸を噛み殺す。

 日中はセントラルでコントロールされている校舎内も、今は開いた窓から入ってくる天然の冷気だけが頼りで、机に伏せてうとうとし始める者も居た。

 そんな中、廊下に出ていた山本と山下が、両腕に沢山の茣蓙を抱えて戻ってきた。

「これ敷いて夜風に当たろうよ」

 そう言って、窓を大きく開けてその向こうへと茣蓙と上半身を出すから、ギョッと飛び上がって和明は眠気も吹っ飛んでしまった。

「しげくん! あぶなっ」

 駆け寄る頃には下半身も窓の向こうに消えていて、本当に心臓が縮みそうになった。眠すぎておかしくなっているのかと、慌てて首だけ向こうに突き出すと、少し下に腰を下ろしている山本が笑っている。

「大丈夫、ここ屋根の上~」

 ひらひらと手を振る山本の下は、打ちっ放しのコンクリート。どうやら少し飛び出した形で作られている教務員室の屋根になっているらしい。

 平らになっているその場所に、続いた小橋や間野も茣蓙を広げて行く。

 普段関係ない場所だから気にしていなかったのは和明だけのようで、こういう使い方をしてもいいのかとそろりと降りると、横からさわりと風になぶられた。

「わ、涼しい」

 風向きの関係で、室内よりも涼しく感じる。

 いくら人数が少なくても、室内には人の熱が籠もっていたのだろう。

 乱れた髪を手櫛で梳いて、塀の向こう側へと視線をやった。

 まだ真っ暗なようでいて、よく見れば僅かに木々の間の闇が薄くなってきている。

 あちらが東かとぼうっとしていると、下から手を引かれた。

「カズ、ここここ」

 自分の隣の茣蓙をパシパシ叩いて、間野がアピールしている。ひとつの茣蓙が丁度一畳らしく、ひとつ空けたそのまた隣には小橋が寝ころび自分の腕を枕にして、同じように和明を見上げていた。

 ここに寝ころべと……?

 嫌な予感しかしない和明が助けを求めて首を巡らせると、小橋の隣では佐藤が既に寝息をたてて、その向こうには大野が目を閉じている。隣の山本は端の山下と談笑していて、今更誰かと代わって欲しいなんて、とてもじゃないが頼めない。

 呆けていた自分を呪いながら、それでも智洋に説明したように大したことは起こらないだろうと自分にも言い聞かせ、そろりと茣蓙に腰を下ろした。

 意外にも、隣合っているふたりは和明には目を向けず、夜空を見上げている。

 時折点滅しているそれを、空より僅かに色の薄い雲が横切り、それを眺めているうちに自然と瞼が重くなってきた。

 日が昇ったら、寮に帰らなきゃ。

 なにもなかったよって、智洋を安心させて、それから……。


 夢現に、「好きです」と声が聞こえた気がした。

 誰? 智洋じゃない……。

「寝てます? まあ、それでもいいんですけど」

 苦い口調で笑う。この喋り方は――

 瞼が上がらない。上げちゃ駄目だと、頭の片隅で警告が上がっていた。


 ふわりと空気が動いて、僅かな熱と共に、唇に柔らかなものが触れて、また離れていく。

「閉じこめてえ」

 物騒なその言葉が、自分に向けられた独り言だと、やはり頭の片隅で警告音が鳴り響いていた。


 駄目だよ、俺の大事な人は――智洋なんだから……。


 何処までが現実で何処からが夢かなんて、疑うほどもなく判っていた。

 だから、絶対にこのまま眠らなきゃいけない。目が覚めたら、この場所穴場だったねって、来年の夏もここで仮眠しようねって、なにも知らない風で笑わなきゃいけない。


 出会ったときに、ついていけないって思った。

 だけど流石に星野原にいるだけあって、根本的にはいいやつらなんだってちゃんと判る程度には、同じときを過ごしてきたから。

 卒業したら、別々の道を歩む俺たちは、つかず離れずいるべきなんだよ。

 はしゃいで、冗談半分にからかっているように見せて、意識が混濁しているこんなときに、そっと伺うように本音を覗かせてくるこいつらのこと、嫌えるわけないって思った。

 だから俺は――


 振りも、続けていれば本物の寝息へと変わっていく。

 両側から、それぞれに意識を向けていたふたりも、時間差でまた己の内へと沈んでいった。




更新の間が空きすぎるので、一応は完結済み作品ということで、完結に戻しておりますが、またそのうち更新します。

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