数学者
私は、まともに、何かを作り出そうとすると、図も数字も計算もできない自分が嫌だった。昔は絵を描くことが得意だったけど、それも、早生まれだったからだ。少し手先の発達が早かっただけ。私は、ひらめきとか、空間理解とか、実は暗算さえも、まともにできないのだ。
紙の上なら、コンパスで、きれいな円だって書けるのに。習ったとおりに書いて丸をもらえるのに。筆算だって、できるのに。
それは生活に生きなかった。技術の授業で作った棚から、ネジが飛び出した。ごまかすために昔使っていた、布生地のテーピングを貼ったら、すごくみすぼらしくなった。数学で5を取っても、技術で2じゃ、生きていけない気がする。
私は何となく分かっていた。部長なら、きっと、うまく仕上げるだろう。私は、作品カードの「祐介」の文字を探した。見つけると、やはりうまくできていた。そうだ、彼は、設計図も読みこなせる、そういう数学者なのだ…
私は、とても清いものを見たような気持ちになった。これが宗教の源流となってもおかしくないとさえ思った。私は、美しいものを求める中で、祐介君を求めていると分かった。
しかし、思春期の私は、彼を崇めるだけでは満足しなかった。そんなことは、不可能だと分かっていても、自分のものにしてみたかった。私は、彼が自分のために、数学を教えてくれる妄想を、図書館で何度かして、もし、誘えるなら、誘ってみようか…と思って、いや、話しかけたこともないから…と思い留まった。何だか宙ぶらりんで、中途半端で、つまらなかった。
私は、彼の成績を実際には知らなかったし、そのくせ、自分よりは下だろうと思っていた。だって、学年1位は取ったことがあるし、その時、私は学校で1番なんだから、勝ったに違いない。でも…でも…それは、やっぱり紙の世界なんだ。彼は、あの棚を作った。あるいは、数学だけでは負けているのかもしれなかった。




